11話:初めての経験
今回は前回のアルスとウォルフが薪を囲って会話してた回と同時刻に進行していたレヴィン視点の話です。
『ピチャッ…』
「ひっ…つめたっ……」
────水面に肌を付けた瞬間、その冷たさにレヴィンは飛び上がりそうになる。
川に入るなんてそれまで温かい部屋で過ごしてきた貴族のレヴィンにとっては初めての経験だった。
「う…うぅ…」
しかし、今入っておかなければ次に身体の汚れを落とせるのは何時になるか分からない。
レヴィンは身を捩りながら、早く慣れるよう願って川の冷たさに必死に耐えた。
「……大丈夫ですか?レヴィンさん」
そうしている時にふと前から聞こえてきたのは、先程仲間になった少女────フィルビーの心配そうな声。
自身の身を案じる優しい声に、レヴィンは「大丈夫……」と言葉を返し顔を上げた。
「でっか……」
「……?どうしました?」
「あ、なんでもない!」
────目の前に広がった景色に、思わず思ったことがそのまま口に出てしまった。
なんとか誤魔化そうと、必死に視線を動かして他の話題に繋がりそうなものを探し出すレヴィン。
……そうしているうちにフィルビーが身に付けていたある物に目が留まる。
「あれ……?それ、額当て……?」
「あ、これはですね……神父様から頂いた大切な物で……なるべく手放したくないんです」
自然に口を衝いて出た疑問に、フィルビーは丁寧に答えて愛おしそうに額当てを撫でた。
彼女にとっては大切な人の形見といったところだろうか。
「いいなぁ……」
「……え?」
「あ、ごめん!違くて……」
……それは、大切な人からの贈り物という自身とは縁遠い存在に対してぽつりと出た感想。
しかし、言った直後に不謹慎だったかもしれないと思い至り、レヴィンは慌てて訂正しようと口を動かす。
「…え?」
────そんな彼女の頭をフィルビーは優しく撫でてきた。
「……苦労されたんですね」
「な、なに急に……」
「……聞こえてましたから、レヴィンさんの本心」
「ぇ…?」
「敵の糸に…捕まった時……」
「…ぁ」
突然の事態に少し困惑したレヴィンだったが……フィルビーから掛けられた言葉に、戦いの最中に自分が放った言葉が頭の中を駆け巡る。
"魔法の制御すら出来ない……実戦では震えてばかり……"
"同級生にも馬鹿にされて……家族にも見捨てられて……"
「……ッ!!」
状況が状況だったので我を忘れて口走った言葉だったがバッチリ聞かれていた。
「あ、あれは…忘れて頂戴!」
「大丈夫ですよ」
「え…?」
繊細な部分を知られた恥ずかしさから、顔を赤くしてフィルビーの手を払い距離を取るレヴィン。
────そんな彼女に対し、フィルビーは慈愛に満ちた眼差しを向けて、優しく語り掛けてくる。
「レヴィンさんは行き場のなかった私を仲間として受け入れてくれました……だから私も仲間として、レヴィンさんを見捨てるようなことは絶対にしません……!」
「……!」
そんな彼女の真っ直ぐな言葉を聞いて、レヴィンの中の何かが崩れ……涙が落ちた。
それが弾みとなって、心の内に隠していた本音がポロポロと零れ出てしまう。
「……ずっと辛かったの……いつもいつも、最初は期待されるのに……みんなすぐ、私から離れていっちゃうの……!」
生まれながら大きな魔力を持っていたレヴィン────そんな彼女を周囲は初めは天才だと持て囃した……が、やがて魔力の制御が出来ないことを知るや、手のひらを返し周囲は彼女を蔑むようになった。
「重圧が凄くて……誰にも相談出来なくて……辛かった……!」
名家の生まれ故に周りに弱みを見せることが出来ず、天才肌の家族もレヴィンの抱える悩みを理解出来ず、やがて彼女は家でも学校でも孤立していき…… 遂には家から追放されてしまった。
「でもアルスは……私の駄目なところを見ても……見捨てないでくれたの……」
絶望に打ちひしがれる彼女だったが……そんな時、出会った初めて親身に寄り添ってくれた存在が勇者アルスだったのだ。
────レヴィンの本音を聞いて、フィルビーは理解を示すようにゆっくりと頷く。
「やっぱり……アルスさん、優しい人なんですね」
「……アルスだけじゃないよ」
「え?」
「フィルビーさんも……戦いが終わった後……私を褒めてくれた」
"ありがとうレヴィンさん!"
"レヴィンさんのおかげで……私達助かりました!"
「私あの時……すごく嬉しかったの」
本来であれば、嵐を止められず仲間に迷惑を掛けてしまったレヴィンの所業は責められてもおかしくないもの。
しかしフィルビーは、レヴィンのことを決して否定せず……優しく受け入れてくれた。
そのことがレヴィンには堪らなく嬉しかったのだ。
「だからその……ありがとう…フィルビーさん」
「レヴィンさん……」
────その気持ちを正直に伝えた時、フィルビーの目から流れ落ちたのは一筋の涙。
「えっ!?あのっ……ごめん……」
「違うんです……ちょっと、ビックリしてしまって……こちらこそ、ありがとうございます……レヴィンさん」
その事に狼狽えるレヴィンに、フィルビーは弁明しながら涙を拭いお礼を言った。
そんな彼女に対し、レヴィンは意を決して「あのさ……」と話しかける。
「フィルビーさん……言ってたよね?フィルって呼んでほしいって……私、そう呼んでもいいかな……?」
躊躇いがちに言った言葉にフィルビーが見せたのは、パァッとした明るい表情────彼女の反応にレヴィンは内心安堵した。
「あ!それなら私もレヴィンって呼んでいいですか?」
「も、勿論……えっと、じゃあ……呼び合ってみる?」
「は、はい……では……」
そして、二人は息をゆっくり吸って……
「…フィル」
「…レヴィン」
────お互いに名前を呼び合った。
……少しの間、見つめ合う二人。
僅かな時間な筈なのに、レヴィンにはその瞬間が時が止まったように長いものに感じられた。
「もっと恥ずかしくなるかと思ってたけど……なんか不思議な気持ち……」
「私、実は憧れていたんです……こういうの」
同年代の女の子と名前で呼び合う……そんな初めての経験にレヴィンの気持ちは高揚していく。
きっと、彼女も同じ気持ちなのだろう。
……それからも二人は色んなことを話し合い、笑い合った。
家から追い出され、絶望して入ることになった魔王討伐隊。
────いつの間にか、そこはレヴィンにとって大切な居場所になっていた。
ここまでで第一章"ヴァイゼン村編"完です。
読んでくれた方ありがとうございました。
次回、4月11日(金)より第二章の更新を開始します。
更新頻度は週に一回になる予定です(ストック分すぐ消費してしまうのを防ぐためです、すみません…)
読んでくれる方、引き続きアルス達の冒険をお楽しみください!