14話:暗黙の了解
〜前回までのあらすじ〜
魔王討伐隊の冒険を始めた勇者アルスとその仲間達…。
道中で魔獣や魔族の群れ、盗賊と出会すも悉く撃破し少しずつその絆を深めていた。
そしていよいよ、アルス達は当初の目的であるクス伯爵領へと近づきつつあった…。
「見えて来たな…」
「やっと…?はぁはぁ…疲れた…」
「大丈夫ですか?レヴィン…」
「おいおい…この程度でへばんなよ…」
ヴァイゼン村を発ってから数日、アルス達は遂に目的地に辿り着いた────
"クス伯爵領"
大陸南部のトーキテ王国内に存在する領の一つで、周囲が砂漠に囲まれている乾燥地帯に位置している。
資源の少ない環境のためか魔獣の目撃は未だ確認されていないようだ。
「魔王討伐隊ですね…はい…確認しました…どうぞ…」
関所の役人に国王から賜った勇者の証を見せると驚くほどあっさり領の中へと通された。
その様子にウォルフは「便利だな…それ」と感心を示していた。
"勇者の証"
魔王討伐隊の長である勇者にのみ与えられる紋章で、呈示することで各国の関所を取り調べを受けることなく通過出来るようになる優れ物だ。
行動範囲が広く、身寄りがない者が多い魔王討伐隊の隊員にとっては身分を証明出来る必需品である。
「なんか…思ったより寂れてるわね…」
「ちょっと…レヴィン…」
へとへとになりながらも領内に入った感想をあっけらかんと呟くレヴィン…そんな彼女にフィルビーは肩を貸しながらも窘めの言葉を口にしていた。
───しかし、実際に領内の住人のほとんどは痩せ細っていたり暗い面持ちをしていて活気がないように見えた。
「そういやさっきの門番もやけに窶れてたな…」
「領主からの圧政が酷いって噂には聞いてたけど…本当なのかな…」
フィルビーに窘められた為か…ウォルフとレヴィンは小声でそれぞれの感想を言い合っていた。
「さぁな…それより、いつどこで誰に聞かれてるか分からない…私語は程々にな」
そんな二人に対し、アルスは釘を刺すように言った。
活気のない街…領主の悪評…盗賊による報酬未払いの話…アルスとしても色々と思う事はあった。
それでも注意したのは二人の会話が通行人や役人に聞かれ、領主への侮辱として通報されるのを危惧してのことだった。
「…」
「…」
その思いが通じたのかは定かではないが、それ以降しばらく二人は口を噤んでいた。
・・・
「わぁ…すごいお屋敷ですね…」
領主の屋敷を前にして、フィルビーは口に手を当てて感心したように呟いた。
彼女の言う通り、クス伯爵の屋敷は街の建物に比べて大きく…とても豪勢な仕上がりだった。
…それ故に余計に街並みとの差が歴然と映って見えてしまった。
「そこの貴様ら!動くな!!」
思わず立ち尽くしていると、不意に男の大声が響いた。
───見ると、武装した男達がゾロゾロとアルス達に向かって近づき…やがて囲い出した。
突然のことにレヴィンは「な、なに…?」と怯えた声を出し、隠れるようにアルスの背中に付いた。
「なぁんだぁ?てめぇら…この辺りじゃ見ねぇ顔だなぁ…?」
「怪しい奴め…身分と目的を明かせ!」
「中々の可愛子ちゃん連れてんじゃねぇか…なぁ?」
男達は威嚇するように槍を軽く此方に向けると凄むように言った。
恐らくは領主の屋敷の衛兵…といったところだろうが、どうにも高圧的でガラが悪そうだ…とアルスは感じた。
その攻撃的な姿勢と下劣な態度…視線に女性であるフィルビーとレヴィンは居心地悪そうに震えていた。
「国王より書状を預かってきています…それと報告したいことも一件…」
アルスは内心不快感を覚えつつも、それを噯にも出さず懐の紋章を見せて淡々と要件を伝えた。
「んだよ、討伐隊か…」
「チッ…仕事を増やしがって…」
「さっさと入れ」
「精々、無礼のないようにすることだな」
「お嬢ちゃん達よぉ、そんなガキ共より俺達と遊ばねぇかぁ??」
…すると、衛兵達の大半は武器の構えを解き…心底面倒そうな態度を取り出した。
その態度に思うところがあったのか、今まで後ろに隠れていたレヴィンはムッとした顔で足音を立てながら前に出だした。
「なんなのアン…むぐっ!?」
───しかし、そんな彼女の口をウォルフが後ろから抑え、連行するように屋敷に向かって歩き出した。
衛兵達が怪訝そうな顔をする中、アルスは軽く溜息を吐きながらフィルビーと共にウォルフ達の後を追って歩き出した。
「急に何すんのよ!この痴漢!!変態!!」
「面倒事を起こすな、ガキ」
衛兵達と距離が空き、ウォルフが手を離すと思った通りレヴィンは凄い剣幕で怒りウォルフを突き飛ばそうとした。
…が、片手で頭を抑えられ止められてしまっていた。
「うるさい!触んな!てかなんなのあいつら…偉そうにして…ムカつく…!」
「魔王討伐隊の扱いはいつもこんなものさ…なんならあれはまだマシな部類だな」
怒りが収まらない様子の彼女に対し、アルスは肩を竦めて宥めるように言った。
国や領主に仕えるような兵士は、基本的には討伐隊送りにはならなかった精鋭だ。
そのためか、中には魔王討伐隊を見下し暴言を吐く者…酷い時には暴行を働く輩さえいた。
それを考えればあの程度の対応で済んだのはマシな部類と言えるだろう。
「そういうこった…一々突っかかるな」
ウォルフはアルスの言葉に同意すると、レヴィンから手を離し屋敷に向かっての歩みを再開した。
「アルスもウォルフも…二人とも強いのに…悔しくないの!?」
「どーでもいい…俺の敵は魔族だけだ」
それでも食い下がる彼女に対し、ウォルフは振り返らずに答え…そのまま行ってしまった。
「レヴィン…」
それ以上の言葉を失い立ち尽くすレヴィンに対し、フィルビーは心配そうに近づいていた。
…するとレヴィンは唇を噛み締めて絞り出すように声を出した。
「分かってるわよ…あんなの一々気にしてたらキリないって…でも…悔しいじゃない…!私達…あんなに頑張ってきたのに…」
「…」
そんな彼女にフィルビーは何を思ったのか…言葉を返す事なく、ただ彼女の頭を優しく撫で始めた。
「…」
そんな二人を見て…アルスは顎に手を当てて少し考え込んだ。
衛兵達の対応は普通だ。
魔王討伐隊は所詮捨て石。
それがこの大陸の暗黙の了解。
…しかし、そう感じてしまうのは今までの経験でそのように刷り込まれてきたからではないのか…?
もしかしたら…今までその現実に触れてこなかったレヴィンの吐き出した言葉…その想いこそ…本来は正しい在り方ではないのか…?
────そんな風に…アルスは自身の感覚に疑念を抱き始めていた。