妃候補筆頭令嬢からの呼び出し
夜伽を終え奥の殿から後宮に戻り数日が過ぎた。
璃珠は姉さまと共に貴族館でお仕事の毎日だ。
それは、令嬢達が休憩に訪れる前の時間帯、
談話室でおやつの毒味をしている時だった。
「璃珠という女官はいるかしら?」
そう言いながら1人の令嬢が部屋に入って来た。
璃珠は慌ててソファから立ち上がる。
余談だが、毒味であっても物を食べる時は座りなさいと姉さまから指示されてからと言うもの、座り心地のいいソファに座っておやつを食べるのが、璃珠の真面目な仕事の1つになっている。
「はい、わたくしです」
「あら、女官と言っても見習なのね。
妃候補の花凛様のお部屋におやつをお持ちしてくれるかしら」
令嬢からの指示に片眉を上げたのは姉さまだった。
「花凛様がなぜ璃珠に名指しで命じる?」
そう聞かれて令嬢が不快そうに眉をひそめる。
「存じませんわ。わたくしはご指示に従ったまで。
それよりもお前の口の聞き方はなに?無礼ではなくて?」
口の聞き方を咎められた姉さまは、それには答えず顎に手を当てて何か思案しているようだ。
「ちょっと聞いてるの?!」
「・・・・・」尚も無視
ギャーギャー × 無視 がしばらく続く。
「と・・・とにかく伝えましたからね、璃珠。花凛様に失礼のないように」
姉さまの事は諦めた令嬢が疲れた顔をこちらに向ける。
「かしこまりました」
少し気の毒な気がして、姉さまの分まで頭をさげた。
姉さまに先導され妃宮を訪れる。
ここには妃が暮らす為の6つの宮がある。
今はこの国の高位貴族の令嬢が妃候補として仮入宮している。
今回、璃珠を使いに呼んだ花凜は、この中で最も高位の家柄で筆頭候補と言われていた。
姉さまが少しピリピリしているのを感じながら
妃宮の1番奥の宮に向かう。
美しい庭園に挟まれた通路を進み、門前でベルを揺らした。
しばらくして宮の扉の中から少し年嵩の侍女が顔を出す。
璃珠を見て、初めは驚いているようだった。
璃珠はその様子に首を傾げながら用向きを伝える。
「花凜さまからおやつをお持ちするように仰せつかり、罷り越しました」
そう聞いて状況を理解したのか侍女がゆっくりと頷く。
「どうぞ、お入りになって」
ドアを大きく開けて入室を促した。
建物の中はたいへん豪華な調度品が置かれ華やかな装飾がされていた。
廊下を進み突き当たりの部屋の前で侍女が中に声をかけた。
「お嬢様、お探しのおやつをお持ちしました」
「付き添いの入室は許しません。1人で入って貰って」
中から鈴を転がすような声が聞こえる。
「なっ!」
言われた内容に姉さまが反応した。
「璃珠を1人にする訳にはいかない!」
「煩いのがいるわね、欄玉、付き添いは待機部屋に案内して」
「かしこまりました」
侍女 蘭玉が姉さまに別の部屋を案内しようとする。
「いいえ、私はここにいます」
姉さまは動こうとしない。
侍女は困ったように苦笑した。
「姉さま、私が頼りなくてご心配なのは分かりますが、
失敗しないようにきちんとおやつ運びをやり遂げてみせます」
見かねた璃珠が声をかける。
先程の様子(無視事件)からして、貴族相手でも姉さまは引きそうにない。
「璃珠・・・・」
「ね、お願いします。姉さま」
「・・・分かりました」
姉さまが目を閉じて渋々引き下がる。
「入っていらして」
外のやり取りを聞いた花凜さまが入室を促した。
侍女がドアを開けてくれる。
璃珠は1人で部屋に入って行った。
「あなたが璃珠ね・・・・・・」
「はい、おやつをお持ちしました」
部屋の中には美しい女性がいた。
長い黒髪に白い肌、豪華な髪飾りに華やかな彩りの衣に身を包んだ、見るからに身分の高そうな人だった。
「・・・・・・・・・」
無言でじぃっと見つめられる。
それはもう穴があくかと言うほど見つめられる。
「え・・・?えっと・・・・?」
璃珠が視線に耐えきれずたじろぎながら顔を伏せる。
すると花凜が座っていた長椅子から立ち上がり
ツカツカツカと凄い勢いでこちらに歩み寄って来た。
驚いて顔を上げた璃珠の前に跪いて璃珠の両肩を掴む。
間近に迫った顔を仰け反りながら見ると
みるみると彼女の目に涙が盛り上がってきた。
「こ・・こんなにお小さい身体で・・・おいたわしい」
そう言って璃珠の肩に顔を伏せ、おいおいと泣き出した。
「え、ええ?花凜さま?」
驚きながら名を呼ぶと、ばっと顔を上げて
「王太子殿下にご無体な事はされていませんか?」
と、心配そうに問うてくる。
「はい、とてもお優しくしていただいています」
「そうなのね、女官見習をお召になったと伺って心配になってしまったのよ」
「私は大丈夫です。花凜さま、ありがとうございます」
璃珠が頬をバラ色に染めて微笑むと
「あう・・・!」
と、眩しい物でも見たように顔を背けた。
顔が赤らんでいる。
「???」
花凜の様子に混乱しながらも、お優しい人なのはわかった。
「ねえ貴方、ここの専属女官になりませんこと?」
「え、専属・・・?」
「そうですよ、女官棟のようにジメジメした所に薄い布団であなたが寝ているなんて、良くないと思うの」
「ええと、私は不自由を感じておりません」
「貴方は懐が広いお人だからそう思うかもしれませんけれど、あんな魑魅魍魎の住処に無防備に寝てらっしゃるなんて危険だわ」
「う・・うーん、そうでしょうか」
「そうよ。ああ、そうだわ!では昼間は女官の仕事をして貰って、夜はここで、わたくしの寝台で一緒に眠るのはどうかしら・・・・?!」
「それは、ありがたいお話ですが、ご遠慮させていただきたいです」
ぐいぐい来られて困惑しながらも璃珠はキッパリと辞退した。
「・・・そうですの。貴方がそう仰るなら・・・」
花凜は残念そうにシュンとしたが、直ぐに立ち直り
3日に1回は必ずおやつを持って来る約束を
気がついたら取り付けられていた。
これも女官の大事な仕事だと言われれば璃珠に断りようはなかった。
「璃珠、仕事以外でもいつでもここに来ていいのよ」
部屋を辞そうと、戻り支度をしていると名残惜しそうに声がかかる。
「花凜さま、ありがとうございます」
「さま など付けずに花凜と呼んでください」
「いや、それはさすがに・・・・」
「困った時は絶対にわたくしを頼るのですよ」
「力強いお言葉をいただき、これからも安心して過ごせます」
そう言って、花凜に見送られながら部屋を出た。
珍しく璃珠はどっと疲れた・・・。
おやつを届けるだけだったのに、半刻も滞在してしまった。
お待たせしている姉さまにも申し訳ない。
花凜の侍女に案内してもらい姉さまと合流し
女官棟への帰路についた。
帰ってくるとぐったりだった。
紗が心配そうに声をかけてくれるのに笑顔を返す。
花凜さまは不思議なお人だったな・・
璃珠はその日の夜、死んだように眠った。
花凜「ああ、璃珠様、なんてお可愛いらしいの」
侍女「そうでございますねぇ」
花凜「次の夜伽の準備はお手伝いしたいわ」
侍女「そうですね。衣の準備をしますか」
花凜「それが良いわ!既製品はダメよ!特注で!」
侍女「では、採寸の手配から」
花凜「それではダメよ。内緒にして驚かすんだから」
侍女「では、サイズは」
花凜「次に来た時にわたくしが撫で回して確かめるわ!」
侍女「・・・お嬢様は普段は良い娘ですのに・・・」
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