10話:魔王討伐隊
『パチパチッ…』
暗く静かな森の中、焚き火の灯りと音だけがその場所を知らせる目印になっていた。
「……アルス」
「なんだ?」
明るい炎を挟んで向かい合うように座っている時、ふと前から話しかけてきたのは顔に傷を持つ大柄な男……ウォルフだ。
────フィルビーが仲間入りした後、アルス達が戦いの疲れを癒すために一先ず移動したのは川沿い。
現在……レヴィンとフィルビーの二人が身体の汚れを落としに川へ水浴びに行き、アルスとウォルフの二人は近くの森で待機していた。
「お前、さっきの戦い……あれが全力か?」
「……どういう意味だ?」
そんな中、共に待機していたウォルフが突如してきた一見突拍子もないように思える質問に、アルスの頭は一瞬真っ白になる。
「敵の親玉に捕まった後、お前は何かしようとしたように見えた……すぐ嵐に襲われて有耶無耶になったが……」
「気のせいだろ……俺はただ拘束を抜けようと踠いていただけだ」
彼の疑問に肩を竦めながら返すと、ウォルフは「ふん、まぁいい……」と言って次の質問を出す。
「……んじゃあよ、戦いの最中……魔法を撃ってたレヴィンの前に出続けたのは何でだ?下手すりゃオメェ……死んでたぞ」
「躱せる自信はあった……それにあの時はああするしかなかったんだよ」
前衛のアルスが敵の接近を防ぎ、その上でレヴィンが後方から広範囲の雷魔法で敵を殲滅する。
同士討ちの危険性は当然あったが、それを受け入れるしか圧倒的な戦力数の差を覆す方法がなかったのだ。
────そう説明すると、目の前のウォルフはニヤリと笑った。
「だとしても普通はやらねーよ……イカれてんなお前」
「必死だっただけだ……大体、たった一人で魔族を殺し回ってたお前にそんなことを言われたくはない」
そんな風に軽口を叩きながら戦いの時のことを思い返しているうちに、アルスは一つ気になっていたことを思い出す。
「そうだ……ウォルフ、そういえば戦いの時に見せたお前のあの……飛ぶ魔法はなんだ?」
ウォルフに引っ張られた時のあの前に向かって落ちているような感覚────アレは恐らく魔法による影響に違いない。
一体どんな魔法なのか……疑問に思っているとウォルフは「あぁ……」と一呼吸置いてから語り出す。
「俺は身体の中の魔力を操ることで好きな方に落っこちることが出来るんだ」
「……お前自身に掛かる重力の方向を自由に変えられるってことか?」
「おぅ、まぁそんなとこだな」
……その説明を聞いて、アルスは驚いた。
魔法の資質は個人によって異なる。
基本的には水や土などを操る自然魔法が主流な魔法となっているが、それに当て嵌まらない特殊な魔法は固有魔法と呼ばれている。
────ウォルフの場合は後者だったようだ。
「すごいな……そんな魔法、聞いたことないぞ」
「だろ?へへ……この魔法は俺が触れているものにも影響するんだぜ」
「なるほど……それでその重そうな鎧や大剣を身に付けてるのか」
「あぁ……あの嵐の中で動けたのも、この魔法のおかげさ」
アルスは感心していると、ウォルフは得意げに色々と話してくれた。
確かに触れている物を含め重力を自由に操れるのなら、重い鎧も大剣もさして動きの支障にはならないだろう。
そしてその重量を活かして落下するように移動する性質上、強風の影響を受けずに嵐でも移動出来る…実に強力な魔法だ。
「単純な魔力量じゃお前達に負けるかもしれねぇが……魔法の強力さじゃ俺の方が上だぜ」
「はは……頼もしいな」
「頼もしい……か」
「……?」
「そりゃオメーもだよ……アルス」
「なに……?」
その力を素直に褒めると、ウォルフは突然含みのある反応をして此方をまじまじと見てきた。
「お前の剣技……どこで習った?多少覚えがあるって動きじゃなかった」
「……何が言いたい」
「……らしくねーんだよ」
そして頭を掻きながら言葉を続ける。
「魔王討伐隊ってのは要は無能や嫌われ者の集まりだろ」
「…」
─────人類と魔族の戦争が始まってから既に長い年月が経った。
人類は劣勢に立たされ、どの国も魔族の領土に攻め入る余裕はなくなり現在は守りを固めている。
国家間の物資や情報の流通が減り、孤立に追い込まれていく中、打開策としてある組織が人知れず活動することになった。
その組織の名は魔王討伐隊。
魔王軍の侵攻の妨害や情報収集等の遊撃活動を現在は主に担っている。
名目上こそ魔王の暗殺が最大の目的となっているが、その実態は各国・集団の地位や立場の弱い者達を中心に構成された捨て駒に過ぎない。
その長に与えられる称号が勇者なのは皮肉としか言いようがなかった。
……これがアルス達を取り巻く紛れもない現実だった。
「お前はそれとは違う…あの動きはまるで騎士みてえだった」
どうやらウォルフはアルスの剣捌きが素人らしくない……と言いたいようだ。
もう誤魔化せないな……とアルスは腹を括りその口を開く。
「……カリヴァ隊って知ってるか?」
「……あ?北部で魔王軍を相手に派手に暴れたって討伐隊だろ?俺みたいな北国生まれの間じゃ有名だったぜ……尤も最近じゃ噂を聞かなくなったが……まさか……」
「あぁ……俺はそこの一員だった」
「!!」
「そして勇者カリヴァは俺の幼馴染で……親友なんだ」
「……」
「彼は聖騎士に任命されるほど優秀でな……この剣術もカリヴァから教わったんだ」
「……そういうことかよ」
アルスの語った過去に、ウォルフは驚きを隠せない様子だった。
数秒の沈黙……少し考え込むような仕草を見せた後、ウォルフは再びその口を開く。
「なぁ……カリヴァ隊はどうなったんだ?」
「……分からない」
────しかし、その質問にアルスは答えを持ち合わせておらず、首を横に振った。
「……なんだと?」
「魔族に襲われて俺達は散り散りになった……今となっては何処にいるかも……生きているのかも分からない」
そう言ってアルスは明後日の方を見て言葉を続ける。
「だから俺にとっては元々の仲間を探すことが…この旅の目的なんだ」
「そうか……」
アルスの過去を聞いたウォルフは少し神妙な顔をすると、「……よし」と膝を打って立ち上がった。
「だったら俺も、そのお友達探しを手伝ってやるよ」
「……え?」
「んだよ?まだ生きてる希望があんだろ?手伝う奴が一人でもいた方がいいじゃねーか」
「……そうだな、ありがとう……ウォルフ」
その突然の申し出にアルスは驚きつつも感謝を示す。
魔族狩りのウォルフ……狂人だと噂されていたが、本当は優しい男なのかもしれない……とそこでアルスは感じた。