1話:勇者
あるところに、平和に暮らしている"ヒト"という種族がいました。
ヒトビトは自分達を生み落とした神様を敬愛していました。
そして神様もまた、自らが産んだ子供達を深く愛していました。
「約束!ちゃんと守ってますよ!」
「教えてもらったこと出来ました!褒めてください!」
「愛しい我が子達……」
そんなある日、空に大きな穴が空きました。
その中からは、これまで見たこともない生き物が出てきました。
「なんだ……アレは?」
「何もない場所に……穴?」
「どこかに繋がっているのか…?」
「……?何か出てきたぞ…?」
まぁ大変、出てきたのはなんと悪い悪い魔族だったのです。
凶暴な魔族は容赦なくヒトビトを殺し始めました。
「なんだコイツらは……!?」
「何故殺した!?」
「やめろ……!話せば分かる…!」
平和が脅かされる中、勇気あるヒトビトが立ち上がり、団結して魔族に対抗し始めました。
「義勇軍を作りましょう……!」
「民を守るために……」
「……どうかご決断を…!」
「かつてのような平和は、もう叶わんのだな……」
その団結は、やがて"軍"という大きな組織の形成に繋がり、魔族との戦いが幕を開けました。
「家族の仇……ッ殺す……!!」
「お前達さえいなくなれば!!」
「スーヤ騎士団……ここに見参!!」
「もうやめろ……!こんな戦いは……」
「今度こそ……今度こそ……お前を殺す……ッ!!」
「民を守るため……!」
「お前のせいで……私はッ……!」
それから長い長い年月が経ち…今も尚、魔族との戦いは続いているのです─────
〜スーヤ教「人と魔族の歴史」より抜粋〜
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「────ではアルスよ、これより其方を正式に"勇者"として任命する……世界の平和のため、女神のためにその身を捧げて魔王の討伐に尽力するのだ……健闘を祈るぞ」
聖ヤーラ歴713年、タルシスカ大陸南側のトーキテ王国にて、一人の赤髪の青年────アルスは国王から魔王討伐隊の長である勇者の任を受け、広々とした王室を後にする。
"魔王討伐隊"
人類の敵である魔族と戦い、人々を守り……最大の敵"魔王"を討ち果たすために作られた組織。
長い戦争で大陸中が疲弊した今、人類にとっての最後の希望であり……アルスもまた、その内の一人だった。
『ギィッ……』
勇者任命後、国王から指定された部屋の扉を軋む音と共にアルスは開ける。
王曰く、部屋の外に仲間となる者を待機させたとのことだ。
なんでも名家の魔法使いとのことだが……
「……」
光差し込む静かな一室────そこに佇んでいたのは、綺麗なウェーブ掛かった金髪が目を引く一人の少女の姿。
黒い三角帽子と黒いケープ……如何にも魔法使い然とした格好だが、その下の制服と見た目からはかなり若い印象を受ける。
「今日より勇者として君と組むことになった、アルスだ…よろしく頼む」
「……」
そんな少女に対し一先ず名乗りと共に手を差し伸べるも、その手が取られることはなく……返されたのはただただ冷たい眼差し。
────意図せずして、場が重たい静寂に包まれる。
「……名前を聞いてもいいだろうか」
「……レヴィン・トゥローノ」
沈黙に耐えられず思わず食い下がる様に聞くと、少女は苦々しい顔をしながらも漸くその口を開いた。
"トゥローノ家"
聞くことによるとこの国……トーキテ王国における雷の魔法の扱いに秀でた名門貴族の名らしい。
「トゥローノ家の雷魔法は強力と聞く…期待して……」
これから共に旅をするにあたって心強い味方となりそうだ……そう思いながらアルスは改めてレヴィンと名乗った少女にその手を差し伸べた……
──────その時だった。
「やめて!!」
突然の怒号と共に振り払われてしまった差し伸べた筈の手。
まるで雷に打たれたような感覚にアルスの思考は一瞬真っ白になった。
「言っとくけど私、アンタと馴れ合う気ないから……」
此方を睨め付け、吐き捨てるように言う少女……その態度からは明確な拒絶の意思がアルスには感じられた。
「そうか……」
その対応を受け、アルスは思案する。
国王から貴族の人間が自身の隊に入ると聞いた時、上流階級の者の中にもまだ魔族と戦おうとする者がいたのか…と素直に感心したものだったが、なにやら事情があるようだ。
───とはいえ、このままでは埒が明かない。
「まぁ無理に仲良くしろとは言わないが……隊に入った以上、協力はしてもらうぞ?」
「ふんっ……」
とりあえず落とし所をつけようと自身の意見を伝えると、レヴィンと名乗った少女はバツが悪そうに目を逸らしてしまった。
控えめに言って最悪の初対面となってしまった……勇者となってから初めての仲間との出会い。
この先の旅に少しの不安を覚えながらも、アルスは城の外へ向けてその一歩を踏み出し始めた。
「ちょっと……どこ行くのよ?」
────すると、後ろからレヴィンの少し慌てたような声が聞こえてきた。
「王から任務を預かっている…他に行く当てはないんだろう?……行くぞ」
「なによ…!庶民のくせに偉そうに……」
────こうして後に伝説となるアルス達の冒険は始まった。