16話:盗賊
〜前回までのあらすじ〜
クス伯爵との交渉の末…無事にヴァイゼン村での魔族討伐の報酬を貰えることになったアルス達一行。
しかし話はそこで終わらず…クス伯爵より新たに城塞都市への救援に向かうよう命じられた。
翌日、伯爵の用意した馬車で移動を開始し始めた一行だったが、その裏では何らかの思惑が暗躍しており…?
『ゴトゴト…』
───クス伯爵との謁見の翌日…アルス達は物資を乗せた大きな馬車の中で揺られていた。
「改めて送って頂きありがとうございます」
「いえいえ…どの道護衛が必要なのでむしろ有り難かったですよ」
伯爵より派遣された馬車の御者に礼を述べると、軽く会釈を返された。
国家間の移動では魔獣に襲われる危険があるため、貿易や物資の輸送の際の護衛を魔王討伐隊が担う事も多い……それ故この手の任務はアルスにとってはお手の物だった。
それに、大陸南方のトーキテ王国から中央の城塞都市クヴィスリングまでは移動にかなりの日数を要する。
元々自身の目的のため北方へ赴くつもりだったアルスにとって、伯爵からの提案は渡りに船な好条件であった。
「しかしあの領主…どうにも喰えない感じだったな…」
「あぁ…今回の依頼もなんだかきな臭い感じがするぜ…」
…しかし、試すためという理由があったとはいえ、高圧的だった伯爵の態度が一転した事がどうにも釈然とせずモヤモヤした思いを小さく吐き出すと、ウォルフも同じ思いだったようで軽く頷いていた。
「アルス…ありがとね」
───そんな淀んだ空気の中、不意にレヴィンがお礼を言ってきた。
「…?何の事だ?」
「あの伯爵に…私達のためにしっかり意見してくれたこと」
「あぁ…勇者として当然のことをしたまでだ…それに感謝するのは俺の方だ」
「え?」
「いや…なんでもない」
「…?そう…変なの…」
微笑む彼女に首を軽く横に振って言葉を返すと、彼女は不思議そうな顔をしていた。
元々報酬について恍けられたら何かしら手を打つつもりではあった。
"分かってるわよ…あんなの一々気にしてたらキリないって…でも…悔しいじゃない…!私達…あんなに頑張ってきたのに…"
───しかしあそこまで強気に交渉出来たのはひとえに屋敷に入る前にレヴィンのあの言葉を聞いたことにより考えが少し変わった影響が大きかった。
彼女の純粋な訴えがあったからこそ…仲間達に報いるためにあの場で正しい行動が出来たのだと、アルスは感謝していた。
「にしても…あの爺の焦った顔…ふふっ…スカッとしたわ」
「ちょっとレヴィン…声が大きいですよ…」
そんなアルスの思いなど露知らず、レヴィンは思い出したように笑ってフィルビーに窘められていた。
……聞こえたのか前の御者が凄い顔で此方を見ていた。
「と、ところで…これから行くクヴィスリングってどんな場所なんですか?」
不意にフィルビーが誤魔化すように咳払いしつつ、次の目的地について聞いてきた。
その疑問にアルスは「そうだな…」と口を開いた。
"城塞都市クヴィスリング"
中央諸国に在る都市の一つにして、魔王軍の侵攻を防ぐ…人類における大陸防衛の要の一つ。
都市周辺および内部には多数の弩砲台や投石機が設置されており、これまで何度も魔王軍を撃退してきた実績を誇っているという…
「す、すごい場所なんですね…!」
アルスの説明にフィルビーは感心したようにうんうんと頷いていた。
反面……レヴィンとウォルフはどこか不安そうな顔をしていた。
「でも…そんな鉄壁の要塞が救援を求めるなんて…」
「…あんま戦況が良くねえのかもな」
───そんな風に話していると、突如『ギッ…』と音を立てて馬車が止まった。
何かあったのかと周囲を確認すると、そこにはゴツゴツした巨岩と砂漠のみが広がっていた。
どうやら何もないようだが……
「…どうしました?」
「いえ…ここらで一旦休憩しようと思いましてね」
「いいんじゃない?私ちょっと気分悪くなっちゃったし…」
アルスの質問に振り向かずに答える御者……その提案に賛成したのはレヴィンだった。
どうやら馬車の揺れで酔ってしまったらしく、ふらふらしながら降りようとしていた。
「危ねえ!!」
「きゃあっ!!!」
────レヴィンが馬車の外に出る直前、突如としてウォルフが彼女を抱き寄せた。
『ドスッ!』
同時に馬車の内部に鈍い音が伝わってきた。
「なに!?なんなの…?」
当然の事にレヴィンは酷く動揺していた。
……そんな彼女をフィルビーに任せ、アルスはウォルフと共に武器を手に馬車を降りた。
「これは…」
馬車を確認すると、車体に一本の短剣が突き刺さっていた。
どうやらさっきの鈍い衝撃音の正体はコレのようだ。
だとすると…これを投げたのは─────
「兄ちゃん達よぅ…良い装備持ってんじゃねえか」
「有り金と持ち物…全部置いていきな」
「それと馬車を寄越せ…そしたら命だけは助けてやる」
───短剣が投げられたであろう方向を見ると…そこには武器を持った集団がいた。
男達は全員覆面をしておりその顔は窺えないが……どうやら狙いは此方の物資のようだ。
「こいつら…盗賊か?」
「またかよ…ったく…そこらに魔獣がいるかもしれねぇってのによくやるぜ…」
アルスが自身の推測を口にすると、隣でウォルフが呆れたように言った。
大陸中に危険な魔獣が闊歩する今の時代……数を減らしていた盗賊という存在と短期間に二度も遭遇するとは……魔獣がまだ少ない大陸南部かつ資源が少ない乾燥地帯といった条件故だろうか。
「どうやら要求を呑む気はねえみたいだな」
「なら…死ねやッ!!」
───そんな風に考えていると、盗賊達は武器を手に躊躇なく襲い掛かってきた。
「きたぜ、どうするよ?」
「確かめたいことがある…無力化しよう」
大剣に手を掛けながら指示を促すウォルフに答えつつ、アルスは鞘から剣を抜き構えた。
「なに余裕ぶってんだぁ!?」
「てめぇらはここで終わりだ!」
盗賊達の内の二人が先陣を切り向かってきた。
素早い身の熟し…ある程度戦い慣れてるような動きだ。
「「ぐっ!?」」
────だが、余裕で見切れる程度だ。
迫ってきた盗賊二人をアルスは剣の平打ちで、ウォルフは素手であっさりと制圧した。
「へぇ…野盗にしては良い動きだな」
「あまり油断するなよ、ウォルフ」
アルスはそのままウォルフと共に盗賊達の元に向かい…圧倒していった。
やがて…盗賊達の間に動揺が走った。
「こいつら…強いぞ!?」
「だったらあっちを人質に…」
「させねえよ」
「がっ…」
まともに戦っては勝ち目がないと見たのか、突如馬車に向かって走り出した盗賊…それすらもウォルフはすぐに追いつき気絶させた。
「くそっ!こんなの聞いてねえよ!
「強すぎる!逃げ…」
───それを見て逃げ出した残りの盗賊を、アルスは制圧した。
「ふぅ…これで全部か?」
「あぁ…」
手で汗を拭い一息つくウォルフの言葉にアルスは頷いた。
……気付けば、盗賊を全て倒し終えていた。
強力な魔族と戦い死線を越えてきたアルス達にとって盗賊など最早敵ではなかったのだ。
「よし、何か縛る物を…」
ウォルフと同様に一息ついた後、アルスは盗賊を拘束しようと馬車の方を振り返った。
「きゃあっ!!」
「フィル!?…あんたフィルに何してんのよ!?」
───すると馬車の前でフィルビーが御者に拘束され、首元に短剣を突き付けられている光景が目に入った。
「…何のつもりだ?」
「黙れ…俺の言うとおりにしろ!然もなきゃ今すぐこの女を殺す…!」
静かな怒気を孕んだアルスの言葉に、御者の男は睨み返して脅し付けてきた。
「簡単な仕事だって聞いてたのに…なんで討伐隊如きがこんなに強えんだクソが…ッ」
───最初から嫌な予感はしていた。
態度を一変させ、あっさりとこちらの要求を呑んだ伯爵…此方にとって都合の良すぎる送迎の申し出…
冷や汗を流しながらブツブツと呟く御者の言葉を聞いて、恐らく全ては仕組まれたことだとアルスは確信した。
「テメーが野盗の頭領か?」
「何が目的だ?伯爵の命令か?」
「黙れっつってんだろ!!」
ウォルフと共に問い質すと、御者は怒号を上げ…数秒後、短剣をアルスに向けて言った。
「おいお前、今すぐ隣の男を殺せ…そしてお前も自害しろ!!そしたら女共の命だけは助けてやる…!」
その言葉に、御者の後ろにいたレヴィンは「何を勝手なことを…!」と怒りを露にして杖を構えた。
「おっとぉ?撃てば仲間に当たるぞ?それでいいのかぁ!?」
直後、御者はフィルビーを盾にするように振り返った。
その下劣な行動にレヴィンは「くっ…!」と悔しそうな声を出しながら杖を下ろした。
『チャキッ…』
───その一瞬の隙をアルスは見逃さなかった。
レヴィンの行動のおかげで御者の注意が此方から逸れた… 今なら殺れる。
一気に踏み込むべく…アルスは剣を構え、姿勢を低くした……
「〜♪♪」
その時だった。
歌が聴こえた…綺麗な歌声だ。
「「!?」」
歌声の主はフィルビーだった。
意表を突かれたのか、突然な事に御者とレヴィンは驚きを見せていた。
──その歌は、以前にも聴いたことがあるものだった。
ヴァイゼン村の戦いで暴走したレヴィンを鎮めるためにフィルビーが使用した…歌うような詠唱が特徴的な魔力範囲内の生き物を眠らせる魔法。
「なん…だ…こ…」
その歌を聴いた御者は身体の力が抜けたようにふらつき…なんとか踏ん張り抵抗しようとしたが、遂には『ドサッ…』と音を立てて倒れ動かなくなった。
「フィル…今の歌は…?」
「生物を眠らせる魔法です…正確には感覚を閉じてるんですが…」
「ヴァイゼン村でお前も喰らったろ…忘れたのか?」
フィルビーとウォルフの説明にレヴィンは「そ、そうなんだ…」と納得しつつも「でも…」と言葉を続けた。
「不思議な詠唱ね…心が安らかになる…本当の歌みたいだった」
「そうだな…とても美しい歌声だった…」
ぽつりと出たレヴィンの感想にアルスは共感した。
聴いてるだけで安心するような、とても癒される…いい歌だった。
「ど、どうも…」
そんなアルスとレヴィンの感想にフィルビーは…はにかんだ笑顔を見せてくれた。
「おい!んなことよりさっさとこいつら縛るぞ!」
───場の空気が緩まり掛けた時…不意にウォルフの大きな声が響き渡った。
・・・
「…つまり、全て伯爵の差し金だったってわけか」
御者含めた盗賊を拘束した後、アルス達は尋問を開始した。
初めは反抗的だった盗賊達もウォルフの軽い拷問によりすっかり心を折られ、洗いざらい全てを吐き出していた。
……どうやら彼らは伯爵が差し向けた刺客だったようだ。
覆面を取ったところ、伯爵の屋敷の前でアルス達に絡んできた衛兵達と同じ顔が何人か並んでいた。
「俺らを使うことで王様からの援軍を出せって命令を表向き達成しつつ、その上で俺らを消して報酬の回収しようとするとはな…ふざけやがって…」
「しかも私達の成果まで横取りしようとしてたなんて…あの狸爺許せない!!」
盗賊…もとい暗殺者達の話を聞いたウォルフとレヴィンは拳を震わせて腹立たしげに言った。
彼らの話を聞くに…どうやら伯爵はアルス達を消すことで、魔族討伐の手柄まで自分達のものにする算段だったようだ。
「タヌキ…?どちらかというとキツネさんみたいなお顔でしたが…」
憤るウォルフとレヴィンに対し、フィルビーは一人頬に手を当てて考え込んでいた。
────そういうことじゃない。
「……」
アルスは顎に手を当て、これからどうするか考えた。
伯爵が自分達の命を狙っていると判明した以上、もうクス伯爵領に戻るわけにはいかない。
クヴィスリングに向かうにしても、馬車を操縦していた御者が敵からの刺客だったため、今後馬車を使って移動するのも難しい。
しかし徒歩で移動したのでは…恐らくは救援が間に合わない。
───完全に手詰まりだった。
「全部吐いたから…せめて俺の命だけは助けてくれぇ…!命令に従っただけなんだ…!」
「あぁ!?テメェなに一人だけ助かろうとしてんだよ!!」
「チクショウ…!あんなジジイの言うこと聞かなければ…」
「…!」
……そんな時、ふと必死に命乞いをしてウォルフに怒鳴られる御者だった男を見て、アルスは妙案を思い付いた。
「…なら、一つ頼みを聞いてもらおうかな」
「…へ?」
アルスの突然の言葉に、御者は目を丸くしていた。