15話:新たな依頼
〜前回までのあらすじ〜
数日の旅の末…アルス達は遂に当初の目的地であるクス伯爵領へと辿り着いた。
しかしそこで待っていたのは寂れた街並み、衛兵による討伐隊である自分達への荒い対応であった。
よくあること…と軽く流したアルスだったが、仲間の一人の言葉を受け、刷り込まれた自身の感覚に疑問を抱きながら領主であるクス伯爵の屋敷へと足を踏み入れた…。
※基本的に勇者アルス視点ですが、最後の方に屋敷の衛兵の視点が入ります。
砂漠に囲まれた乾燥地帯に在る領土…クス伯爵領。
寂れた街並みの中で一際目立つ大きな屋敷の豪華な一室で…アルス達は遂に領主であるクス伯爵と対面を果たしていた。
「ここまでの旅、実にご苦労…勇者一行の諸君」
煌びやかな装飾だらけの衣服を纏った面長の老人…クス伯爵は貯えた長い髭を撫でながら労いの言葉を掛けてきた。
「どうも…此方の国王より預かりし書状を届けに参りました」
伯爵は近くの衛兵を経由してアルスから書状を受け取った。
気のせいか…書状を舐め回すように見た後「チッ…」と舌打ちする音が聞こえた気がした。
「…して、報告があると聞いているが…?」
しばらくすると、伯爵はただでさえ細い目を更に細めてアルスに問い掛けてきた。
「はい…」
その疑問にアルスは順を追って説明した。
巡回中にヴァイゼン村やその付近で魔族の群れと遭遇したこと、魔族と戦い全てを処理出来たが村人は約一名を残し全滅してしまったこと、それにより村が滅んでしまったこと…
───報告を終えると、クス伯爵は「ふむ…ご苦労じゃったな」と一言言って豪勢な椅子に踏ん反り返った。
…しばしの沈黙が流れた後、アルスは本題を切り出した。
「つきましては、魔族討伐の報酬を頂きたく…」
「まぁ待て…そう話を急ぐな」
しかし…伯爵はケタケタと笑いながら此方の要求を制止した。
その笑い声は…自分達を嘲笑しているようにアルスには聞こえた。
「先ず…その話は本当なのかね?証拠はあるのか?」
そんなアルスの不快感を余所に、伯爵はニヤニヤしながら話を続けた。
「盗賊に身を落とした元魔王討伐隊が見回りのフリをして村から略奪したり、剰え村人を殺し嘘の報告で報酬を得ようとしたなんて事例もあるしのぅ…諸君らには悪いが…」
「…ウォルフ」
煙に巻こうとしているんだろうがそうはいかない…伯爵が話し終わる前にアルスは隣にいたウォルフに声を掛けた。
「おぅ」
アルスの指示にウォルフは頷き、背負っていた袋の中からあるものを取り出した─────
「「なッ…!」」
瞬間、場が一気に騒然と化した。
…それはヴァイゼン村で戦った魔族の長の首だった。
「おぇ…ッ」
それを出した直後、衛兵の一人が口元を抑えた。
一応最低限の防腐処理は施していたが、やはり腐敗が進んでいるようだ。
「魔族の群れを率いていた首領の首です…他の魔族の死体は現場に残してきたので、確認しに行けば分かるかと」
場に動揺が広がる中、話を進めると伯爵は「なるほどのぅ…よぉく分かった」と納得した様子を見せた。
…が、直後に「しかしだな…」と言葉を続けた。
「勇者よ…今ここの財政事情は苦しいのだ…どうかここは銅貨10枚程で手を打ってくれんかね?我々を…民を助けると思って…」
「お言葉ですが…この屋敷や閣下が身に付けておられる装飾を見るに、最低限度の報酬は支払えるのでは?」
余りに白々しい言葉にアルスは呆れながらも毅然とした態度で言葉を返した。
────すると、すぐ側から『ガタッ…』と音がした。
「無礼者!クス様の言葉を疑うか!」
見ると、衛兵の一人が剣を抜いてアルスに向けていた。
「…君は誰に物を申してるのか分かっているのかね…?ワシはここの領主ぞ…?」
伯爵もそれを制止せず、額に青筋を浮き立たせて不機嫌な声色を出した。
…場の空気が一気に重くなったように感じた。
どうやら嫌な予感は的中したようだ。
「ちょ、ちょっと…!まずいんじゃない…?」
一触即発の状態に、隣にいたレヴィンは青ざめて助けを求めるように声を掛けてきた。
大剣の柄に手を掛けて構えるウォルフ…表情を変えずに様子を見守るフィルビーを尻目に、アルスは前に出て口を開いた。
「恐れながら閣下…そのお言葉、そのまま返させて頂きます」
「なにぃ…?」
「魔族の討伐に対する報酬義務制度は女神様が定められたこと…意味はお分かりになりますよね?」
「…!」
「義務を果たせないのであれば…この件をスーヤ騎士団へ報告させて頂きます」
「ぬぅ…」
恫喝を物ともしないアルスの態度と言葉に、伯爵は顔から一筋の汗を流していた。
「クックックッ…」
「…?」
「ワシを脅すとは大した胆力じゃないか…よろしい、望み通り魔族を倒した分の報酬をやろう…他の魔族の分も調査し確認し次第、渡そうじゃないか」
───どうやら要求は受け入れられそうだ。
安堵して思わず溜息を漏らしたところ、「だが…代わりに頼みがある」と伯爵の言葉は続いた。
「…他所の国へ赴き、君達の力を貸してやってほしいのだ」
「…!?」
その意外な話に、アルスは思わず仲間達と顔を見合わせた。
そんな此方の様子に構うことなく伯爵は話を続けた。
「中央諸国に位置する城塞都市…クヴィスリングが現在魔王軍に攻められてるようでな…今のところは防衛出来ているとのことじゃが、どうやら我が国に救援要請が来たらしい」
「はぁ…」
「…で、どうやらたった今貴殿らが届けた書状を見るに、国王陛下は我が領より援軍を出させるつもりらしい」
なるほど、それでさっき書状を確認した時に舌打ちしたのか…とアルスは得心した。
「しかしな…ワシとて魔族からここを守らなくてはいかん…おいそれと兵を貸し出すわけにはいかぬ…そこで君達魔王討伐隊の力を借りたい…その胆力を見るにどうやら相当な実力を有するようだしのぅ…いやはや、先程は試すような真似をしてすまんかった」
「…」
「…移動のための馬車も手配しよう…どうかね?悪い条件ではないと思うが…」
「…!分かりました…その依頼、受けましょう」
今一腑に落ちず逡巡していたが、不意に出された魅力的な提案を前にアルスは彼方側の要求を呑むことにした。
───馬車があれば、大幅な移動時間の短縮と費用の節約が出来る。
アルスの答えに伯爵は満足気に頷くと、準備をするから明日の朝にこの屋敷を訪れるようにと命じてきた。
アルスはそれに一礼して、仲間達と共に屋敷を出て行った…。
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「…よろしかったので?あそこまで譲歩して…」
事の次第を見守っていた衛兵は伯爵に苦言を呈した。
討伐隊如きに脅されて弱腰になるなんてクス伯爵らしくない…そんな衛兵の不満を無視するように伯爵は無言で証拠品を見つめていた。
「この魔物…」
そして何かを思い出したように呟くと、突如として「クックックッ…」と含み笑いをし…やがて他の衛兵を指差して命じた。
「すぐにヴァイゼン村まで調査隊を派遣しろ…それから、奴らをここに呼べ」
「はっ…」
「クックク…こりゃ面白くなってきたわい…」
伯爵は心底楽しそうに笑い、下卑た笑みを浮かべていた。
───その様子に衛兵はゾッとした…このお方は…またよからぬ事を企んでいる…と。