璃珠が眠っている間②
ブックマークをして下さった皆様☆
ありがとうございます!
璃珠の目が薄らと開く。
見覚えのない家具や天井が視界に入る。
起き上がろうとして、力が入らず、ポスリと枕に頭が落ちた。
「おや、お目覚めになりましたか?」
聞き慣れぬ女性の声が聞こえる。
寝台の上から垂れ下がっていた薄い布を押し分けて
割腹は良いが身なりの整った女性が近づいてくる。
「お熱はどうでしょうね」
そう言って璃珠のおでこに手の平を当てる。
「・・少しはマシになりましたが、まだまだ熱いですね」
「・・ここは・・?」
口を開いた璃珠からガサガサの声がでる。
「ああ、お水をお持ちしましょう」
そう言って女性が一旦薄い布の向こうに行く。
薄暗い部屋の扉が開いて、隣室の明るい光が漏れる。
「ああ、蒼劉様」
女性が誰かと話している。
「起きたのか」
「はい、ですがまだ熱は高うございます。」
「そうか・・」
そう言って2人が近づいて来た。
「お水ですよ」
女性からグラスを渡される。
綺麗な柄が入った 宝石のようなグラスだ。
背に手を添えられ起こしてもらい、水を口に含む。
冷たい温度が通り、喉の引き攣りが少し和らいだ気がした。
男性に目を向ける。
「・・貴人様」
「私の目の前で倒れたのだぞ。覚えているか?」
「頭がくらくらして目が回ったのは覚えています」
「あのまま倒れていたらいくら浅い川とは言え溺れていたぞ、具合いが悪い時は我慢をするのではない」
「ご飯が食べられなかったぐらいで、倒れるとは思いませんでした」
「自分の身体の調子に向き合うのも大切な事だぞ」
「はい、ご迷惑を、おかけしてしまいました」
「まあ、気にせずとも良い。もう少し寝ていろ」
「でも、戻らなくては、姉さまに怒られてしまいます」
「怒られる事はない。そうだな・・失せ物も見つかったようだぞ」
「本当ですか!?それは良かったです!!
姉さまも安堵したことでしょう!・・・ぅあ・・」
クラりと後ろに倒れ込み再び枕に頭が落ちた。
手に持っていたグラスは倒れる前に蒼劉が手からするりと抜き取った。
「興奮するな、まだまだ本調子ではない」
「申し訳・・ございません」
「気に病む事はない、よく休め」
「・・はい」
男の手がおでこに当てられ、少し顔を顰められる。
「まだだいぶ熱いな・・・」
ペタリ、ペタリと頬、首と手を当てられる。
少し冷たくて気持ちがいい。
「蒼劉様、それ以上は元気になられてからになさいませ」
「其方は何を言っている?」じとり・・・
彼、蒼劉様と女性は気安い間柄のようだ。
「・・・貴人様」
「蒼劉だ」
「蒼劉様、ありがとうございました。」
「ああ、治るまでゆっくり休め」
「はい」
布団を首までかけてもらい、髪を撫でられた。
璃珠は安心して、眠りにつくことが出来た。
その夜、東宮の奥の殿に灯りがともった事により
後宮全体はたいへんな騒ぎになった。
妃宮預かりになっている 身分の高い令嬢達も
「どなた、どなた、どなたですのーー?!!」
と、妃宮が連なるエリアの中庭に躍り出る。
同じように動いた両隣、向い、斜向かいの妃宮の令嬢達も飛び出して来る。
総勢6名が「「「全員、居る!?」」」
それぞれで信じられないように顔を見合わす。
「では、いったいどなたが・・・・?」
妃候補の側仕えや妃宮の侍女として働いている それほど身分が高くない貴族令嬢達も
「どなたが奥の間に入られたのかしら?!」
やはり、妃宮を囲む庭園の一角で一同に会していた。
「とりあえず、私達(側近、侍女)は全員居ますね」
「では、妃候補のお嬢様のどなたかが?」
「まぁ、それが順当ですわね」
そこに、自分達が仕えている令嬢達が訪れる。
「お嬢様方!」
「全員いる?」
「私達は全員います」
「妃候補も全員揃っているわ」
「ええ?では・・・どなたが・・・・・・っは?」
ザッと皆は女官棟を見る。
「「「まさか女官が?!」」」
「そう言えば、昨日殿下がお渡りになった時
女官棟の仕事ぶりも見たいと仰っていたと・・」
一同がサーっと青ざめる。
(私達を差し置いて・・・・・!!!?)
一方、女官棟でも
「有り得ないと思うけれど万が一と言う事もあるわ。点呼をとるわよ!」
女官棟は文字通り女官達が暮らす5階建ての寮のようなものだ。
「1階、全員の在室を確認!」
「同じく2階も」
「同じく!(3〜5階)」
「・・・ふう、全員いるわね」
「それはそうでしょう、やはりお妃候補様から・・・」
「まあ、そうなるわよね」
「な〜んだ・・・」
そこにパタパタと1人の女官がやって来る。
「妃宮から、女官に欠員がないかの確認の通達が来ました!」
「ええ?!」
「全員いるわよね」
「何故そんな事を気にするの・・・・・・?」
「まさか・・・妃宮の方や周辺の方々でもないの?」
ざわざわ・・・ざわ・・ざわ
そこに1人の女官見習が爆弾を落とす。
「姉さま・・」
「まあ、紗、どうしたの?もう地下の大部屋は消灯でしょ?」
眠そうに目を擦りながらも、
紗は今にも泣き出しそうに顔をしかめている。
「姉さま、璃珠が帰って来ないの・・・」
「えっ・・・・」
「「「 !!! 」」」
え、えぇええええーーーー!
姉さま達が静かに取り乱す。
「紗・・・なんですって?」
「ですから、昼に外に出たきり、夕飯にも、寝る時間になっても璃珠が戻らないの・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・(ボソッ)唯一の不在」
「・・・・まさか」
女官の誰かが呟いた。
「まさかね〜!ねぇ?あははは!ねぇ?」
「あははは!そんな馬鹿な〜」
皆が顔を見合って笑いだす。
場に大きな笑いが渦のように広がる・・・・
・・・・が、それは長くは続かない。
璃珠の見目が麗し過ぎて
いつか王太子殿下のお目に止まるのではないかと、
憎々しく思っている一部の人がいるのを、皆知っている。
── 後宮内で不在なのは璃珠だけ・・・
その事実が皆の心を重くする。
「・・・どうしたの?皆で集まって・・」
そこに女官長が顔を出した。
「女官長!えっと・・・・」
1人が焦ったように振り返る。
こんな時間に集まって騒いでいたら叱られかねない。
「璃珠が戻って来ないと、そこの見習から相談を受けていたのです」
璃珠の教育係の結風が取り繕った説明をする。
女官長は驚きもせずに返答する。
「璃珠の所在は分かっています。
戻らない事の心配も勿論お咎めも必要ありません」
ざわり!
「え?それはどういう?」
「あなた達が気にする必要はありません」
「で・・ですが、妃宮から不在の女官がいないか問い合わせが入っています」
苦し紛れに1人の女官が言う。
「・・・璃珠の不在を公にすることは禁じます」
ざわ・・・ざわ・・!!
「妃宮からの要請に逆らうのですか?」
「これは王太子殿下のご意志です。
東の後宮では誰も覆せません」
「・・・・・・・」
女官棟のホールは水を打ったように静かになる。
皆の顔が青ざめていた。
「女官長さま、璃珠は無事なのですか?」
何も知らない紗が心配そうに尋ねる。
「ええ、とても手厚くお世話されていますよ」
女官達「「「!!!」」」
「そうなのですか、安心しました」
「さあ、紗はもう寝なさい」
「は〜い」
トテトテと地階に戻って行く。
残ったのは青ざめた女官達だけだ。
「女官長、璃珠は・・・」
「過ぎた好奇心は身を滅ぼしますよ。
生きてここを出たいなら、口をつぐみなさい」
「・・・・・・・・」
「それから結風!」
「・・・!はいっ!」
「璃珠に無体を強いていたようだけど、
これからはそのような事がないように。
あなたは教育担当からも外します」
「!!・・私は、そのような事は!!」
「これも太子殿下からご指摘があった事です。
・・・次はありませんよ」
「・・!・・・はい」
結風の顔は青を通り越して土気色になった。
「皆も部屋に戻りなさい。明日からも通常業務ですよ」
「はい、女官長」
こうして璃珠が寝てる間に
この騒がしい夜は過ぎて行ったのだった。
蒼劉の後宮にいる令嬢達は、ただの預かりなので妻ではありません。
それに比べて女官は後宮に正式に属しているので、妻ではないけれど、王太子のモノです。