13話:同情
〜前回までのあらすじ〜
ヴァイゼン村の戦いの後、互いの話をし合い絆を深めたアルス一行。
途中出た"人型の魔物"の話題に不安を覚えながらも、当初の目的通りトーキテ王国内のクス伯爵領に向けて歩みを進めていた…。
ヴァイゼン村を発った後、アルス達は目的地であるクス伯爵領を目指しつつ道中の集落の見回りを行っていった。
「ん?あれは…」
───その最中、次の集落から少し離れた場所で人々が群がっている異様な光景を目の当たりにした。
武装はしている者はいない…どうやら民間人のようだ。
「あんた達は…?」
「もしかして…魔王討伐隊かい?」
民間人とみられる集団の内の数人が此方に気付いたようで、ゆっくりと近づきながら話しかけてきた。
その質問にアルスは頷いて返事をした。
「そうですが…あなた方は?」
「この近くの集落に住んでる者さ…近くに魔獣の群れが出たってんで避難してきたんだよ」
「なに…?」
集落の住人の言葉に隣にいたレヴィンが「こんなところにも…!」と驚きと憤りを表していた。
魔獣の群れ…それ自体はアルス達も遭遇したため、他の場所にもいても何も不思議はない。
ただ…自分達で目撃したわけではなさそうな住人達の言い方にアルスは引っ掛かりを感じた。
「…その情報はどこから?」
「あんたらと同じ…魔王討伐隊だよ」
「つまり…避難を呼び掛けたその小隊は今魔獣の群れと交戦中ってわけか」
「にしても護衛も付けずに住民を避難させたのかよ…不用心なこった」
聞き取りを続けていると、横からウォルフが呆れたように口を挟んできた。
だが彼のいう通り、住民だけを集落の外に避難させればそこでまた別の魔獣に襲われる危険がある。
そこまで考えが回らなかったのか…それとも…─────
「あんたら…よければ手伝いに行ってやってくれんか?」
「避難を呼びかけてくれた人らは…その…申し訳ないが少し頼りなさそうでねぇ…」
証言について訝しんでいると、不意に住人達の心配そうな声が聞こえてきた。
色々と不審な点はあるが…急を要する事態なのは確かだ。
「レヴィンとフィルビーはこの場で待機…万が一魔獣の姿を見たら上空へ魔法を撃って知らせてくれ」
集落の住人からの依頼にアルスは頷き、仲間に指示を出した上でウォルフと共に集落へと向かった。
・・・
「ふぅ…これくらいでいいだろう…おめーら!そろそろずらかるぞ」
ウォルフを連れて集落の中へ入り目にしたのは、魔獣の群れ…ではなく民家から物を運び出し、袋の中に入れている人の集団の姿だった。
「…何をしている」
「…あ?なんだおめぇら」
アルスの呼び掛けに対し、集団の長と見られる色黒の青年はギロリと睨み付けてきた。
…どことなくその青年は少しやつれているように見えた。
「魔王討伐隊だ… 避難民からの要請により応援に来た」
「…んで?魔獣はどこだよ」
「チッ…鉢合わせかよ…つくづく運がわりぃな…」
アルス達の言葉に対し男は舌打ちをすると、懐から短剣を取り出して構えた。
「なるべく穏便に済ませたかったんだが…こうなったら仕方ねぇ… 悪く思うなよ…!」
男はそう言って軽い身のこなしで跳躍し、剣を振り下ろしてきた──────
「ぐっ…!つ、つえぇ…!」
────アルスはその攻撃を軽く往なし、鞘の付いた剣で圧倒した。
「ひっ…!」
「ゆ、許してください…!」
「どうか命だけは…」
その結果に、青年とその光景を見ていた青年の仲間達は戦意を失った様子だった。
「…盗んだ物を置いて失せろ」
「頼む…見逃してくれ…!そいつがねぇと俺達は生きていけねぇんだ…!」
アルスの言葉に対し、色黒の青年は地面に頭を擦り付けて懇願した。
それに対しアルスは首を縦に振らず冷たく返した。
「…物資を盗まれる人達だって同じだ」
「全部は盗んでねぇ!たった数日、生きられる分だけだ…」
「…」
それでも尚食い下がる男の姿を見て、アルスは男の側にあった袋の中身を確認した。
────その中には、盗みにしては慎ましい量の物資が入っていた。
「…何故こんなことをする?」
「限界だったんだ…危険な任務で仲間が死に、魔獣をチマチマ狩っても生活出来ないような端金しか貰えず…挙げ句の果てには報酬未払い…生きるためにはこうするしか…」
アルスが動機を聞くと、男は絞り出すような声で必死に訴えた。
…それは、この世界ではよくある話だった。
魔王討伐隊は周囲から切り捨てられた者の集まり…それ故に使い潰されるように働かされ、貧困に喘いでいるのが現状だ。
どんなに劣悪な扱いを受けても立場が悪く、他に居場所もないためまともに声を上げることすら出来ない…そのような環境が原因で犯罪に手を染めてしまう隊員も決して少なくはなかった。
「アルス…情に絆されんなよ」
青年の訴えに同情していると、不意に横からウォルフの声が聞こえた。
「俺は放浪してる時にこんな奴らを何度も見た…ここで見逃したらこいつらまたやるぜ…兵団に突き出すか、ここで斬っちまった方がいい」
忠告するように言った彼の言葉は尤もな言い分だった。
こんな事はよくある話…下手すると逃れるための苦し紛れの言い訳かもしれない。
しかしそれでも…────────
「一つ聞く…罪のない人を殺したことは?」
その色黒の青年が嘘をついているようにはアルスには見えなかった。
アルスの質問に対し、青年とその仲間達は首を横に振った。
それを見たアルスは自身の荷物から数日分の物資をまとめ、青年に差し出して言った。
「今回は見逃してやる…だが今度道を間違えれば…その時は俺がお前を斬る」
すると、青年は「すまねぇ…!恩に着る…」と素直に感謝して物資を受け取り…仲間達と共に村を去って行った。
…その様子を見て、ウォルフは軽く溜息を吐いていた。
「…相変わらず甘ちゃんだな」
「このご時世だ…ああいった輩が出るのは必然だ」
かつて、魔王討伐隊から盗賊に身を落とした者が集落の人々を殺して略奪した上で国や領主に嘘の魔族討伐報告をして報酬を得ようとした事件があった。
非道な行い故に犯人は処刑された…それ自体は当然の事だが、その背景に魔王討伐隊の待遇の悪さが関係してるのもまた事実だった。
「それに…少なくとも俺の目には彼は悪人には見えなかった…」
だからこそアルスは今回盗みを働くまでに追い詰められた彼らが、その者達と同じように心まで堕ちてしまわないよう罪自体ををなかったことにしたのだった。
そんな思いを込めた言葉を伝えると、ウォルフは「けっ!」と呆れた様子を見せながらも言葉を続けた。
「…ま、話を聞いた限り法を破ったのはアイツらだけじゃねーみてーだしな…」
「あぁ…報酬未払い…これから報告に行くクス伯爵はちゃんとしてくれるといいが…」
「それより今は集落の奴らにどう説明するかだろうが…ったく…」
ぼやくように言って踵を返すウォルフを見て、この先の旅に一抹の不安を覚えながらも、後を追いかけるようにアルスは仲間と集落の人達が待っている場所に向かって歩き始めた。