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生まれ変わって悪道を邁進する  作者: マルジン
2章 天上天下、蠢動
18/18

17.悪道

中学生以下の方は読むことを控えるようお勧めします!犯罪を奨励する、犯罪を美化する、犯罪者を賛美するような表現が多分に含まれますが、これはフィクションであり、決して真似しないように!


不定期連載です。

「ごめんね、引っ搔いちゃって。いきなりされたからびっくりして……」


 一切の抵抗をみせず、苦しさに藻掻く体を意思で押さえつける有様だった。こいつがまともな反応をしたのは、最初だけ。それからは耐えるだけ……爪が手に食い込むまで、シーツに血が染み込むまで。


 ――趣味じゃねえわ。


「眠くないの?」

「喋んな」

「う、うん」


 赤い首筋、赤い手のひら、赤いシーツ。

 そのどれを見ても、反応はなかった。


 俺の欲求は何にも満たされていないというのに、劣情はいつの間にか消えていた。


 コイツがブサイクなせいだろう。

 きっとそうだ。


 でも何故か、隣で聞こえる「おやすみ」は心地よかった。


 ※※※


 どれだけ勇敢でも、どれだけ卑怯でも、開けてみれば変わらない。

 醜かろうが、美しかろうが、男も女も変わらない。


 赤い髪の騎士は、気高い復讐者だったけれど、死ねばただの素材になる。


 例えば医学貢献。

 積み上がる智の山頂に供えられる献体は、これからの人々に肉体を捧げる篤志の行為。


 例えば生態系循環。

 人生を終えて、神の如き自然に還るのは、個を捨てて全に交わる生物の宿命。


 例えば歴史。

 偉人、英雄。はたまた悪人、大悪人。そして神。

 祭り上げられ、扱き下ろされる。

 人格は死後に歴史の1ページとして、人々の記憶に刷り込まれる。


 そして例えば、私の糧。

 バンデン・アマーリエは『抹消』され、歴史には残らない。

 解体されて臓物となり、骨や肉、血液は私が保存するから土に還ることもない。

 私だけの献体。彼女の能力は私が受け継ぐ。そのために死んだと言っても……それは過言だ。


 会長の理想が彼女を殺したんだ。


 私はおこぼれを与っただけ。


 責任転嫁ではない。


 おかげで私は、また強くなれたのだから。



 かつて英雄と呼ばれた、冷たい肉片をボウルにまとめて、マッシャーで押しつぶす。


 感謝を忘れずに。


 穴々から這いずる赤黒いミミズたちを、何度も押し潰して、英雄はミンチ状になった。


「裏漉ししようねー」


 裏漉し器にミンチを伸ばして、ヘラで押し均す。この作業が、英雄を美味しくしてくれるから、手を抜けない。


 栄養補給だけの餌なら不味くたっていいけれど、これは()()なのだから、料理として仕上げたい。


 心を込めて、ムダなく余さず濾したら、保存していた血液と混ぜ合わせる。水分が多いとレバープリンの濃厚な舌触りが消えてしまうので、ヘラでかき混ぜた時の重みをしっかり感じながら、水っぽくなるまで溶かしていく。


 最後に、英雄さんから採り出したゼラチンを加える。

 湯煎しながら慎重にかき混ぜて、溶け切ったらすぐに取り出して氷水へ。


 あとは冷蔵庫に放置しておけば、帰って来る頃には食べられるはずだ。


 それじゃあ、行きますか。


『3、2、1、変位』


 以前お婆さんから学習した能力で転移した先は、そのお婆さんのお家だ。


「こんにちはー」


 質素な家だが、()というだけで落ち着く。

 私には帰る部屋があるけれど、心休む家はない。

 そのせいか、この家が私の家のようになった。


「――エヌさん、こんにちは」


 女手一つジョン君を育てるお母さん、アメリさんは私のお忍び訪問に慣れたみたいだ。

 突然転移してきたというのに、振り返りざまに挨拶をしてくれた。


 うーん、昼ごはんの用意をしてるみたいだ。今日は私の分もあるかなー。


「私も食べていいー?」

「もちろんです。その分のお金も頂いてますし……」

「ありがとー」


 お金の問題もあって1日2食だったけれど、私がお昼を食べるよう進言した。

 アメリさんはその分のお金と言ったけれど、生活費として渡したものだ。

 私達が彼女の職場を壊滅させたせいで、収入を絶たれてしまったから、お財布の面倒を見てあげてる。


 恩義を感じてくれてるのなら、少し嬉しいな。


 アメリさんの背中では、小さな命がじたばたと藻掻いている。

 まだ小さなジョン君だ。


 顔を覗き込むと、視線が合った。彫りの深いクリクリした目が、私を見据えている。吸い込まれるような瞳がとても美しく、自然と頬も緩む。


 キメ細かな柔らかい肌。心を落ち着ける甘い体臭。

 無垢な愛らしい手が、私の心をくすぐった。


 指先が寒かったので、そっと手を差し伸べた。


 すると、アメリさんが体を逸らして、ジョン君を遠ざけてしまう。

 未だに警戒しているみたいだ。


「あ、あの……座っててください。すぐ出来ますから」

「――はーい」


 すぐに手が届くというのに、じれったい。


 暫くすると、手製の料理が運ばれてきた。

 腸詰めとパン。それから葉野菜のスープだ。

 お世辞にも豪華とは言えないけれど、これが庶民的で心安らぐ。


 カチャカチャと、皿にぶつかるカトラリーの音。


 互いに無言のままで、どうにもぎこちない。


 再開から数日が経ったのに、うまく距離が縮まらないのは、私のコミュ障のせいかな。

 この様子だと、ジョン君に触れられるのはいつになるのか。

 何かきっかけを作りたいな。


「美味しい。アメリさんは料理が上手だね。王宮でまた雇ってもらえるんじゃないかな?」

「……ありがとうございます」


 ジョン君を抱く手が、心なしか硬くなった気がした。


 ――うーん、難しいな。


「仕事のあては?どこか見つかった?」

「……」


 ――うーん?

 なんだか、バツが悪そうだ。どうしたんだろう。


「アメリさん?」


 彼女の不安を引き出せるよう、優しく尋ねてみた。

 私に対処できるのならしてあげたいし、なによりも心配なのは、ジョン君のことだ。

 ジョン君になにか不安があるのなら、今すぐに教えてほしい。


 取り返しがつかなくなる前に。


「――どうしてですか?」

「ん?」

「エヌさんは何がしたいんですか?私をどうしたいんです!?」


 声色に滲む怒気と覚悟が、不安の正体を吐露していた。


 やっぱり私が怖いんだよね。


 アメリさんは、オーに記憶を書き換えられている。だから、お婆さんを殺された日の記憶に、私は居ない。


 彼女がこんなにも警戒するのは、国王殺しの日の惨劇があるからだ。


 すぐに信用するはずもない。そんなの当然だ。


 金を渡したらどう思うだろう。

 毎日通い詰めれば、どう考えだろう。


 彼女の立場になれば、少しは理解できたのに。

 直さないとな、こういうところ。

 昔、弟にも言われたなー。


「どうもしないよー。外せない条件はあるけれど、危害を加えるつもりはないよ」

「他言はしません。約束は守ります。だからお願いします、私にどうして欲しいか言ってください」

「どうって言われても……」

「だったらどうして、私に付きまとうんですか」


 私に……か。

 違うよ、アメリさんじゃないよ。

 この家は好きだけれど、アメリさんが気になるんじゃないよ。


「ジョン君が可愛いから、かな?」


 目を見開き、瞳が揺れた。

 より一層きつく抱く腕の中で、とうとうジョン君は泣き出した。


「ジョン君が嫌がってるじゃーん。そんなに硬くならないでよ」

「この子には手を出さないって……」

「もちろんだよ!むしろその逆でね、ジョン君を守りたいの」

「守る?」

「そう。だから心配しないで。アメリさんとは、仲良くできると思うから」


 最後の一杯をスプーンに溜めて、口の中へ流し込んだ。

 アメリさんに「ご馳走様でした」を伝えて、立ち上がる。

 泣きじゃくるジョン君が心配だ。

 そんなに顔を赤くしなくても、大丈夫だよ。


 アメリさんは、側に立つ私に警戒しているが、今度は避けなかった。


 ギュッと閉ざした小さな拳を、私の手で包み込んであげると、ジョン君は目をパチクリさせて見つめている。


「私が守るからね、ジョン」


 理解はしていないだろう。

 それでも、感じているんだ。


 私のこの覚悟を。



 ああ、転生出来てよかった――。


 また逢えたね、ユウジ。


 ※※※


 王都は苦境に立たされていた。

 エーレンハウとターヌマエの両州を奪還することは叶わず、一進一退の攻防を続けていることこそ、その証左だ。


 我々は勝たねばならない、当然の決意だが、国王崩御に際しては騎士団だけでなく、各地の旗主たちも困惑していた。

 もはや戦争どころではない――。

 誰もがそう考えたはずだが、唯一諦めなかった男がいた。


 前王の施政化からこの国の舵取りを担う、ミョルマン・ランドルバルド公爵だ。


 王都並びに各旗主の混乱を沈めた彼だったが、1つの警告と共に、依然として状況が悪いことを示した。

「この団結はシャボン玉。遠くない将来に、必ず破裂する」


 我々はブルッファーヴァと戦いながら、時間という止め処無い流れを背にしていた。軋む団結がいつか瓦解する前に片を付けなければ……。


 コンコン――。


「入れ」


「失礼します!」


 指先まで神経の通った敬礼をする彼は、小脇に茶色い鞄を抱えていた。

 どうやら例の作戦の進捗報告に来たらしい。


「どうだった」


 彼が座るまでの時間も焦れったい。

 間も与えず問いかけた。


「エーの動きが慌ただしくなっています。あの……座っても?」


 エルドラド州オーランド市ジャルシム地区に根を張る反社会勢力【CSOU】は転生者だけで構成された組織、ということは知っていた。

 何故潰してしまわないのか。

 何故転生者が我が物顔でのさばっているのか。

 何故横暴を許しているのか。


 エルドラド州領主への非難は集中力したが、それを庇った人物がいた。

 マークネイト州領主、デリクシス・メーンだ。

 上昇志向の強い旗主で、家族を皆殺しにして領主の座についた、という噂だ。

 私は間違いなく真実だと思うが。


 彼がエルドラドを庇ったのには、当然だが裏がある。

 エルドラドは先の戦争で随分と疲弊し、統治すら危うい状態だった。

 実質的に支配の及んでいる地域は州都のみであり、それ以外の地域では役人やマフィアが牛耳っている。


 王国政府と自治独立思考の旗主との関係により、要請がない限り出征もできなければ、復興の支援もできない。

 そこで、エルドラドの一部を軍事戦略的重要拠点であると決定し、騎士団が派遣された。先の戦争で奪われた2州に代わり、新たな国境となったのだから、これに反発はしなかった。


 内心では喜んでいたのだろう。


 大っぴらに統治能力の欠如を指摘され復興支援されるよりマシだと。

 それからは建前である国境整備をしながら、現地の秩序回復に努めようと交渉や根回しをしていたのだが、結果は言うまでもなく失敗だった。


 当初はボルボッサファミリアというマフィアとの交渉だけに専念していれば良かったが、とある組織が茶々を入れたせいで、全面対立という予想とは逆の結果となった。

 そのせいで市民からの心象も悪くなり、秩序回復もとい支配権の奪還は達成できなかった。


 つまりCSOUという組織さえなければ上手くいったのだ。

 だからこその糾弾であったのにも関わらず、マークネイト州領主は横槍を入れてきた。


 脆弱な支配体制しか築けないエルドラドは、家名を傷つけずに復権したいはず。そこへ取り入ったのだろう。マークネイト州は田舎町で有名な、なんの取り柄もない州だ。弱りきったエルドラド領主にとっては、いつでも踏み潰せる相手に見えたのだろうが、実際は取り込まれる形となった。


 その布石がCSOUを潰せとの圧力を弾くことだったわけだ。

 エルドラドに関与する宣言であり、手出し不用の意思表示のつもりだったのだろう。


 田舎町だろうが、王家を支える旗主に変わりはない。

 政府がゴリ押しできない理由だ。

 そして他の旗主にしてみれば、些末な事。

 異人がのさばろうが、悪魔が暴れようが、我が州に食指が伸びないのであれば、どうでもいい。それよりも目の前の利権の保全が第一。


 ともすれば、CSOUの利となる。


 上手く切り抜けさせてしまった。


 それがあの日を引き起こしたのだ。


「動きとは?」


 エー、並びにCSOUに関わる人間の偵察状況をまとめた紙が机に広げられた。


「キューへの接触を確認しました。それからCSOUが運営する店への出入りも確認しました」

「店?それがどうした」

「ピーがいると目される店へ出向いたのです。恐らく接触があったかと」


 彼らに関する情報は少ないが、エー自身が社員と呼ばれる者達へ積極的に接触するのは稀なはずだ。

 そう考えると慌ただしくも見えるが、仲間への定期的な挨拶回りとも捉えられる。


「慌ただしいと断ずる理由は」

「エーだけでなく社員も動員しているためです」

「続けろ」


 エーを頂点とした指揮命令系統下に社員たちは存在する。

 その社員のうち、3名に動きがあった。


 まず一人目がエイチ。

 2人の子供を育てる、母親だ。

 穏やかで人当たりもよく、近所で悪い噂が立つのを嫌い、慎ましく暮らすごく一般的な女性だ。

 そんな彼女は、戦地からやや遠いCSOUの本拠へと子供を連れて移り住んだという。子供を連れての移動となれば引っ越しか、時勢を考えて避難なのか。


 後者が現実的ではあるが、距離を見れば安全圏へ逃れたとはいい難い。

 彼女の家とCSOUの距離は1キロ程度であり、前線となる国境からは5から7キロほど。

 僅かな距離を移動する理由が避難ならば、救いようのないバカだ。


 二人目が不詳の男。

 鋭い目つきで、黒いコートを羽織った痩身の男だ。所作を観察する限りかなり神経質で、微かな煙草の香りをまとっていたという。

 CSOUに入っていった彼は、受け付けの者と慣れた口調で話していたというから、社員で間違いないだろう。


 三人目がエム。

 王都外縁にある、とある家にて補足した。

 とある家には、ティモシー殿下の別邸で働いていたアメリという女が居り、まともな精神で生き残った唯一の人間とも言える。

 そんな彼女を張っていると、偶然にも……いや期待していた通り、社員が来た。


「エーの指示がなければ、基本的には自由に行動するのが社員たちです。それがCSOUに集まりつつあるのは異常かと」


 確かに異常だ。


 ふむ、なるほど。

 この異常さをどう捉えるか、だな。


 またしても大きな動きをみせるのか。

 はたまた逃げる準備でもしているのか。

 まさか、日常業務の延長とでも言うのではあるまい?


 どちらにしても好きにはさせん。


「キューへの接触は継続できるか?」


「……恐らく不可能かと」


「恐らく?判然としないな」


「エーとキューは、キューの自宅前で転移らしい能力を使用した後、消息が分かっていません。恐らくCSOU内に転移したと思われ、キューがいつ戻るのか不明なため、恐らく不可能かと」


「恐らく恐らく……。内通者の女が居ただろう。奴に確認したのか?」


「本社にいないので、知ーらないと」


「引き込めるかと思ったが、そう簡単にはいかんか。まあいい、人質がいただろう?奴を使ってどうにか誘き出せ」


「畏まりました」


 有用な隷下が完成するのではと期待したが、つくづく残念だ。

 かつてエルという情報提供者が存在したが、彼はいわゆる下っ端で、大した情報を持ち合わせてはいなかった。

 しかも、とある部隊が独自に抱えていただけで、我々がエルの存在を知ったのは、つい最近のことだった。

 対CSOUに本腰を入れる過程で、エルに接触を図るも時すでに遅し。彼は殺されていた。誰が殺したのか、それすらも分かっていないという、失態付きで、我々はその事実に接したのだ。


 失望をもって同じ軍人を内心で唾棄していると、とある部隊は、もう一人の情報提供者が生存しているという、一縷の望みを齎してくれた。

 それがアールという社員だ。

 しかし彼も下っ端に過ぎず、もはや情報提供者としての地位は相応しくない。

 キューと並行して隷下への道を進ませていたが、ここでキューの脱落。リスクヘッジを期待していたわけでは無いが、結果的には武器を失う大損は回避できた。


 そして幸いにも、勝手に寝返ってくれた女もいることだし、丁寧に進めたいところだ。


 それにしてもCSOUは何を望んでいるのか。

 革命ともいえる大騒動を起こして、この静けさを保つのは、不可解でならない。

 王座は継承権第3位のミアーセ殿下が戴くことで、国体の分裂を免れることができた。


 謀反者たちに尋ねたい。

 それでいいのか?


 開戦までの間、前王の名を借り対外交渉を続けたのは、言うまでもなく混乱を悟られない為だった。

 開戦の公布も前王の名により、ミアーセ殿下が即位したのは、開戦から数日後だった。


 国王を誅し王家を殺戮したのは、一体何のためだったのだ。

 今こそ混乱の極みであるというのに、政局に大きな変化はなかったのは、なんの冗談なのか。


 いや、変化はあったか。

 強いて言うなら、改革しやすくなった。

 元々大きな権力を持たない勢力が多く生き残ったことで、乱立した派閥同士が牽制しあい、様子を見ていた。本来なら他派閥を取り込み拡大を目指すはずだが、戦争という大事が舞い込んだために、自派閥の拡大を目指す動きは当面気にしなくても良くなった。

 如何にして敵を追い払うか、それを考えればいいのだから。

 つまり、純粋に国のことを考え国のために動くことができるようになったということだ。


 問題は、ミョルマン・ランドルバルド公爵が言った通り時間だ。

 勝ちが見えた時、戦争が長期化した時、そしてもう一つは、抜け駆けして派閥の拡大に奔走する勢力が出てきた場合に、今の団結は崩壊する。


 それは敗戦を意味する。


 我々は早期の決着が必要なのだ。

 力ある前王が生きてさえいれば、と思わない日はない。

 そして何度でも尋ねたい。


 CSOUよ、何がしたいのだ。


「ソーン大佐、一つ伺っても宜しいでしょうか」


「なんだ」


 茶色い革鞄に資料を仕舞い込みながら、彼は躊躇いがちに口を開いた。


「転生者共を悪魔に仕留めさせてはどうか、という意見が軍内で流れているようですが、それは候補として上がっていると認識して宜しいのでしょうか」


「……そうだ」


「マモン殿が現場から逃走した件を承知した上で、そのような意見がまかり通るのですか!?」


 悪魔は、人間の下僕として召喚される。ただし、それは契約条件が整っていて初めて下僕として成立するのであって、瑕疵のある条件では、鎖の付いた獰猛な獣と変わらない。

 つまるところ、契約を誤れば召喚者自身が首を噛みちぎられるということだ。


 血塗られた応接間にいたはずの第9位階の悪魔マモンは、国王と王家、そして重臣と騎士たちが殺される様を傍観していたという。

 一瞬のことで、なにが起きたのか分からなかった。

 気づいたときには、みんな死んでいた。

 そんな盲言で詰問を躱し、今なお政府の軍事顧問として参与しているのは、冗談だとしても笑えない。


 悪魔ともあろう者が、理解できず何もできずにその場にいたなんてことがあってはいけない。

 我らの魂を還元し、再び世に帰す天上の王たるマモンが、そんな愚鈍であるはずがないのだ。


 なにか意図があるに決まっている。それでも未だに国の中枢にいるのは、我々が必要としているからに他ならない。


 確かに、魔力残滓を解析するとマモンの魔力は確認できなかった。これはマモンが一切手を加えなかったことを示している。

 助けなかったし、鏖殺に組しなかった。

 単に傍観していたことが証明されたから、彼は中枢に席を用意されてしまった。


 ミョルマン・ランドルバルド公爵曰く、召喚時の契約内容は、先の戦争でブルッファーヴァを撃退することと、契約者に完全に従うことだったそうだ。

 しかし、契約時に立ち会ったわけではないため、その瞬間にどんな契約をしたのかは、前国王を始めその側近しか知らない。当然マモンも知っているが、彼が話す契約が真実とは限らない。


 結局、敵ではないのだろうという希望的な観測を持ってして、彼の戦力に目が眩み、政府内部へと留めているのだ。


 そこまで、百歩譲ろう。


 その悪魔に頼るとは何事か。

 その問いにある高官はこう答えた。

「では第3位階の王アエーシュマとその配下共に追わせればいいではないか」

 と。


 虎がダメなら蛇を送れと、愚昧な提案をさも良案とでも言いたげに言い放ったのだ。

 同じ獣であることを忘れたのか、それとも認識することを止めたのか、どちらにしても危機感の欠如した木偶に違いない。


 しかしこの愚かな案が会議の場で宣告されたことで、選択肢に含まれることになった。

 議事録は、政府の誰もが閲覧できる。

 もしもこれが良案だと考えるバカがいれば……恐ろしいことだが、候補として採用され政府中枢で諮問されるだろう。


 私が愚かだなんだと吐いたところで、そうなっては止められない。


「良識さえあれば、採用はされまいよ」


 私もまた希望的な観測でもって、答えた。

 我々には、CSOUを追い詰める力がない。転生者1人ならいざ知らず、複数名が束になれば脅威でしかない。それでも軍を動かせば捕らえることはできよう。しかしそれには、エルドラド州の協力が不可欠だ。

 政府からエルドラド州へ申し出をした場合、別の意味で受け取る可能性がある。

 軍を差し向け、支配権を強取するのでは?と。

 今現在駐屯している軍は、あくまでも対外向けの軍であるから追い出されずに済んでいるが、追加の受け入れはしてくれないだろう。仮に終戦後に申し出をしても、同じくだ。


 もっと言えば、今は戦争中なのだ。

 奴らに貴重な戦力を割いている暇はない。


 ()()()の一角は、あの日以来姿を消してしまい、残る2人は多大な戦力として国境から引き離すことはできない。


 つまり今は、何もできない。

 ささやかな偵察と工作活動で、弱体化を計れないかと模索するのが関の山なのだ。


「転生者なぞ生まれなければ……そう思わない日は来ないものでしょうか」


 ギュッと革鞄のベルトを締めた彼の手は、憎しみで白んでいた。

 内偵では問題なかったのだが、彼もこうなってしまったか。

 果てしない忠誠心を持つ人間にとって、異人憎しとする世間の風は毒となる。

 王家を蛆虫のように殺されて、増長した憎しみが溢れてしまったのだろう。

 その感情は、戦場で役に立とうが、情報を扱う者には向かないのだ。


 また新しい者を迎える用意をしなければ。


 ※※※


 熱くなった頬を冷ますために、私は外の冷たい風に当たっていた。

 ジョン君との触れ合いが、どうにも心の高鳴りを囃し立てるので、少しだけ落ち着こうと思った。


 もちもちした小さな手は、必死に私の指を掴んで離さなかった。


 おっぱいにチュウチュウと吸い付くように。

 私に縋るように。私だけしか頼れないと言いたげに。

 私が必要なんだ、私が欲しいんだ、と。


 私とジョン君だけの世界が見えた。


 私とユウジのようだった。

 死ぬ前の世でそうであったように、断ち切れない糸があった。

 間違いなく。


 今度は守りたい。この手から零れ落ちる悲惨を繰り返さないために。必ず。


 やっと見つけたんだもん。

 何でもするよ。


 物思いに耽っていると、周りの視線が奇異なものであることに気付いた。

 坊主頭というだけなら男と間違えるかもしれないけど、私にはこの大きな胸がある。間違えようがないからか、みんなの目はバケモノを見るみたいに恐ろしいことこの上ない。

 それに加えて白衣姿も目立つ要因なのかもね。この世界で、同じ服を着てる人を見たことないし。


 冷たい風よりも、冷たい視線に鬱陶しくなり家の中に引っ込もうと考えたら、通り沿いの道で土埃が舞った。

 細かな粒子が風に踊り、ふわりと私の顔を舐めていく。


「もー」


 メガネに茶色い粒が付いてしまい、さらに気分を盛り下げる。想像とは違った意味で、上気した体も冷めてきた。


 レンズを拭こうとメガネを片手に、ポケットからハンカチを取り出した。

 するとまたもや風が吹いた。

 今度は先程よりも勢いのある風で、かじかんだ手はハンカチを手放してしまった。


「……なんか、ついてないなー」


 ひらひらと飛ぶ、きかん坊を見ながら呟いた。

 つくづくついてない日というのは、ままある。それが今日なのだと判明したのはいいが、納得はできない。

 だんだんと苛立ちが首をもたげてきたので、心を落ちつけるため家の中へ入ろうと、扉へ向き直ると風の中から声が聞こえた。


「おーい!お嬢さん!」


 まさか、私じゃないでしょう。

 白い目で見られる私に声を掛ける人なんて……。


「そこの!白い服のお嬢さん!」


 ――厄年突入かな?まだ誕生日きてないけど。


 いやいやながら、声の方へ首を回すと、スラリとした壮年の男が手を掲げて走っていた。

 フランス革命の絵画のようにハンカチを高らかに掲げて。

 半裸ではないけどね。


「このハンカチ、あなたのでしょう?風に流されたのを、運良く捕まえることができましてね」


「ありがとうございます」


 軍人さんだ。

 あんまり詳しくないけど、たぶん偉い人だと思う。


 胸のワッペンが沢山あるし、詰め襟の学ランみたいな制服と警察官が被るようなかっちりした帽子を被ってるから。


「いえいえ、お役に立てて光栄です。こちらにお住まいなので?」


「……いえ、友達の家です」


 何で話しかけてくるんだろう。ハンカチ渡して終わりでいいんじゃないの?

 不機嫌そうな表情に気づいたのか、軍人さんは苦笑いで誤魔化した。


「失礼。私は見ての通りの軍人で、ギャンビット・ソーンと申します」


「どうも」


 そう言えば終わるかと思ったけど、ソーンさんは期待している様子で、私から目を離してくれない。

 なんか面倒くさそうなので、さっさと切り上げられるかと思い、私は名前を告げた。


「エヌです。ありがとうございました」


「エヌさんですか。良いお名前だ。これからお茶でもどうですか?」


 にべもなく断れば帰ってくれるかと思ったが、どうにも私はついていない。

 彼はなかなか強情に食い下がった。


 私が言うのも何だが、ナンパの相手を間違えてやしないだろうか。

 それとも、私が転生者だと分かっていて誘っているのだろうか。


 面倒だ。

 私はお忍びで来ているというのに、既に目を引いている。頑なに断ってこれ以上事が大きくなっても困るし。


 渋々ながら、私は誘いに乗ることにした。

もちもちお赤さんのお手々さん。

ちゅうちゅう吸うよママのお乳。

可愛さ余って☆がぐるぐる。

5つも4つも3つも2つも、お1つさえも放さない。

もちもちもちもちお赤さんのお手々さん。


エヌの日記より。

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