夜伽(←夜中の語らい)
璃珠が今日の夜伽を希望したのは、蒼劉と2人で話をしたかったからだ。
別に旺耀の事を信用していない訳ではない、居ない方が蒼劉からも率直な話が聞けると思っただけで・・
昼餉を終えてそのまま食堂に留まり見習全員で手習いをしている時に女官長の使いが来た。
「紗、女官長に呼ばれたから行って来るわね」
「うん、璃珠、行ってらっしゃい」
笑顔の可愛い紗に見送られて女官長室に向かう。
「璃珠、今宵の伽に貴方が指名されました」
予定通り、蒼劉さまからのお召しだ。
「かしこまりました」
私は動じた様子も見せずに頷いた。
部屋には瑠矮、美玲、湖鈴が既に待機していた。
「さあ、支度をしましょう」
瑠矮姉さまと美玲姉さまはちゃきちゃきしていて頼もしい。
湖鈴姉さまはホンワカしていて癒される。
まずは湯浴みから、3人がかりで洗われる。
過去から世話をされる事に慣れきっている璃珠は
何も考えずに自然体で身を委ねる事が出来る。
「前は緊張していたけれど、今日は落ち着いているのね」
美玲姉さまが感心したように言う。
しまった落ち着き過ぎたかしら・・?
「王太子殿下に良くして貰ったのでしょう」
湖鈴が微笑ましそうに言う。
うん、いつもとても良くして貰ってる・・・
「今日の衣装は、花凜様から璃珠へとご準備いただいた物です」
浴室から出ると女官長が衣装を持って待っていた。
え、花凜ったらいつの間に・・・?
「まぁ、筆頭候補の花凜様が?何故・・」
3姉さまは困惑したように顔を見合わせている。
「私はお仕事で花凜さまの宮に伺う機会を賜わっていて、あの、とても可愛いがっていただいていて」
私がそう伝えると、3姉さまも安堵したようだ。
「璃珠ったら、何処に行っても愛されるのね」
湖鈴姉さまがほんわかと言った。
「この子の人徳のなせる技ね」
美玲姉さまは感心と呆れが綯い交ぜのようだった。
「さあ、出来たわよ」
瑠矮姉さまが璃珠の衣を整えて声をかけてくれる。
「姉さま方、ありがとうございます」
女官見習が王太子からの寵愛を得るなんて複雑だろうにこの人達はとても親切だ。
「この衣、本当に璃珠に似合っているわ」
「璃珠が着飾るなら正にこれって感じにピッタリだわ」
「何だか花凜様の執念のような物を感じるわ・・・」
皆が口々に褒めてくれる。(最後は微妙だけど)
「東宮に向かいます」
輿に乗せられるのは、夜伽に向かう者を隠す為だろう。
後宮は女の園、嫉妬も少なからずあるものね。
女官長は私が川で倒れた事で王太子からお叱りを受けたのかもしれない。
もしや殊更に気を使ってくれていたのかも・・・
東宮に到着してにこやかな侍従に出迎えられた。
彼の先導で王太子の部屋に向かう。
部屋に入ると蒼劉が笑顔で迎えてくれた。
部屋には旺耀と櫛奈も控えている。
「璃珠、待っていたぞ」
「蒼劉さま、本日もお召しいただきありがとうございます」
私の要望で本日のお召しが叶ったのだから、きちんとお礼を言う。
「いや、こちらも璃珠と眠れるのは有難い。よく来てくれた」
まっすぐと純粋培養された優しい人なのだ。
「蒼劉さま、お役に立てるようなら嬉しいです」
この優しい人の為にならば、協力は惜しみません。
蒼劉が少年っぽさが残る笑顔を返してくれた。
旺耀や櫛奈が控える部屋では夕餉を共に取りながら無難な話をした。
それから奥の間に移動して、すっかり寝る準備が整った状況で声をかけた。
「蒼劉さま、お話したい事があります」
「なんだ?」
蒼劉さまが、私を寝台に抱き上げてくれながら返事をする。
「記憶が戻りました」
蒼劉さまが息を飲む。
「・・・いつだ?」
「襲撃者に閉じ込められた時です。それで、まずは蒼劉さまだけにお話しようと思いました」
「そうか・・・・」
蒼劉さまが少し神妙な面持ちで目を閉じた。
「お話しする前に、蒼劉さまは私の事、どこまで把握されてらっしゃいますか?」
寝台の上で向かい合う蒼劉さまのお顔を見上げる。
「・・・そうだな、推測の域は出ないのだが」
逡巡した後に私の目を真剣に見ながら話し始めた。
「其方が彩伽の王女で、しかもかなり重要な役割を持つ者なのではないかと考えている」
璃珠は感心した。
ある程度調査はされているだろうとは思っていたが
かなり把握されていたらしい。
「凄いですね、外側からの調査で把握出来るほとんどの情報を手に入れてらっしゃいますね」
「旺耀が細かい事に気付いたり、変な知識を持っていたりするからな・・・」
蒼劉さまが少し苦笑する。
「本当に優秀な方なのですね」
そしてそんな側近を持てるのも蒼劉の実力だ。
「・・ご推察の通りです。私の父は彩伽の国王をしていました」
静かに聞いている蒼劉さまの顔に驚きはない。
「うん」
私は彼の手を取って更に続ける。
「私の異能には気付いてらっしゃいましたか?」
「最初の夜伽の後に疑いを持って、今朝になって確信に近い物は得たかな。璃珠と共に眠ると身体の怪我が消えたり、頭痛が治ったりしている」
璃珠に握られた手をじっと見ながら蒼劉は続ける。
「彩伽で異能を持つ事の意味も、耳に挟んだ」
「そうですね、とても面倒で厄介で煩わしい決まりがありました」
「そこまで言わなくても・・・」
立場的には同じ彼が苦笑する。
だって本当に面倒だったんですもの。
「私の異能は自分の意思に関わらず、常にじわじわと漏れ出ているんです。蒼劉さまは私に触れて心地良いと感じるのでしょう?おそらくこの力と相性がいいです」
「そんなのあるのか?」
蒼劉さまの目が興味深げに私を見る。
「はい、極端に相性が悪い人は触れようとしたら弾きます。バチッと。兄さまの側近で1人いましたね」
私は思い出してくすくすと笑ってしまった。
その人は普段から私を見ると嫌味を言う事に全力を注いでいるような人だった。
一度だけ手首を掴まれそうになった事があるが、まるで火花が散ったような音がして彼の手が弾かれるのを目にした。
一瞬驚いて、怒るのと泣きそうなのが綯い交ぜになった表情で見られたのを覚えている。
繋いでいる蒼劉さまの手が少し強ばったような気がする。
え、怖がられたらやだな。
「ごく稀にいる極端に相性が悪い人の話ですよ」
私は手を離されまいとしてギュッと握る。
「蒼劉さまは、とても相性がいいのだと思います。昨夜、実は異能の力が暴走してしまっていたんですが、蒼劉さまに助けていただきました」
「暴走・・そうなのか?私は何もしてないように思うがな」
「いいえ、とても感謝しているのです」
私はそう言いながら蒼劉さまの胸に身を寄せる。
彼も慣れた手つきで背に腕を回してくれる。
「・・・国に帰るのか?」
「いいえ、戻るつもりはありません」
「でも、其方は王に・・」
「王位には兄さまが就きました。私が戻っても邪魔なだけです」
「詳しい内情は知らないが、国が混乱しているようだな?」
「そうですね。でも兄さまがきっと何とかしてくれます。まだ26歳とお若いですし治世も長く続くでしょう」
「其方の気持ちは?帰りたいとは思わないのか?」
蒼劉さまの手が私の髪をそっと撫でる。
今更だけど、これ話しをするって距離じゃないな。
受け入れて私の好きにさせてくれる蒼劉さまは本当に優しい。
「祖国の事は大切に思っていますよ。そこに居る人達の事もみんな大好きです」
「其方の守るべき民だものな・・」
「はい・・・。そうだ、私、婚約者も居たんですよ。数ヶ月後には婚姻するはずでした」
「えっ・・・・」
頭を撫でる手が止まる。驚いているみたい。
「・・・幼なじみだったんです。私が記憶を無くした後も傍にいてくれました。」
「では、その者と会いたいだろう?」
私は静かに首を振る。
「もう会う事は叶いません。私がここに来る時、死にました」
蒼劉が息を飲む。
「私を育ててくれた乳母も、ずっと着いていてくれた護衛もその時死にました」
私の背中に回る蒼劉さまの手にキュッと力が入る。
「ですから、私はもう彩伽には居場所はないのです」
あの国に帰った自分の未来が全く想像できない。
彩伽で生きるはずだった未来の私は
あの時、皆と共に死んだのだろう。
蒼劉さまが包み込むように抱きしめてくれる。
「其方は、ここならばこの先も過ごして行けそうか?」
「はい、私はこの後宮で生きて行きます」
蒼劉さまの胸に顔を半分埋めて答える。
「わかった」
私は目を閉じて、この温もりを堪能した。
話しは終わったので眠ろうと横になる。
蒼劉さまの腕の中のいつもの場所に落ち着く。
「このまま璃珠を女官見習にしておくのは良くないな」
「私をここで王女として扱うと言うことですか?」
腕の中から蒼劉さまを見上げる。
「それが本来の姿だろう?」
「それはそうですが・・・」
女官だと小回りが効いて自由なんだよな・・・
「彩伽に知られるのは良くないか?」
「いいえ、多分もう私がここにいる事は兄さまも把握していると思います」
「それならば、正式に其方をここに置く手筈をあちらの国と取らせて貰えるな・・・」
「わかりました。1通の手紙を送るだけで約3ヶ月かかるような遠い国ですから、ちゃんと話が纏まるのは、まだまだ先になりそうですね」
「気長に過ごして待てば良いさ」
蒼劉さまが頭をポンポンしてくれる。
「話が纏まる頃には、蒼劉さまも本物の夜伽をしてくれるのでしょうか・・・」
「えっ?」
蒼劉さまの身体がビシリと固まる。
「り・・・璃珠?」
「蒼劉さまは、私に魅力を感じてくれないのでしょうか」
「璃珠、其方・・・君、5歳だよね?」
「そう言えば、今は5歳の身体でした・・・」
そう言いながら目の前の蒼劉さまの胸に顔を埋める。
「『今は』って、君、本当は何歳なの?」
あ、蒼劉さまの体温に包まれて眠たくなって来た。
「私は元婚約者の事は幼なじみ以外の感情は無かったのですが、彼の方は恋情を包み隠さず、色々と積極的で・・・」
「え・・?」
蒼劉さまの声が少し低くなる。
私の瞼が重く下がってくる。
「おやすみな・・さい、蒼劉さま」
「え、君、ここで寝る?待って」
ぐぅすやすや・・・
胸元でスースーと寝息を立て始めた璃珠を見て
蒼劉は軽くため息を吐く。
やはりこの娘は彩伽の王女だった。
失った記憶も戻り、何だか前より砕けて話すようになった。
それなのに、また謎が1つ・・・
彩伽でのこの娘はどのように過ごしていたのだろう。
気になって眠れなくなる所なんだろうけれど
この温もりの前では、眠気の誘いに抗えない。
蒼劉は胸元の璃珠を抱き直して
ゆっくりと眠りについた。
相変わらずめちゃくちゃ寝付きのいい璃珠と
悶々とするかと思いきや璃珠の癒しに今日もイチコロの蒼劉なのでした。
お読みいただきありがとうございます。




