痛みと願い
璃珠はこれからの事を考えあぐねていた。
記憶が戻ったばかりだからか頭が上手く働かないのだ。
蒼劉には何処かで話す必要があるとは思うけれど
どのように話せば良いのか言葉が浮かばなかった。
過去を思い返し大切な記憶に意識が向きかけて、
見たくない光景が浮かび意識を逸らす。
それの繰り返しだった。
一先ず記憶が戻った事は隠して振る舞うしかないわね。
案じてくれている人達には申し訳ないけれど・・・
共に夕餉を取った後、奥の間に向かう。
「おいで」
そう呼ばれると今までとは違い何だか気恥しくて顔が熱を持つ。
寝台の上に抱き上げられ、そのまま膝に乗せられた。
「璃珠、少し顔が赤いな」
心配そうにそう言っておでこを合わせて来る。
お顔が近い・・・
璃珠の心臓が1つ跳ねたような気がした。
「熱はないな・・」
「はい、蒼劉さま、大丈夫です」
そう言うと安堵の顔で頭を撫でてくれる。
蒼劉さまに撫でられるの、好きだな・・
温かい手を心地よく思いながら蒼劉に話しかけた。
「蒼劉さま、今日は本当にありがとうございました。戦いでお疲れですよね」
膝の上から見上げると優しい笑みを返してくれる。
「大した事は無い。其方を助けられたのだから安堵の方が勝っている」
心から案じてくれていたのが分かる。
出会ってそれほど長くもないのに、この人には助けられてばかりだ・・・・
「私が共に眠る事でお慰めになるのなら嬉しいです」
「うん、璃珠が温かくて本当に良く眠れるんだ。ありがとう」
私が触れて癒しを感じているのなら、
この異能の力と相性がいいのかもしれない。
この力は何もしていなくても常にジワジワ漏れ出るだけだったけれど
この人の役に立つのなら悪くない。
共に布団に入り眠りは直ぐに訪れた。
── 姫様!お逃げ下さい ──
自分にそう叫んだ者が背中から切られて倒れ伏す。
── 玉葉!玉葉ーー! ──
── 姫様、側を離れないで下さい! ──
そう言った者の手から剣が落ちる。
── 履慎!履慎! ──
倒れた者の名を必死に呼ぶ。
── ダメだ!璃珠、逃げるんだ! ──
駆け寄ろうとした自分を止める幼なじみの声。
不意に掴んでいた手から力が抜けると、彼が倒れた。
その光景に反応するより早く身体を拘束される。
── 離して!永秀!永秀ーー!! ──
「・・・・璃珠、璃珠」
優しく身体を揺らされて目を覚ます。
まだ夜中だ。窓から月明かりが差し込んでいる。
「・・・蒼劉さま」
自分でも驚くほど弱々しい声が出た。
上半身を起こした蒼劉から見下ろされている。
私もムクリと身を起こした。
「怖い夢を見たのか?うなされていた・・」
そう問われて目を閉じる。一筋涙が落ちた。
「最初に拐われた時の夢を見ました」
蒼劉の顔が痛ましげに顰められる。
「そうか・・・」
手が伸ばされ、涙を拭われる。
「皆、私を守ろうと、逃がそうとして殺されました」
「うん」
蒼劉がギュウッと抱きしめてくれる。
生まれた時から世話をしてくれていた玉葉は
あまり会えない母の代わりにたくさん愛してくれた。
ずっと護衛に付いていてくれた履慎、甘い物が好きでよく こっそりおやつを一緒に食べた。
・・・同じ思いは返せなかったけれど、愛してると言ってくれた幼なじみの永秀・・・。
今まで忘れていた・・・。
彼らの死を悼んであげられなかった・・・!!
「皆が死んだのは私のせいです」
蒼劉の胸に顔を沈め唸るように呟く。
「それは違う。悪いのは其方を拐かした奴らだ」
蒼劉が慰めの言葉を言ってくれる。
でも・・・・彼らはもう戻らない。
これからどう償えばいいのだろう。
彼らの献身に何が返せるだろう・・・・!
身を切るような痛みが走る。
「う・・ううう・・・」
堪えきれずに呻き声が出て涙が滲む。
蒼劉の腕に力が入り更に強く抱きしめられた。
ずっと忘れていた悲しみが一気に押しよせてきた。
その痛みをこの身体では受け止め切る事ができない。
ああ、異能の力が溢れる・・・
感情の激しい乱れから身の内で力の奔流が巻き起こる。
なんとか抑え込まなければ・・・
そう思っても、痛みに混乱しきっている今の自分では制御が効かない。
激しく揺さぶられるような目眩を覚えギュッと目を閉じる。支えを求め目の前の蒼劉にしがみつく。
もう過去には戻れない。
愛しかったあの日々は二度と取り戻せないのだ。
固く閉じた目から次々と涙が溢れ蒼劉の衣を濡らした。
しばらくして私の中の奔流は収まりをみせた。
悲しみは悲しみとして消えはしないけれど
少し前とは打って変わって心は凪いでいる。
あんなに暴れていた異能の力は何処に行ったのだろう?
璃珠のような異能者には力の動きが見える。
そして、ぼんやりと、何が起こったのか理解した。
蒼劉さまの願いが、私の力を消化したんだ・・・
私から溢れた力が蒼劉さまの身体に入り
『悲しみを癒したい』という願いで癒しの力に変換されている。
それを受け止めた私の身体から、身を切るような痛みが消えていた。
璃珠の身体から強張りが抜けた。
この人は、なんとお優しい人なのだろう。
璃珠は、蒼劉の真っ直ぐな優しさに感動を覚える。
思いの強さが、私の異能を動かした。
普通ならこんな事は不可能だ。
「蒼劉さま・・・。ありがとうございます」
璃珠は心からこの言葉を言う事ができた。
「・・・・もう落ち着いたか?」
「はい」
離れがたくて蒼劉の胸に顔を寄せたまま答える。
抱きしめる腕の力が少し緩まって片手が髪を撫でる。
「このような夜に1人にしなくて良かった」
そう言えば今日夜伽を求めていたのは蒼劉の方だった。
「蒼劉さま、私がお慰めしないといけないのに、逆にご迷惑をかけてしまいました」
「そんな事はない。この場が其方にとっても癒しになるのならば、とても喜ばしい」
「蒼劉さま・・・」
蒼劉の胸に顔を擦り寄せる。
蒼劉からも抱擁を返してくれる。
品の良い香のかおりに包まれて
璃珠は再びゆっくりと眠りに引き込まれて行った。
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