妃候補筆頭令嬢の正体
「やはり、手引きをした者がいるようです」
旺耀の言葉に蒼劉は頷きを返す。
「だろうな、警戒を強めていた所をああも易々と侵入をゆるすとはな」
奥の間から、からかう旺耀を連れ出す事に成功した蒼劉は、着替えを済ませただけで執務室に入り、そのまま今日の仕事に入ったていた。
「やはり、狙いは璃珠でしょうね」
「それ以外に考えようがないな」
資料をばさりと執務机に置きながら蒼劉はため息をつく。
「異能については、どうでしたか?」
「ほぼ間違いない。身体中の痣も昨日の救出時に負ったかすり傷も綺麗に無くなっている」
蒼劉が出した右手を旺耀がまじまじと見る。
「凄いですね・・・」
感心した様子で呟く旺耀に頷きを返す。
「璃珠の扱いをどうするなか・・・」
「うーん、彩伽の王女で次期国王、でも我が国では誰もそれを知らない・・・となると」
「彩伽から問い合わせが来るのも時間の問題かもしれないがな」
「さっさと妃にしましょう!」
「だから、お前な・・・」
じとりと蒼劉が睨む。旺耀はすっと目を逸らす。
「平民なら文句を言う輩もいたでしょうが、これなら問題ないではありませんか」
「大ありだろ!身分が高すぎる」
蒼劉の言葉に旺耀の目がすっと細まる。
「そうは言ってもかの国は半年前に新王が立ったばかりですよ、璃珠という者がおりながら。必要ならば傀儡政治になろうとも彼女を王にしたはずです」
「政情が著しく混乱しているのは、間違いないだろうな」
「そんな所に彼女を帰してもいいのですか?蒼劉様」
「・・・・・・・」
痛いところを突かれたように押し黙る。
あの子を故郷に帰した所でみすみす殺されるだけ。
その可能性は否めない。
彼女に意志を確認しようにも、記憶のない状態で判断が出来るのか。
「だからこそ、妃に」
「ちょっと黙ろうか、旺耀」
・・・答えの出ないまま、時間は経って行く。
「一先ず、後宮内に居る今回の襲撃を招いた者の調査を進めてくれ」
「それは、もちろん」
ニコリと笑う旺耀の目が怪しく光った。
璃珠は奥の殿から後宮に帰ってきた。
昨日の襲撃事件はもう女官棟の皆が知っていて
無事に戻った私に瑠矮、美玲、湖鈴の3姉さまは殊更喜んでくれた。
今日は休息日だけれど、私は今、妃宮に向かっている。
出かけようと部屋を出たら、いつも付き添ってくれる姉さまが待っていた。
「姉さま、妃宮に行きます」
璃珠が話しかけるとコクリと頷いた。
服の下からチラリと見える腕には包帯が巻かれている。
昨日の戦いで負傷したのね。
「姉さま、怪我をしたの?」
そう聞いても、姉さまは首を横に振る。
・・・この姉さまは、私に付けられた護衛なのだわ。
通常、護衛は護衛対象と会話をしない。
周囲への警戒に集中しないといけないからだ。
だから今まで殆ど会話をしてくれなかったのね。
女官に扮しているならそこまでの必要はなかったとは思うけれど、真面目な人ねぇ・・・
妃宮の最奥、花凜が入る宮を訪ねる。
出迎えた侍女の欄玉、彼女は玉葉の妹だ。
まだツキリと痛む胸をきちんと受け止めて、彼女に笑いかける。
花凜の部屋の前で姉さまは待機部屋へ向かう。
欄玉に戸を開けて貰い、入室した。
「お帰りなさいませ、璃珠様」
目の前には跪く花凜がいた。
花凜は彩伽の王宮での、側近の1人だった。
愛が重いタイプの従者で度々勢いに押されていたものだけど
「まさか、あなたがこの国の令嬢になりすましていたとはね」
「我が主の為ならばどんな事もやってのけますわ!」
私が呆れ気味に言うと、花凜からは得意げに返って来た。
「どうやったのよ、高位貴族の令嬢なんて地位」
私は不思議に思って聞いてみた。
曰く、王太子の妃として最も有力と言われていた高位貴族の娘が、後宮入りを目前にして侍従の男と駆け落ちをしてしまったらしい。
もともと娘を溺愛していた父親は、無理強いをしたくないと追手を放つ事はなかった。
けれども王族に対して義理は果たさないといけない。
そんな困り切った高位貴族に身代わりの話を持ち出したら、あっさり交渉成立、この度の入宮を果たせたという。
「偽お父様の支援付きで、快適な潜入が実現しましたわ」
「ちゃっかりしているわね」
「おかげで貴方様への支援も存分に出来るのですわ!」
まぁ、この後宮に力強い味方がいるのは確かね。
「於菟」
ポツリと名前を呼ぶと音もなく目の前に現れる。
於莵には隠密として陰ながら自分に付き従うように命じてある。
だから呼べば直ぐ来る、便利な子。
「昨夜はその隠密から璃珠様に記憶をお返ししたと伺いましたの」
花凜がちらりと於菟に視線を向ける。
「そう於菟、ありがとう」
「うん、君がまた狙われるようなら花凜の助力は要ると思ったんだ」
昨日の襲撃についての話題が出ると花凜の顔が厳しいものに変わった。
「彩伽のどの一派でしょうね、昨日の刺客は・・」
「まだ分からない。全員ここの王城の牢屋に捕えられていて、今の所、尋問には口を閉ざしている」
於菟は昨夜様子を見てきたようだ。
「殺さないで拐ったのだから、私を邪魔だと思っている一派ではないのでしょう」
あっけらかんと私が言うと花凜と於菟が顔をしかめる。
「璃珠様が欲しい気持ちは痛いほど分かりますけれど、何処に居るかは璃珠様ご自身で選ばれる事ですわ!」
「連れてたって、この人言いなりになんてならないのにな」
「そうですわ、わたくしだっていつもつれなくされているのに、身の程知らずのお馬鹿さんですわ!」
「多分持て余して酷い目に会うだけだぞ」
2人が口々と好き勝手に捲し立てる。
言いようはちと気になるが・・・
「私の事はともかく、ここの人達を巻き込むのは良くないので警戒はしておくわ。その為に記憶も返して貰ったのだし」
それは切実な私の願いだ。
胸の前で祈るように指を組む。
後宮に悪意を持った侵入者が近付くと、抗えない眠気が襲いますように・・・!
パァァァァ
突如、璃珠から異能の力が溢れる。
あ、上手く行ったわ・・・。
「あ、願いが叶いましたわね」
「何を・・・願ったんだ?」
私の異能を知っている2人が反応する。
於菟は少し警戒気味だ、何故?
「悪い人が後宮に外から近付くと眠たくなりますようにって」
「まぁ、最強の守りですわ!少し気が抜けますけど・・」
「・・とりあえず後宮の外で呑気に寝てる奴がいたら事情を説明して帰って貰う。凄く面倒だけど・・」
「お願いね、於菟」
面倒と言いながらも仕事はちゃんとするデキる子だからね。
期待してるわ!
花凜には一先ず今まで通り過ごすように伝え
妃宮に寝泊まりするように言うのを、何とか いなして部屋を出た。
花凜と一緒に眠るのは身の危険を感じるからね。
待機部屋にいる姉さまを迎えに行く。
「姉さま、腕を見せて」
「・・・・・・」
初めは動かなかった姉さまも、じっと見つめていると観念した。
おずおずと出された腕に、そっと手を触れさせる。
姉さまの傷が癒えますように・・・
璃珠の異能が静かに流れる。
「私の為に戦ってくれて、ありがとうございます」
「・・・いや、みすみす拐わせてしまった」
姉さまが珍しく口を開く、少し落ち込んでいるようだ。
「2人とも無事だったのですから、もう良いのですよ」
そう言って、傷が癒えただろう手をそっと握った。
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