19話:防御魔法
※今回は前話の後半と同時刻でのレヴィンの視点をお送りします。
「ちょっと!もっとゆっくり飛びなさいよ!!」
「無茶言うな!何度も言ってんだろ!これは飛んでるんじゃなく落ちてるんだよ!!」
「ウォルフ!いたぞ!!あそこだ!!」
「囲まれています!急がないと…!」
至る所から黒い煙が上がる城塞都市クヴィスリング……その上空にて魔法使いの少女レヴィンは、アルスとフィルビーの声を聞き、魔族の群れに囲まれる人々を発見した。
"国が…クヴィスリングが魔族の襲撃を受けているんです!"
兵士達からその報告を聞いてすぐにレヴィンは仲間達と共に都市の内部に入り、直後に無数の魔族と遭遇した。
ヴァイゼン村の時と同様に勇者のアルスはウォルフと共に次々と沸いてくる魔族を倒していったが……このままではキリがないと、アルスはとんでもない提案をしてきた。
─── 生存者を迅速に見つけるため、ウォルフの魔法で飛んで上から都市を捜索しよう、と。
「降りるぞ!!」
ウォルフの掛け声と同時に地上への急降下が始まった。
「うっ…!」
……落下する方向が急に変わる感覚にまだ慣れてなくて気持ち悪い。
口元を抑えたい気持ちを必死に堪えつつウォルフにしがみ付いていると…やがて下の光景が鮮明に見えてきた。
人々を追い詰め、気味の悪い笑い声のような鳴き声を発する魔族達……怯えた様子の人々……それを守るため奮闘する兵士達……
「アイツは…!」
───地上までもう少し……そう思った時、不意に呟くようなウォルフの声が聞こえた。
ある一点を睨み付けるその形相は……まるでヴァイゼン村で見せた魔族への憎悪を孕んだ恐ろしいものだった。
当時はそれまでとは異なる彼の雰囲気の変わりように困惑した……が、今となってはレヴィンにもその気持ちが少し理解った。
魔族は悪い奴らだ。
この大陸に突如現れ、人々に危害を齎した災厄な存在。
レヴィンが幼い頃に読んだ本にはそう書かれており、学校の授業でも同じように教わった。
その内容が正しいことは、ヴァイゼン村やこの都市の惨状を見れば明らかだ。
『ドシュッ!!』『ゴオオォォォォォォ…ッ!』
───現に今も、魔族は罪のない兵士を二人も殺した。
「おい!次来るぞ!!」
「兵士さん!助けて!!」
「なんとか防御を…」
「無理だ!もう魔力が…」
「逃げろ!!」
「くそッ!くそッ…!」
そして、今度は残った人々を無慈悲に殺害しようとしている。
「レヴィン!防御魔法の準備を!!」
紅い龍が放った巨大な火炎が人々に迫る中、アルスが指示を出してきた。
「う、うん…!」
レヴィンは人々を守るため…勇者からの呼びかけに頷き、身体から魔力の放出をし始めた。
機会は一度きり……失敗は許されない……もし、失敗したら……
どんどん地上が近づく中、レヴィンの不安は膨れ上がっていった。
「大丈夫ですよ!レヴィン!」
───そんな思いを見透かしたかのような、元気付けようとする声が不意に聞こえてきた。
「練習の時のことを思い出してください!」
「!!」
声の主……フィルビーの瞳は、レヴィンのことを完全に信じ切っているように澄んでいた。
「……ふぅ」
レヴィンは自身を落ち着かせるように肩の力を抜き、ゆっくりと目を閉じた。
大丈夫……きっと上手くいく……
そう信じて、彼女な言葉に応えるように、レヴィンは少し前の事に思いを馳せた……───────
――――――――――――――――――――――――
「……防御魔法?」
───ヴァイゼン村からクヴィスリングまでの旅の道中、レヴィンはアルスとフィルビーの二人にお願いして魔力操作の練習に付き合ってもらっていた。
「なんで?攻撃魔法の制御を覚えた方が手っ取り早く役に立てるのに」
……が、そこで出たアルスからの「防御魔法から習得してみては」という提案にレヴィンは首を傾げていた。
雷魔法は非常に強力だ。
制御こそ出来なかったが、ヴァイゼン村ではその速度と威力で多くの魔族を倒すことが出来た。
攻撃魔法の制御が出来ればもっと仲間の役に立てるはず……
「理由は色々あるが……先ずはすぐにでも身を守る術を覚えてほしいからだ」
「う゛っ」
───そう思い意見を言った矢先、アルスから返された言葉にレヴィンは固まった。
「……今は俺とウォルフの二人でなんとか守れているが、ヴァイゼン村で戦ったような上級魔族と遭遇する可能性を考えると、今後守りながら戦う余裕がない場面も出るかもしれない」
「……」
「勿論…後衛の君とフィルビーを守るのは俺達前衛の役目だし、最善を尽くすつもりだ……だが、いざという時の為に身を守れる手段はあった方が良い」
続けて言われた事にレヴィンはぐうの音も出なかった。
実際、旅の道中に何度か魔獣と遭遇したがレヴィンは毎回アルス達に守られていた。
「それに…私達が自分の身を守れるようになれば、アルスさんとウォルフさんが攻撃に集中出来るようになりますしね!」
「……」
……一方でフィルビーは意外と身体能力が高く、その俊敏さや体捌き、麻痺の魔法を活かして最低限自分の身を守ることが出来ていた。
そんな彼女が気遣うように言った「私達が……」という言葉は今のレヴィンにとってはむしろ心苦しく感じ、ガックリと肩を落とした。
「そう気を落とすな…防御魔法を勧めるのは君の力を見込んでのこともある」
「…?どういうこと?」
「レヴィン、君は俺達の中で一番……いや、恐らくは上級魔族と比べても魔力量が多い…… 規格外と言って良いだろう」
「……それがなんだっての?」
昔から魔力量に関してだけはよく褒められてきた……だから今更それを褒められたところで嬉しくとも何ともない。
「……魔法使い同士の戦いが基本的に魔力量の差で決まることは分かるか?」
───そんな風に拗ねるレヴィンに、アルスは気にする素振りを見せずに話を続けてきた。
「馬鹿にしないでよ…そんなの常識……あ」
思わずムッとして言い返し掛けたところで、レヴィンはハッとした。
魔法とは、身体に宿る魔力を変質させて奇跡のような事象を引き起こす力だ。
それ故に当然、魔法を使えば使うほど魔力は減っていく。
魔力を変質させたものである性質上…同じ魔力による影響も受けやすく、魔法使いの身体から放たれる魔力の量によっては魔法の威力は軽減されてしまう。
そうした原理上、炎魔法に対する水魔法など……有利な相性でない限り、魔力量の少ない側が魔法戦で勝つ事は基本的に難しい。
例外として物理攻撃は魔力の影響を受け難い為、接近戦を仕掛けるという手もある……が、魔法での戦いを主軸とする魔法使いにとっては敵の魔法を掻い潜ること自体が困難な為、あまり現実的な手段ではない。
───つまり、魔力量の多い者が防御魔法を使えば……
「そっか…そういうことか…!」
「気付いたようだな……君程の魔力を持つ者が使う防御魔法…恐らくそれを破れる相手はほぼ存在しない」
アルスの言葉にレヴィンは自身の手を見つめた。
もし、自分が他の人より多くの魔力を持って生まれてきた事に意味があるのなら……
「身を守る術を覚えてほしいとは言ったが…君の魔法はもしかしたら俺達や、もっと多くの人を守る力になってくれるかもしれない」
「私が…人の…皆の役に立てるんだ…!」
───それを活かしたい……そう心の底からレヴィンは思った。
気付けば、自然と口角が上がっていた。
そんなレヴィンを見つめるアルスとフィルビーの表情は穏やかなものだった。
「そして…これが最も大きな理由だが、防御魔法の方が攻撃魔法に比べて制御が簡単なんだ」
「え?そうなの?」
そこから続いた話にきょとんとしていると、アルスは意外そうな顔を見せた。
「あぁ、魔法学校では教わらなかったか?」
「うん…」
レヴィンは魔王討伐隊に入る前、トーキテ王国の魔法学校に通っていた。
まだ一年生であったため座学と基礎的な攻撃魔法習得を中心に習っていたが、攻撃魔法の制御が全然出来なかったため実技面の成績は悪かった。
それに加えて、雷攻撃魔法を扱えて一人前とされるトゥローノ家の仕来りにより、レヴィンは攻撃魔法の習得にのみ躍起になっていたため防御魔法の知識が浅かったのだ。
───そんなレヴィンに対し、アルスは気を取り直すかのように咳払いをして言葉を続けた。
「…とにかく攻撃魔法は性質上…相手との距離に応じた魔力量の調節、魔力を飛ばす力、狙った位置に当てるなど複数の魔力操作技術を要する」
「それに比べて防御魔法は近くの魔力を操るだけだから制御しやすい…って感じです!」
「へぇー……」
アルスとフィルビーの説明に感心していると、アルスは「それで…どうだろうか?」と聞いてきた。
二人の説明を聞くに、覚えれば強力な盾になるし、魔力操作の練習にもなる……迷う理由はない。
「うん、わかった…私、やるよ…!」
───そう思い、レヴィンは素直に頭を下げて二人にお願いした。
「お願い…私に防御魔法を教えて!!」
「…決まりだな」
「では、早速始めましょうか!」
こうして……防御魔法を習得するための練習が始まった。
・・・
「ふぅ……」
レヴィンは息を吐いて、自身の身体から魔力を放出し…操り始めた。
───練習内容は、ひたすらに防御魔法の展開と解除を繰り返すという単純なものだった。
そして発動する属性は水……理由は練習における安全性と実戦における汎用性の二つが高いかららしい。
「……"水の奇跡"ッ!!」
周囲の魔力を水に変換する想像しつつ詠唱すると、魔力は大量の水へとその形を変えた。
「くっ…!」
レヴィンは直ぐ様、教わった通りに周囲に渦巻かせる想像をしながら魔力を操作した。
すると、周囲の水は想像した通りレヴィンに纏わり付くように回転し、やがて半球状に……
「うっ…!」
───が、途中で防御魔法の形が崩れ…レヴィンの頭に大量の水が降り注いだ……ずぶ濡れだ。
そんな彼女にアルスは目を少し逸らしながら声を掛けてきた。
「レヴィン…離れるから今度は全力で魔法を展開してみろ」
「え…?」
「恐らくだが…君は魔法の威力の調整も苦手なんだろう…俺達に気を遣ってるのか魔力操作に集中し切れていないように見える」
「あ……」
その言葉に、レヴィンは少し昔のことを思い出した。
───幼い頃、魔法の練習をしていたら制御し切れず家を滅茶苦茶にしてしまった事があった。
当然家族には酷く叱られ、それ以来レヴィンは本気で魔法を使うのが怖くなってしまっていた。
「先ずは余計な事は考えず、全力で一つの操作に集中するんだ……一つ出来るようになれば、反復して練習するうちに要領を覚えて、並行して他の事も出来るようになる筈だ」
そんなレヴィンの無意識に抑えていた部分を見透かしたようにアルスは助言をしてきた。
「簡単に…言ってくれるじゃん…!」
そんな彼にレヴィンは憎まれ口を叩くも、その表情は明るかった。
「レヴィン!ファイトです!!」
すぐ側から聞こえたフィルビーの応援する声……それも一層彼女を奮起させた。
昔は周囲に失望されるのが怖くて必死に魔法の練習していた……でも今は違う。
ここまで自分のことを想ってくれる大切な仲間の期待に、純粋に応えたかった。
・・・
「はぁ…はぁ…」
───半刻後、レヴィンは息を上げながら地面を背に寝ていた。
地獄のような反復練習を繰り返し、なんとか水の防御魔法を一定時間保てるようになった。
しかし久しぶりに意識して全力を出したせいか、消耗が激しくどっと疲れてしまった。
「頑張りましたね…お疲れ様です、レヴィン」
「しかし驚いたな…近くに水がないというのに、あれだけの防御魔法を出せるとは……」
そんな彼女にフィルビーが上から覗き込んで労いの言葉を掛け、一方でアルスは感心した様子だった。
「にしても今更だが…君は防御魔法を発動する時に詠唱みたいな言葉を言うんだな」
「え?あぁ…」
不意にアルスから言われた事に、レヴィンは相槌を打ちながらもどう返そうか悩んだ。
本来、防御魔法や魔力を飛ばすだけの単純な攻撃魔法に呪文……もとい詠唱は必要ない。
詠唱を必要とするのは火炎を放射する魔法、風で切り裂く魔法、空から多くの落雷を落とすなどの複雑な事象を引き起こす魔法だけである。
それでも防御魔法の際に詠唱を口にするのは、ひとえに女神様への感謝のためだった。
───その事を伝えようとするも、疲労のせいか上手く言葉が出てこなかった。
「まぁ…別にいいでしょ」
「それもそうだな…それより、少し休んだら今度は防御魔法の展開範囲を少しずつ小さくする練習をしよう」
「部分的に防御魔法を展開する練習は…今日中に出来るでしょうか…?」
「ちょ…待ってよ…私には、そんな一気には無理だって…」
その後に続いた二人の会話に頭が痛くなり、思わず口を挟むと…アルスは目を丸くして言葉を返した。
「レヴィン…気付いてないかもしれないが、君には魔法使いとしての高い才能があると俺は思う」
「え…?」
「ヴァイゼン村の時の…嵐を引き起こした事象から考えるに、君は今使ってる雷と水の魔法の他に風魔法も使える素質がある筈だ」
「あ…そういえば…」
───言われてみれば確かに……とレヴィンは得心した。
あの時は無我夢中で、自分でも何をやっているかも分かっていなかったが……よくよく思い返してみると確かにあの時、自分は三つの自然魔法を同時に発現させていた。
……恐らくは魔力の暴発みたいなものだったのだろうが。
「すごいですね!!自然魔法は普通…ほとんどの方は二つの属性までしか使えないのに…」
「今回は水の防御魔法を習得するための練習だが、これを覚えれば他の自然魔法を使う際にも応用出来るだろう」
「雷・水・風…どれも汎用性の高い魔法ばかりですね…羨しいです…!」
アルスの説明にフィルビーは感嘆とした声を上げて目を輝かせていた。
……が、直後に「あ、でも…」と顔に手を当てながら言葉を続けた。
「レヴィンが雷魔法を自在に操れるようになったら……私の麻痺の魔法の上位互換になっちゃうかも…」
「フィルビー、君は他にも回復魔法や敵を眠らせる魔法も使えるんだ…役割が被ることはないさ」
「アルスさん…ありがとうございます」
彼女の不安を察したように言葉を掛けるアルス……そんな彼にフィルビーは微笑みながらお礼を言っていた。
「……」
───何故だか、胸の奥底がチクッとする感じがした。
モヤモヤしながら前の光景を見つめていると、その視線に気付いたのかアルスは軽く咳払いをして言った。
「とにかくレヴィン…君には無限の可能性があるんだ」
「……ッ…もう!ほんっとに…調子狂うわ…アンタと話してると…」
彼から言葉を掛けられた途端、急に顔が熱くなった感じがしてレヴィンは思わず顔を背けた。
アルスは前から自分のことを真っ直ぐに褒めてくれていた……だというのに、なんで今褒められてこんなに胸が高鳴るのか……レヴィンには自分の気持ちが分からなかった。
「もうっ!アルスさんったら…この前もレヴィンを泣かせたり…困らせ過ぎですよ!少しは反省してください!」
「えっ…!?違うと思ってたが…まさかそうだったのか…!?」
───違う、そうじゃない。
珍しく怒った様子のフィルビーと冷や汗を流すアルス……そんな二人のやりとりにレヴィンは少々呆れながらも、ある違和感に気付いた。
自分のことを褒めてくれるのはアルスだけじゃない……フィルビーだって同じな筈だ。
でもフィルビーに褒められると、アルスに褒められた時とは違って心がぽかぽかする感じがする。
この差は一体……?
「あー、もう!!」
自身の気持ちに整理が付かず、レヴィンは思わず自身の髪をくしゃくしゃに掻き毟った。
「レ、レヴィン…?」
「大丈夫ですか…?そんなにアルスさんの言ったことが…?」
「大丈夫よ!それより早く練習に戻ろ!!」
突然の事に心配そうに声を掛けてきた二人に対し、レヴィンは誤魔化すように大きな声を上げて立ち上がった。
――――――――――――――――――――――――
「来るぞ!!」
───頭の中で時を遡った後、聞こえてきたウォルフの声にレヴィンは目を見開いた。
同時に、急制動が掛かったように一瞬ふわっと浮く感覚がした。
『ゴオオオオオオオオオオオォォォォッ!!!』
目の前には…既に巨大な炎が広がりレヴィン達を呑み込もうとしていた。
その光景に、レヴィンは覚悟を決めて杖を構えた。
「ふぅ…」
───何か余計なことまで思い出した気がするが、おかげで緊張が少し解れた。
レヴィンは大きく息を吸って、思い切り詠唱した。
「"水の奇跡"!!!!」
その瞬間、放出していた周囲の魔力は水へと変質し……目の前に巨大な水の壁が形成された。
「……ッ」
巨大な炎と自身の水の防御魔法が衝突する瞬間、レヴィンは思わず目を瞑ってしまった。
……が、目を開けると直前まで目の前に広がっていた火炎は完全に消えていた。
────出来た。
練習では出来るようにはなっていたものの実戦でやるのは初めてだった。
「…はぁ」
その結果にレヴィンは安堵して息を吐いた。
さ
しかし、まだ戦いは始まったばかり…安心してばかりもいられない…気を引き締めなければ……
「よくやった、レヴィン」
「練習の成果が出ましたね!」
「ちったぁマシになったじゃねーか」
───そう思いながら地上に降り立った時、不意に側から仲間達の声が聞こえてきた。
「ふん…当然よ」
その声にレヴィンは小さな笑顔を見せた。
今度はまぐれじゃない……自分の力で皆を守れたんだ……
その成功体験は、彼女に小さな自信を与えた。




