17話:二度目の戦い
〜前回までのあらすじ〜
救援要請に応えるため城塞都市クヴィスリングに馬車で向かっていたアルス達……その途中で盗賊に襲われたが何なく撃破したところ、御者が裏切り者だった事やクス伯爵がアルス達を暗殺しようとしていた事が判明した。
クヴィスリングへ救援に向かうのが困難になりかけたところで、アルスが思い付いた妙案とは一体…?
『ゴトゴト…』
───盗賊…もといクス伯爵から送り込まれた暗殺者による襲撃からしばらく経った日……アルス達は未だに馬車に揺られていた。
……だが、そんな日々もそろそろ終わりそうだ。
「…もうすぐ着くな」
外の景観と手元の地図を見比べつつ呟くと、レヴィンが伸びをしながら気怠そうに反応した。
「やーっとこいつらと過ごす日々が終わるのね…」
そう呟いた彼女の視線の先……車内の隅っこには暗殺者達が拘束されたまま寝息を立てていた。
……それらを一瞥してから、アルスは馬車の先頭の人物に向かって声を掛けた。
「お前も…ご苦労だったな」
「へ、へへぇ…こ、これで俺は解放してもらえるんですよね!?」
襲撃事件があったあの日……本来、御者が敵だと発覚した時点で馬車を使うことは出来なくなる筈だった。
しかしそれでは城塞都市クヴィスリングからの救援要請に応えることが出来ない……そこでアルスは命乞いをする御者にある取引を持ち掛けることにした。
───御者を見逃す代わりに次の目的地まで無事に送り届けるようにと。
「けっ…調子の良い奴だ」
「でもよかったです…無事に着けて」
擦り寄るような態度の御者に冷ややかな視線を向けるウォルフ……一方で今回の策の貢献者であるフィルビーは安堵の表情を見せていた。
───御者との取引が成立した後、暗殺者達の処遇について仲間達と話し合った結果…伯爵の所業を騎士団に告発するために一緒にその身柄を連れて行くことになった。
しかしいくら拘束しているとはいえ、暗殺者達の意識があっては揉め事が起こるのは必至……その問題を解消してくれたのがフィルビーの歌の魔法だった。
「君が暗殺者達を眠らせてくれたおかげだ…ありがとう、フィルビー」
「そ、そんな…アルスさんが出してくれた案のおかげですよ…!」
そのことに対してお礼を言うと、フィルビーは謙遜するように顔の前で手を横に軽く振っていた。
そんなやり取りに、レヴィンは「どっちもでいいじゃない…」と呆れながら苦笑していた。
「…おい、馬車を止めろ」
「…へ?あ、へい…」
───そうして馬車を走らせていた時、アルスの視界の端にあるものが留まった。
「きゃっ!なに!?」
「何があった?」
「大丈夫ですか…?」
『ギギッ…』と音を立てて馬車が急停車すると、当然仲間達は戸惑った様子を見せた。
そんな彼らを置いて、アルスは一足先に馬車を降り……近くの茂みに向かった。
「……ッ!」
駆け寄った先でアルスは息を呑んだ。
そこで見つけたのは……バラバラに斬り刻まれた人の死体だった。
遺体の損傷が激しいが、見たところ三人の男女……鎧の外観に統一感がない辺り魔王討伐隊だろうか……
「うっ…これって…」
「ひどい…魔族の仕業でしょうか…?」
───そんな風に考えていると、不意に後ろからレヴィンとフィルビーの声が聞こえた。
振り返ったところ、二人とも遺体の酷い状態に気分を悪くしている様子だった。
「さぁな……ん?」
返事をしながら視線を戻した時、遺体の手に何かが握られている事にアルスは気付いた。
「これは……」
それはボロボロの布……としか形容出来ない代物だった。
遺体の血によるものか…布は赤黒く染まっていた。
これは一体……?
「あの…何か聞こえませんか…?」
……考え込んでいたところで、再びフィルビーがぽつりと呟く声が聞こえた。
「……ッッッ!!」
「……ッッ!?」
「……ッッッッ」
───耳を澄ますと、遠くから微かに喧噪のようなものが聞こえてきた。
「…え?私は聞こえないけど…どこから…?」
「向こうです…」
レヴィンの質問に答えながらフィルビーが顔を向けたのは……アルス達の馬車が向かっていた方角だった。
「止めてすまない…馬車に戻ろう」
「え?う、うん…」
「あの…この人達は…?」
嫌な予感がして馬車に戻るよう二人に促すと、フィルビーが遺体を横目で見ながら遠慮がちに聞いてきた。
「一刻を争う事態かもしれない…今は先を急ごう」
「そうですね…すみません」
それに対しアルスが首を横に振って返すと、フィルビーは申し訳なさそうに言いながら遺体に向かって短く祈りを捧げ、馬車へ走り出した。
・・・
───喧噪が聞こえた方へ近づくにつれ、その正体が悲鳴だと段々分かり……やがて人々の集団と出会した。
「おい!あれを見ろ!」
「馬車だ!」
「助けか!?」
「あれじゃ全員は無理だ…!」
助けを求める声が聞こえる中…不意に「おーい!君達!!」と大きな声がその場に響いた。
見ると、鎧姿の男達が手を振りながら此方に近付いてきていた。
……クヴィスリングの兵士達だろうか。
「魔王討伐隊です、状況はどんな…」
事態を把握するため、アルスは馬車を降りて男達に勇者の証である紋章を見せた。
「討伐隊か…」
「終わった…」
「助けが来たと思ったのに…」
───直後、場の空気が更に重くなったのを感じた。
どうやら歓迎されていないようだが…今はそんな場合じゃない。
「御託はいいからさっさと状況を教えろ…!」
そんなアルスの思いを代弁するように、ウォルフは男達の一人…甲冑を身に付けた青年の胸倉を掴んで問い質した。
……すると青年は怯えた顔で話し始めた。
「国が…クヴィスリングが魔族の襲撃を受けているんです!」
侵攻されているとは聞いていたがもうそこまで……
言葉を失うアルス達を余所に青年は話し続けた。
「なんとか市民の一部をここまで避難させたが…もうどうしようも…まだ中に取り残されてる人達も…」
「…今の戦況は?」
「国の兵団はボロボロだ…中にまだ残って戦っている者もいるが…それもいつまで保つか…」
アルスの質問に青年は目に涙を浮かべながら首を横に振った。
───どうやら状況はかなり深刻なようだ。
「まだ、中に家族が…」
「お願い…助けて…」
「もう、終わりだ…」
……不意に聞こえた周囲からの声に周りを見渡すと、避難してきた人達が縋るような目で此方を見る光景が目に入った。
家族の身を案じる声、救いを求める声、絶望して嘆く声……ヴァイゼン村の時は聞くことすら叶わなかった救いを求める人々の声を聞き、アルスは自身を奮起させた。
「よく分かった…君達はここで避難者の護衛をしつつ待機していてくれ」
「え?もっと離れた方がいいんじゃ…」
「いや、離れすぎると不測の事態が起きた時に駆け付けるのが遅れる……市外では魔獣に遭遇する危険も増えるしな」
「あっ…わ、分かりました…!」
此方の指示に青年が納得したのを確認し、アルスは「よし…ウォルフ!」と仲間に呼び掛けた。
「は!?どういうことだ…!?話が違う!!」
───するとウォルフは示し合わせたように頷き、懐から取り出した縄で御者を拘束した。
「それと馬車を頼む…こいつと中で縛られている者達は盗賊なので、拘束を解かないように」
「えっ!?は、はいっ!」
狼狽する御者を無視し指示を終えると、アルスは青年の横を通り抜け…クヴィスリングに向け歩みを始めた。
「ヴァイゼン村と同じようにはさせない…皆、行くぞ…!」
そして拳を握り締めて後ろの仲間達に呼び掛けると、仲間達は頷いてそれぞれ口を開いた。
「大丈夫…やってみせる…!」
「殺し尽くしてやる…!」
「もう誰も…傷つかないで…!」
────こうして…アルス達にとって二度目となる魔族との大きな戦いが幕を開けた。




