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生まれ変わって悪道を邁進する  作者: マルジン
2章 天上天下、蠢動
15/18

14.マークネイト州婦人公社本部公会堂

中学生以下の方は読むことを控えるようお勧めします!犯罪を奨励する、犯罪を美化する、犯罪者を賛美するような表現が多分に含まれますが、これはフィクションであり、決して真似しないように!


不定期連載です。

 この国には珍奇な集団がいくつかある。そしてそれらに関わるのが転生者であるというのは必然であった。彼らが現地人よりも優れた知識を持っているからとか、悪魔の贔屓があるからとか、持つ者と持たざる者との格差から生まれた()()というわけではない。

 そもそもの土壌から齎された帰結という意味の必然である。


 土壌とは、専らこの()が好まないもの3つを指す。転生者、集団、無秩序だ。


 徹底された身分制度はこの国の秩序の礎となっている。現諸侯の祖先たちが選んだ王の子孫は、諸侯と主従を確立しその家を守ると約束する。それは即ち本領を安堵するということであり、この国の封建体制までも確定させた。

 つまり身分制度がこの国の秩序と言っても過言ではない。

 そして無秩序とは絶対的な支配者たちの意に沿わない状態であって、仮に戦争が起きたとしてもそれが無秩序とは限らない。

 身分制度という秩序こそが支配者たちの椅子であり、その下で頭を垂れない無秩序は当然嫌われる。


 転生者は法理の外からやって来た、謂わば無頼の者である。法に異議を唱え自らの常識と経験を持ち出す異端児であり、悪魔に選ばれたバケモノである。

 積み上げられた知識が遍く広がり、常識を形成し、人は疑いなく歴史を刻む。その歴史に異を唱える者がただの人間であれば粛清で済むのだが、バケモノが相手となればそうもいかない。そんな彼らを好むはずもなく、支配できまいかと未だに頭を捻っている。


 そして支配され得ない集団もまた好まない。領民は領主のものであり、土地も金もあらゆる権利も思想も信条も、崇拝する悪魔も、全てが支配者のものである。一切合切を掌中に収める領主は、下民に心がないと心底信用しているかと言えばそうではない。圧政が反乱の種になることを重々承知している。

 その前提にあって、集団の形成には敏感なのだ。

 下民が集まって集団となり、彼らの振りかざした反旗が更に広まりはしないかと、深層では慄いているのだ。

 仮にその集団が社会に有益で、善行を積もうとも、支配者への忠誠がなければ安眠が遠くなる。だから集団を好まない。決して認めない。


 そんな国にも集団がある。

 その一つが田舎街にあるCSOUだ。転生者を集めた犯罪者集団であり、社会にとっては害悪でしかない組織だ。本来なら騎士が淘汰するはずだが、出来なかった。

 ボルボッサファミリアという犯罪組織に警察権という腕力を奪われ、領主としての力が虚飾となり、騎士たちは無力な貴族を守るだけの存在になり果てた。あわよくば、マフィアとCSOUが潰し合いを演じて復権できるのではないかと、エルドラド州の領主は甘い想像を搔き立てもしたが、結果的に犯罪組織が増えただけであり、領主の権威や権力は斜陽であった。


 そしてもう一つ、別の街に別の集団が生まれていた。市民たちからの人気が高く、いつしか津々浦々に名を馳せる集団。

 全土に知られる大規模集団となれば、当然各地の領主が警戒する。こうなると辿る末路は混迷を極めるのだが、結果は大方悲惨である。この国頂点、国と言い換えてもいい存在が出張ることになるからだ。


 ではなぜ、虎の尾を既に踏みつけているこの集団が平穏無事に活動を続けられているのか。


 誰もが一時の静寂を聞いているに過ぎない。

 微かに聞こえる唸りに耳を傾けていないだけである。

 次には雄叫びが轟くというのに。


 ※※※


「金、金、金ええええ!貴族なんだからさあ、金の1兆や10兆ぐらい頂戴よ」

「貴族と石油王の違いから説明した方がいいのかな」


 苦笑いしつつ答えた彼は、金髪をかきあげ小さく嘆息した。


「で?レイプ犯には伝えたの?」

「はあ。エーさんの事であってますか?」

「それ以外に誰がいるのよ。まさかアンタも――」

「金を払うなら会うといってましたよ」


 レイプ犯呼ばわりされそうになって彼は食い気味に返答した。するとショートヘアーの女性は、眉間の皺を深くしてそっと目を閉じた。


「だから、その金がないんだって……」


 さっきまでの威勢はどこかに消えて、ため息交じりに自身のお財布状況を吐露した女性。


「エーさんも暇じゃないでしょうから。礼が必要だと思いますよ?」

「礼かあ」

「何も金にこだわる必要はないでしょう。形あるものでなくとも、エーさんに利益があれば礼となるのでは?」

「例えば何よ。アイツが欲しいものなんて分かんないわよ」


 同じ日に転生したから、マモン様に世話になっているから、日本人だから、前世では社会に馴染めない者同士だったから、いろいろな理由から仲良くしているが、何を目的に活動しているのか深く知っている訳ではない。

 転生者を集めた犯罪者組織のボスをやっていて、前世からレイプ犯で……。知っているのはその程度で、欲しい物もやりたいことも、ほんの表層だけしか知らない。


 フラフラと千鳥足で波止場の縁を歩く危うさがあり、笑いながら暗闇に唾を吐く豪胆さがあり、転生者達に優しさと残忍さを魅せる男、それがエー。

 端的に言えば、一般的な常識のスケールでは測れない異常者なのだ。思考できない獣じみた者、という意味の異常者ではなく、視界に収められないほど広く深い海でも見ているかのような器だという意味の異常者である。


 幸いにも互いに協力できる仲ではあるが、距離は縮めないよう敢えて慇懃に接している。

 同じ犯罪者同士であり、この世界でしっかりと根を張る彼に尊敬の念はあるが、決して懐に飛び込んだりしない。

 直感がそうすべきだと諭すからだ。

 それを知ってか知らでかエーの方は親し気に距離を詰めてくるのだが。


 さて、そんな彼の求める礼はなんだろうか。

 金さえ払えば会うという言葉も嘘ではないと思うが、額面通りに受け取るべきではないのだろう。

 彼の会社はそれなりに繁盛していると聞くし、さまざまな副業もあって金には困っていないはずだ。

 だとしたら……絵画とか、陶器とか、美術品の類だろうか。それとも絶世の美女、一流の料理、絶景や誰かの秘密か、演劇かオーケストラか、地位か権力か。

 どれも彼に似つかわしくない。それを喜ぶ顔が想像できない。

 そもそも利益を求めているのだろうか。もしかしたら単純に、礼をもって接すればいつでも会うという意味かもしれない。自分から会いに来るなら話を聞くが、呼びつけるなら相応の礼儀をという事?


 一番しっくりくる気がする。

 でも僕のところにはよく来てくれるんだよな。彼女と何が違うんだろうか。


「たぶん、アリアさんが直接出向けばタダで話を聞いてくれるかもしれないですね」

「タダ?」

「礼というのは礼儀かと。茶菓子の1つでも持って、お邪魔してみればどうです?」

「タダかあ。でもなあ、戦争中でしょ?危ないんじゃない?」

「今のところ善戦しているので安全ですよ」

「それ本当かなー?昔の日本みたいに嘘ついてるんじゃないの?」

「それは無いですよ。僕の配下から得た情報です」

「そっかー。じゃあ行ってみようかなあ」


 コンコン――――。


 一つしかない扉に視線を向けた。

 いつもの癖で咄嗟に開きかけた口を慌てて結ぶ。

 僕はこの館の主ではないからだ。


「急ぎなんでしょうね」


 アリアさんのぶっきらぼうな言葉に臆せず入ってきたのは、背の低い男だった。手にしている複数枚の書類と彼女の顔を見比べて、難しそうな顔をしている。


「これをご覧ください」


「ごめんねデリック」

「お気になさらず」


 主というのは忙しいものだ。婦人公社という団体は、女性の地位向上を目的とした団体だったが、今では奴隷や一般市民の地位向上にまで範囲を広げて活動する大きな集団となった。そのトップにいる彼女のことだから、僕と会うこの時間も貴重に違いない。


 紅茶を啜り甘味を頂こうかと手を伸ばしたが、彼女の驚いた声で引っ込めた。


「どうしました?」

「――――ヤバいかも」


 彼女は大袈裟に騒ぎ立てるきらいがある。先ほどまで金が無いと慌てていたが、来年の予算が僅かに足りないというだけで婦人公社が潰れてしまうような金額ではない。少し工面すれば賄える額なのに大慌てするのは、彼女の理想が高く、完璧を求めるからだ。それ自体悪い事ではないが、妥協を覚えられないトップを持つと部下たちが気の毒になる。

 アリアの側にいる男に同情しつつ、手渡された資料に目を通してみた。


「奴隷を保護したが逃走。追いかけた傭兵たちは何者かに殺され……これは、どういうことですか?」

「……」


 ――しまった。

 資料に目を通した僕が、まず最初に得た感想だ。


 奴隷保護、そして再保護しようと傭兵たちを捜索に当てた。それだけでも問題なのだがその先は更にまずい。彼女は自身の置かれた状況を察してか口ごもっている。


「ストレーヴァに逃がそうとしたのですか?」

「私達の手に負えない子たちは、ストレーヴァに逃がす手はずになっていたの」

「手に負えないとは」

「権力よ」


 この国で奴隷を買えるのは金持ちの貴族か、商家の大金持ちか、その関係者か。どの奴隷を保護しようと、権力とぶつかるのは必至だ。それを知って闘争に慣れている傭兵を雇ったのだろう。


「全員を逃がしている訳ではないでしょう?他国に逃がす程の権力とは何ですか」

「魔教団勢力よ」

「……奴隷売買には反対していたはずです」

「一枚岩ではないのよ。転生者を手に入れる為に何人の奴隷が殺されているか」

「どういう事です?」


 転生者の転生メカニズムは分かっていない。僕だって分からないのだから、一般人が既に知っているとは思えない。でも魔教団にはその知識の一端があるらしい。こんなにも疑わしくてきな臭い情報がかつてあっただろうか。


「悪魔召喚と同時に起きる事が多いの。滅多にないけど、魔物を召喚する時に起きることもあるそうよ。そのタイミングを狙って、大量の奴隷を殺して転生者となるのを待つのよ」

「成功するんですか?」

「何人も逃がしてきたけど、私が知っているのは1人この子だけよ」

「それにしてもストレーヴァですか。本気で王国とやり合いたいのですか?」

「敵国じゃないだけマシでしょ?」

「よく言いますよ。ブルッファーヴァが奴隷に親切ならば、そちらに逃していたでしょう」

「……まあ、そうね」


 我がマルカーヴァ王国は、ブルッファーヴァ王国との戦争状態にある。戦火が降る街は、オーランド市があるエルドラド州で、今なお攻防が続いている。

 そして本戦争に対する中立を宣言した、この大陸で最も栄える国。それがストレーヴァ王国だ。


「この国は鎖国をしているんです。抜け荷は重罪、ましてや越境なんて、どうなるか……」

「分かってるわよ。でも」

「――でも魔教団と戦うと分が悪い。だから逃走幇助をしていると」

「助けてデリック」

「はあ」


 傭兵たちは全滅で死体は騎士団に回収されている。アリアさんの口ぶりから婦人公社はこれまでにも魔教団から奴隷を盗んでいたのだろう。であれば、死体となった傭兵から辿らなくても犯人の目星は着くはずだ。

 奴隷の消息が不明というのは、かなり厄介だ。火種がほっつき歩いているに他ならない。

 仮にストレーヴァに逃げていれば、婦人公社は越境斡旋の罪となるだろう。国内で死んでいれば、転生者確保に苦労したであろう魔教団の怒りの火に油を注ぐことになる。

 もし仮に、国内で逃げ延びて生きているとしたら……。


「探さないですよね」

「そんな、それじゃあ彼女の身が」

「奴隷に戻るだけです。魔教団に問い詰められても知らないと事実を述べて、真正面からの対立を避けるべきです。妥協しなくては」

「ムリよっ!」


 ティーカップが飛び跳ねるほど、強い意志がテーブルを揺らした。

 想像に難くない返答だ。だからこそ巻き込まないでほしい。これは厄介すぎる。魔教団はこの戦争に必要な勢力だから、王国は邪険に出来ない。つまり魔教団が婦人公社を相手にするとき王国が出てくるのは必至なのだ。

 婦人公社に勝ち目はない。


「彼女は助けを求めたのよ。その言葉を無視したら、私たちの存在意義が無くなってしまう」

「僕に出来る事はありません」

「でも、この前のクーデターはあなたの案だったんでしょ?」

「すぐに権力をもぎ取れる程、この国は清廉ではありませんよ」

「お願い、助けて」


 固く握った手が、残った紅茶に波紋を刻む。不甲斐なさに怒っているのか、僕みたいな若造に頭を下げて恥じ入っているのか、それとも消息不明の女の安否に震えるほど心を痛めているのか。

 この人の性格だから、どんな感情なのかぐらい分かる。優しい人で、強い人で、慕われている人だ。書類を持ってきた男も、泣きそうな顔で頭を下げるぐらいだから、善人が集まった良い団体なんだと思う。


 でも無理なんだよな。

 僕はまだ伏せていなきゃいけないんだ。眠気眼であくびをする虎のように、機が熟すまで穏やかでいなければならない。

 婦人公社を潰せとうるさかった他領からのクレームを、借りと金で押しとどめたんだ。助力したなんて噂が立てばますます立場がなくなってしまう。

 目的の為にも()目立つわけにはいかないんだ。


 でも、これを断って彼女との関係に亀裂を入れるのも憚られる。市民の好感度が高いだけに、僕の望む地位と相性がいい。将来を据えると手放すのは非常に惜しい。


 ――助けを求めるか。


「お金は僕が工面しますから、エーさんに相談しましょうか。もしかしたらマモン様の力を借りられるかもしれないですよ」

「いいの?」

「ええ。僕が力になれないのは心苦しいですが、これで許してください」

「許すなんて……ありがとう」

「安心するのは早いですよ。さあ行きましょう」

「えっ!?もう行くの?」

「お互いに時間の合う日がいつ来るか分からないでしょう」

「そ、そうね。デリックの行動力は、凄いわね」

「アリアさんほどじゃないですよ」


転移(テレポート)

「ちょっ、合図ぐらいしてよ『転移(テレポート)』」


 ※※※


「ティィィィ!うるっせぇええ!」

「ティー……朝からは止めて、お願いだから」

「――――頭がおかしくなりそうなのですよ。ご勘弁いただきたい」

「ボク、眠れないよ。ああ俺もだ。日が昇らないウチからってのは止めてくれ」


 朝、というか深夜。日が昇らない4時頃にCSOUのある居室から絶叫が轟いていた。

 その間隙にニヒヒと笑う声があれば、またもや悲鳴が。少しばかり音が小さくなったかと、全員が瞼の中で安堵したと思えば、声にならない甲高い音が耳朶を劈いた。


 ジェットコースターに乗りながら眠れと言われているようなもので、中途半端な起床を余儀なくされた社員たちは、口々に文句を募っている。


「す、すいませんッス。我慢できなくて……」

「朝はダメだ、絶対にダメだ。マジでダメだ。分かったな」

「う、うっす。9時以降ッスね」

「そうそう9時だ。もうやんなよ。寝るからな?フリじゃねえからな?次やったらぶっ飛ばすからな?」

「ッス。我慢するッス」


「9時も勘弁してほしいんだけど……」


 エムのぼやきに応じる者はいなかった。ゾンビのように自室へと戻っていく社員たちに、答えるだけの力が残っていなかったのだ。

 眠くて、耳がキンキンして、未だに絶叫がこびりついて。早く布団を被って、自分の呼吸音だけを聞いていたいと思わせる程に弱っていた。


 そんな時に限って、来客があるのもCSOUらしさである。


 ビーーーーーーーーーーーーーーーー。

 ビーーーーーーーーーーーーーーーー。

 ビッビッビーーーーーーーーーーーー。


 ティーが受け付けになったので、来客用のブザーを新設した。()()のせいで来客が分からないと困るだろう。そんな親切心でエーが取り付けたのだが、社員たちから舌打ちが聞こえるぐらいにはタイミングが悪かった。


 エーは歯を食いしばり、鼻にシワを寄せていた。気まぐれな自分の優しさが、こんな形で返ってきたからだ。殺意を形相に滲ませたところで、ティーが小走りで階下へと降りていった。


 趣味は万人受けしないが、受け付け業務はキチンとこなす優秀な職員。

 その仕事ぶりにエーの溜飲も多少は下がったようで、殺意の温度も沸騰まで達することはなかった。


 だがしかし、残念なことに客のご指名はエーだというから、彼の表情は泣き笑いになっていた。



「よお!久しぶりだな!デリック、アリア!」


「お、おはようございます」

「――――は、早すぎたかなあ、あはは」


「ハハハハハハハハハハハハ。気にすんな!座れっ!」


 不機嫌だろうことは、声量でハッキリしていた。酔っ払いのようにボリュームがおかしいのだが、指摘はできない。顔は笑っているが、震える唇と、握りっぱなしの拳がどうにも恐ろしいから。


 ソファーに腰掛けると、エーはタバコをふかして、張り付いた仮面を脱ぎ捨てた。


「でっ?こんな朝っぱらに来るんだ。よっぽどなんだろ」

「あ、はい。えーと……」


 エーの殺人的な視線を受けたデリックは、視線を外して口ごもった。


 何から説明すればいいのか。そして何を依頼すればいいのか。相談したほうがいいとは思ったものの、目的をハッキリさせる前に来てしまったことを後悔していた。だからといって、一旦まとめてきますなんて言えば、朝日を拝むことなく消されるだろう。だから言葉の組み立てに脳細胞をフル稼働させた。


 婦人公社を守るには、魔教団との対立を避ける必要がある。魔教団と対立すれば王国が必ず前面に出てくるからだ。二つの勢力を相手にできる力は僕にもアリアさんにも、エーさんでさえもない。

 だが、王国単体ならば僕だけで躱せる自信がある。

 国王が崩御し、新国王が即位したばかりで中央政治は安定していない。そして今は戦時。僕もいち領主として派兵しているから強く言ってくることはないだろう。


 とどのつまり、魔教団さえどうにかすれば婦人公社は守られる。


 そうなればやる事は単純だ。今回の一件をなかったことにすれば、魔教団と対立することはなくなる。博愛を謳うだけあって奴隷には徹底的に反対していたはずだが、どうやら内実は違うらしいと信者に知られるのはマズいだろう。だから婦人公社が奴隷を盗んだとしても騒げなかったのだ。

 目的のものを手に入れるまでは、歯茎から血を流して黙り込むしかなかったのだ。

 そして遂に、購入した奴隷を殺して転生者を確保することに成功したが、成果物が盗まれた。何がなんでも取り返し、教団の悪事を秘匿するために潰さねばならない、と考えるだろう。もしも成果物が殺されたとあれば、外聞や教団の将来など度外視で動き出すかもしれない。


 奴隷さえ返還できれば、金で片を付けられるのに。まあ何人かの首は必要かもしれないが、安い物だろう。

 実際は、行方が分からない上に生死すら不明。

 魔教団が婦人公社に手を出さないようにするためには、どうしたらいいんだ。


 難解なパズルを、不機嫌なエーを前に解き切ることはできず、ポツリポツリと話し始める。これ以上待たせると、灰皿が飛んできそうだったからだ。


「それだけか?」

「え?それだけ?」

「ああ、それだけかって」


 婦人公社に肩入れする理由がないからなのか、あまりにも軽い返事に戸惑ってしまう。助けるに及ばないから自分で処理しろという意味か、それとも……。ああ、礼儀か。


「早朝に来たことは謝ります。婦人公社の危機だったもので、いても立ってもいられずに。お金は僕が工面しますので、ご助力願えませんか」

「ん?んああ、金は貰う。で、それだけなのか?どこが危機なんだよ」

「――――王国と魔教団に狙われるんですよ?充分危機だと思いますが」

「奴隷の記憶を世界から消せば、そもそもこの一件自体なかったことになるだろ」

「出来るんですか?」

「出来るから聞いてんだよ。それだけかって」


「それだけ、です」


 記憶を消す……。

 そんな能力があったのか。

 この人の会社には転生者しかいないと聞いていたが、一体どんな人間がいるのだろうか。世界の歴史すら変える能力を、一会社が独占しているというのに、どうしてこうも平然としているのだろう。

 やはり器が違いすぎる。この人はどこを見ているんだろうか。


「ったく。ソイツの名前ぐらいは分かるんだろうな」

「アリアさん」

「うん、分かる。コレ」


 突き出された書類の指差された名前を見ると、エーは首を傾げた。


「あんどうさえ…………奴隷だよな」

「うんそうだけど、知ってるの?」

「まあ、な。能力はわかるか?」

「分からないわよ。アンタみたいに誰かの能力を見れるわけじゃないんだし」

「5,000万だ」

「ご、5,000万!?ちょっと高すぎじゃないの?」

「適正すぎるだろ。人一人の痕跡の抹消だぞ?」

「デリック……」


「ええ、払いましょう」

「んじゃあ、成立だな。能力持ちがここにいねえから、やるのは明日だ。問題ないな?」

「構いません」


 短くなったタバコを灰皿に押し付けると、重そうな瞼を無理矢理持ち上げて、何かを考えるように視線を彷徨わせた。


「つーか、なんで逃げたんだよ。お前ら虐待でもしてたんか?」

「してないわよ!この報告書にある以上のことは私にも……」



 教団から救い出したが、逃走された。転生したばかりで、右も左も分からずに混乱して飛び出したのかと思っていたけど、そうではないのか?


「誰がどんな経緯で教団から盗んだんですか?」

「盗んだって……助けたのよ。それも私が直接ね」


 教団が奴隷を買い入れているというリークがあり、調査を開始。リーク元が、奴隷反対の魔教団内部の勢力だったため、彼らの協力で裏取りは簡単に行えたそうだ。

 魔教団は宗教組織としての顔を持つ一方で、王国への戦争協力者という、軍事面での活躍も多い。そのせいか警備が厳重なので、婦人公社が入る隙は無かったそうだ。


「唯一のチャンスが、悪魔召喚の時だったの。悪魔召喚は、万全を期して王城で行われるから、教団関係者がごっそり居なくなるのよ」


 古の魔法『阻滅の囲い(アルカトラズ)』に守られるのは、王城を中心としたこの国の重要拠点である。その囲いの中を王都と呼び、その外は王都外縁と呼ばれ、歴史の浅い魔教団は外縁に本拠を持つ。

 王の許可無くば、囲いはあらゆるものの進入を阻み、あらゆるものの退去を阻む。瑕疵のない絶対的な壁である。だからこそ、悪魔を王城で召喚し、万が一御しきれない場合でも、国土に災禍を広げないようにしたらしい。


「数名の警備を倒して魔教団本拠地に乗り込んだけど、全員が殺されていたの。苦しまないように気を使っていたみたいだけど……」


 広いホールには、丁寧に死体が並べられ、それぞれの腹の上には頭が乗せられていたらしい。もし生き返ったときに、自力で首を繋げられるようにと配慮か。

 首が離れても生き返るなんて、魔教団は転生についてかなり深く知っているみたいだ。


「その中で生き返ったのが彼女だったの。ひとまず教団から退散して、足がつかないように拠点を変えながら、ストレーヴァへと逃がす算段をつけたんだけど……」

「逃げられたと」

「そうなの。とても大人しかったし、聞き分けのいい子だったから正直理解できないのよ」

「ふーむ、魔教団が奴隷を買ったのは転生者を確保する為……数打ちゃ当たるで今回当たったってわけか。転生者嫌いの癖に何がしたいんだ?」

「隷属させたいんだろうって、奴隷反対派の魔教団関係者が言ってたわよ」

「――ふーん。で逃げたのはいつのことだ」

「いつって具体的には…………」

「保護して何日で逃げた」

「うーん、1週間ぐらいかなー」


 根掘り葉掘り聞くなあ。逃げた転生者に心当たりがあるみたいだったし、一体どんな繋がりがあるんだろうか。

 狙っていた転生者、とか?だとしたら「貰っていいか?」とか聞きそうだなあ。


「お前ら、マモンからどの程度聞いてる?」

「贔屓されてるアンタより少ないのは確かよ」


 ――マモン様か。

 そこから逃げた転生者の情報を得たのか。でも、どの程度とはどういう意味だ。アリアさんの言う通り、こちらに齎される情報は少ない。


 記憶の消去で完結すると言った割にはやけに考え込むじゃないか。この案件は触れないほうが良かったか?

 なんて今さらだよな。だったら少しでも情報を取らないと、巻き込まれた上に、僕だけが損をするのは御免だ。


「僕たちが気にすべきことはありますか?」

「ん?ああ。そうだな」


 少し考え込むと、意味ありげな目配せをした。恐らく値踏みをしているのだろう。

 そもそも、エーさんがこの件に関わる必要はない。依頼を受けてくれると言ったのは、記憶を消すだけの簡単なお仕事だと考えたからで、面倒事の臭いがする今、手のひらを返す可能性すらある。


 逡巡する気持ちは分かるが、僕だって無策で巻き込まれたくはない。


「貸しにしましょう。どうですか?」

「貸し?」

「貴族の力が欲しい時もあるでしょう。その時は手を貸します。だから教えていただけませんか?」

「フッ。出し渋った甲斐があるな。お前はどうすんだ?デリックだけ借金てのもの筋が通らんだろ」

「え、えぇぇぇ。私も貸しでいい?」

「いいけど、返さなかったらシバくからな」

「ちゃんと返すわ。女に二言なし!」


 さて、と言いながら2本目のタバコに火をつけ、滔々と語りだした。後悔が立つ瀬もなく、その場から逃げ出したくなるような推論を。

お手数をお掛けしますが、評価をお願いいたします。m(_ _)m


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