12.5話:脅威の暗黒物質
番外編です。
今回はメインメンバー全員出てきますが、どちらかというとレヴィンとフィルビーがメインの話です。
「どうしよう……」
前方を歩くアルスとウォルフ……二人の仲間の背中を追いながらも、少し離れたところで金髪の少女レヴィンはポツリと呟く。
貴族の少女───レヴィン・トゥローノが勇者アルス率いる魔王討伐隊に入ってから数日……ヴァイゼン村で遭遇した上級魔族との戦い以来の最大級の危機を彼女は迎えていた。
「レヴィン……大丈夫ですか?顔色が……」
そんな彼女に心配そうに話しかけるのは、純白と鮮やかな青色を基調とした衣服を纏った少女……フィルビー。
数日前に出会い、新たにレヴィン達の仲間に加わり……そして初めての友達になってくれた女の子だ。
「実は……」
アルスに知られたら今度こそ失望されちゃうかもしれない。
ウォルフに言ったら絶対馬鹿にされる。
でもフィルなら……
────色々考えた末、レヴィンは自身の友達である彼女に悩みを相談することにした。
「なるほど……お料理ですか」
「ご、ごめん急に……恥ずかしいよねこんなの……でも他に相談できる人いなくて……」
レヴィン・トゥローノは貴族の生まれだ。
故に今まで家事は家の使用人に任せきりとなり……当然、自身の家事能力は滅茶苦茶なもの。
魔力の制御が不得手な事が明るみになった後……政略結婚の道具にしようとした両親の思惑で一度色々と叩き込まれはしたものの、レヴィンはその手の方面にも才がなく結局は駄目だった。
────そんな彼女に、今日遂に旅中での食事当番の日が回ってきてしまったのだ。
アルスとウォルフがそつなくこなしていた手前、料理が上手く出来ないなど言い出す事が出来ず……レヴィンは今、八方塞がりの状況に陥ってしまっていた。
「そういうことなら、今日は私と一緒に作りましょう!」
「い、いいの……?ありがとう……」
「こういう時は助け合い、ですから!誰だって最初から出来るわけではないですし、これから出来るようなればいいだけです!」
……そんなこんなで、レヴィンは聖職者の少女フィルビーから教えてもらいつつ一緒に夕飯作りをする事になった。
・・・
「それで……何を作ればいいかな……?」
「ん〜……あ!それじゃあ私が一番得意なグヤーシュを一緒に作りましょうか」
「グヤーシュ?」
「シチューの一種とでも言いましょうか……私がいた孤児院でよく出されていた料理なんですよ!食材が限られてるんで有り合わせのもので多少工夫する必要ありますが……」
すっかり夕飯の時間になった頃、アルスとウォルフが周辺の見回りをしている間に改めてフィルビーに相談すると、彼女は話しながらもテキパキと調理を開始しあっという間に暖かい緋色のシチューを作っていく。
「わあぁっ……おいしそう……」
「味見してみましょうか!」
彼女に促され、作ったばかりのシチューを少量口に運ぶと────瞬間、熱々ながら途轍もない旨味がレヴィンの下を襲う。
本来食材に使うらしい肉はないが……それでも十分過ぎるほどの美味しさと幸福感が口一杯に広がっていった。
「おいしい……!」
「成功ですね……よかった」
「これなら大丈夫そう……!」
「ですね……まだ食材も余ってますし、今度はレヴィンが作る番ですね!」
「う、うん……フィルの食べた後だと自信ないけど、頑張る……」
「私も手伝いますから!さっ、早く!」
・・・
「すまない、待たせたな」
「ざっと回ったが、魔獣は見かけなかったぜ」
「おかえりなさい!夕飯もう出来てますよ!」
「いい匂いだな……ん!?なんだこの異臭は……!?」
「こっちの鍋からだぜ……こりゃ」
────帰ってきた二人を鍋と共に暖かく迎えた後……二人が怪訝そうな視線を向けたのはレヴィンが作った方のシチュー。
「えっと……フィルと二人で作ったの……それで……」
「あー……言わなくても分かる、こっちを作ったのはオメーだな……?」
「レ、レヴィンも頑張ったんですよ!?ほんとに!!」
「そりゃあわかったが……どーすんだよこの暗黒物質……禁忌の魔術でも使ったのかよ」
「そんなこと言っちゃダメです!こ、これは……わ、わわ私が食べます……ッ」
「馬鹿やめろ!!お前が倒れたら治せる奴いねーんだぞ!!」
その出来栄えに青ざめるアルスとウォルフ。
一方フィルビーは必死に庇ってくれはしたものの……その表情は引きつっていた。
「……」
目の前で刺激臭を放つシチューのようなドス黒い何か……それを前に一行が沈黙を貫き、固まっていた────その時だった。
「「グオオオォォォォッ!!」」
「きゃあッ!!」
「下がれ!!」
突如として茂みから、咆哮と共に魔獣が現れた。
咄嗟に前に出て剣を構えるアルスとウォルフ────そんな二人に目もくれず魔獣は目の前の鍋に喰らい付く。
余程腹を空かせていたのだろうか……
「ジュワァホクゥ!?」
「ホワホワキラッキラァ!?」
……そんな事を考えていると、鍋を食べた魔獣が奇声を上げて一斉にその場に倒れ始める。
困惑するレヴィンを余所に、フィルビーは倒れた魔獣に手を当て「脈がない……死んでます」と呟いた。
「流石の魔獣もオメーの闇鍋には耐えられなかったようだな……食わなくてよかったぜ……いやマジで」
「ちょっと!失礼過ぎるでしょ!!一生懸命作ったのに!!」
「お、おう……一生懸命作ったようだな……最強の暗殺兵器を……」
「〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!!」
目の前の光景にウォルフがやや引いた様子で吐いた心無い言葉に、レヴィンが声にならない声を上げる中……不意に横から聞こえてきたのは「これは……すごいな」と呟くアルスの声。
「ア、アルス……?」
「盲点だった……毒殺……この手段なら知性のない魔獣なら安全に狩れるだろうし、寝る時に周囲に罠として仕掛けておく事も……」
「ね、ねぇってば……何言ってるの……?私は真面目に料理して……」
「今回は腹を空かせていたようだから、気にせず食べたようだが見た目の偽装があるとより実戦的になるかも……」
レヴィンが必死に自身が作ったものは料理だと訴えるも、アルスは考えるのに夢中なようで全く耳に入っていない様子。
「レヴィン、同じものを作れるか?君には才能がある……!」
やがて、勝手に得心したように頷き期待の眼差しを向けてくるアルス。
そんな彼にレヴィンは……
「アルスの馬鹿ッ!!」
────思い切り平手打ちをお見舞いしたのだった。
番外編お読み頂きありがとうございます。
急遽ですが本日投稿させて頂きました。
明日の8/29(金)には投稿ないのでご注意ください。
代わりに9/1(月)にまた番外編を投稿しようと思います。