姉さまの捜し物
初連載です。頑張って続けて行きたいです。
拙いですが優しく読んでいただけると幸せです。
パシャパシャ・・
水底を手探りで掻き回す。
ううむ、見つからないです。
もう少し川下の方に流れてしまったかもしれません。
あちらの方にも行ってみますか・・・
パシャパシャ・・・
大人の男なら飛び越えられる程度の浅い川で
幼子が探し物をしている。
服を細い太ももまでたくし上げ川中に下半身を浸し
腕まくりした短い手で一心不乱に川底を探っているのは
今年5歳になった璃珠だ。
頼まれて川に来て失せ物を探っているが
そろそろ半刻が過ぎようとしていた。
パシャパシャ・・・
「・・・そこで何をしている?」
声をかけられ璃珠は驚いて顔を上げる。
川から見える大きな木の下に座った男の人が奇妙なものを見る目でこちらを見ていた。
薄茶色の髪と目に美しく整った顔、仕立ての良い高級な服に身を包んでいる、身分が高そうだ。
璃珠は慌ててその場で身体を起こし立礼をとる。
「姉さまが髪飾りを失くしたと言うので探しておりました」
「お前の姉?」
「あ、先輩の・・姉さまです。私にお仕事を教えてくれています」
「そなたはここで働いてるのか?女官見習か」
「はい、三月前にここに連れて来られました」
「そうか」
どうやら探すのに夢中になって随分と遠くに来てしまったようだ。
気がつくと自分が働き生活している一帯を出てしまっていた。
「こんな所まで来ているのが見つかると咎められるぞ」
「あう、申し訳ありません。すぐに戻ります」
「そうした方がいい」
璃珠は男がいるのと反対側の川岸に上がる。
川向うに行ってはいけないと、特に厳しく言われているからだ。
男に向かって再度礼をとり、元いた仕事場に戻る事にした。
「璃珠!何をやっていたんだい?!びしょ濡れじゃないか」
「女官長さま。姉さまが髪飾りを失くしたというので川を探しておりました」
「結風か・・・まったく。それで見つかったのかい?」
「いいえ、見つける事はできませんでした」
「今日は王太子殿下の御生誕日だから、ここでも甘味が振舞われたのだけど・・・」
「うう、機会を逃してしまったようです」
璃珠の頭が下がり、目に見えてシュンと落ち込んでいる。
「・・・こっちへおいで私の分を分けてあげるよ」
「ああ、女官長さま。ありがとうございます」
璃珠は少しの甘味にありつけて幸せになった。
女官部屋に戻ると髪飾りを見つけられなかった事で姉さまには怒られてしまったけれど・・・・
翌日
パシャパシャ
午前の仕事を終えて、再度髪飾りを探しに川に入った。
「また、其方か・・・」
向こう岸から声をかけられる。
驚いて顔をあげると昨日と同じ男性が同じ場所に座っていた。
「もしや、また私は外れに来てしまいましたか?」
「そのようだな」
男は呆れたような顔をしている。
「昨夜は姉さまに怒られてしまって、今日は見つかるまで戻らなくていいと言われています」
「それは・・その女官は本当に失せ物をしたのか?」
「え?どういう事でしょう?」
「其方、虐められているのではないか?」
「え?これが虐めになるのですか?」
「平気そうだな・・・」
「はい、髪飾りを失くして困っている姉さまのお役に立てるのは嬉しいです」
「いくら探しても見つからないと思うぞ」
「え、やはり、遠くまで流れて行ってしまったのでしょうか」
「うーん・・そうだな」
男は微妙な顔をして頷いた。
「貴人さまはそこで何をしてらっしゃるのですか?」
「うるさい者どもから逃れて、一時の休憩だ」
「それは、お休みのところを、おじゃまをいたしました」
「かまわぬ。・・其方は幼いのによく躾られているな」
「お褒めいただけて、嬉しいです」
それだけ話して、男は木陰に寝そべってしまった。
璃珠も探し物を再開した。
パシャパシャパシャ
水を探る小さな音と風が揺らす葉の音だけがその場に鳴り続けた。
夕方、髪飾りを見つけられず女官部屋に帰ると、怒られた。
寝床となっている大部屋の隅に布団を引いて寝そべる。
明日こそ、きっと見つけるぞ!姉さまには申し訳なかったな・・・ぐぅすやすや
翌朝起きると、ザワザワと周囲がたいへん騒がしい。
「何かあったのですか?」
隣のお布団の紗に聞いてみる。
「さあ、なんだろ?」
2人で首を傾げていると。
大部屋に姉さまが駆け込んで来た。
「皆!早く起きなさい!いつまで寝ているのです!」
ヒステリックに叫んでいる。
部屋の皆が何事?と首を傾げながらも起きて支度をしだす。
「今日はこの後、急遽、王太子殿下がこの宮にお渡りになります。お目汚しになるのでお前たちは皆、午前は書庫の掃除です。」
王太子殿下は、要するに皇帝陛下のご子息で次期皇帝だ。
先日、17歳におなりになったばかり。
女官達は色めき立っていた。
大部屋は11歳までの女官見習が暮らす部屋だ。
今回のお渡りでは全員、出番がないようだ。
埃っぽい書庫で古い書棚や窓を拭き清めて行く。
「王太子殿下はどんな方なのでしょうね」
紗がウキウキと口を開く。
「きっと、見目麗しくお優しい方でしょうね」
璃珠が答える。
「何故、そう思うの?璃珠もお会いした事ないでしょう?」
「だって、姉さま達があんなに喜んでいらしたのだもの。そうに違いないわ」
「そうなのかな、怒らせて殺された人がいるって聞いた事があるわよ」
「きっと、それは酷い誤解よ。ただの噂ですって」
「そうかなぁ・・・」
午後になって、昼餉の時間になる。
その頃には書庫の掃除も終えて皆で食堂に向かう。
そこには思い思いに着飾った姉さま達が頬を赤く染めながらうっとりとご飯を食べていた。
「ほらね、紗、姉さま達、お幸せそう。
きっとお優しくしていただいたんだわ」
「本当ね璃珠、なんだか、嬉しそうだわ」
つつき合い楽しそうにしている姉さま達をしりめに昼餉を
いただいた。
「あら?璃珠、もういいの?」
「うん、なんだかもう食べられない」
璃珠の目の前の宅には半分に減ったスープとひと口かじったパンが残っていた。
「具合でも悪いの?」
「いいえ、そんなことないよ」
「そう?無理はしないでね」
3つ歳上の紗は優しい。
「ありがとう。紗」
璃珠はにっこりと微笑んだ。
午後からは、姉さまに言われて探し物の続きだ。
紗達、大部屋の皆は、今日は午後からお休みの予定だったが、璃珠だけには許されなかった。
「璃珠、大丈夫?」
「紗、しょうがないよ。
私がお言いつけを守れてないから」
「結風姉さまが川で落とした髪飾りを探すんだっけ?
大変なお役目を言いつけになるのだから」
「きっと、大切な物なのよ」
「璃珠が良いのなら良いのだけど・・あんまり酷かったら
女官長さまに相談するんだよ」
「はい、ありがとうございます。」
心配そうな紗に見送られ部屋を出た。
パシャパシャ
川底を探りながら進む。
今日こそは見つけるぞ、と強い気持ちで璃珠は挑んでいる。
夢中になって探していると
「今日も来たな・・・」
またもや向こう岸から声をかけられて驚く。
「はわっ・・・夢中になってまた来てしまいました。」
「まだ探しているのか」
「はい、姉さまもまだ諦めておりません」
「なかなか執念深いな・・・」
「きっと大切な物なのでしょう」
あれ?
話をしているうちに何だか頭がくらくらとして来た。
おかしいと思いながら片手でこめかみに手を当てる。
ふらりと璃珠の身体が傾ぐ。
「おい、どうした?」
男の少し焦った声が聞こえる。
「なんだか、目が回ります」
「ダメだ、そこで倒れるな」
「はわぁ〜」
「くっ・・・」バシャバシャ
男が川に入って璃珠を支える。
「何だこの熱い身体は・・・」
「・・・・・」
璃珠は目が回って言葉が出ない。
ザバっと川から抱き上げて、向こう岸に歩いて行く。
「ん・・・いけません。
私は・・そちら側に・・渡っては・・・いけないと言われて・・・」
「いいから、黙りなさい」
「・・はい・・・」
黙って目を閉じるといよいよ身体が重くなって行く。
「兎に角、濡れた衣服をなんとかしないとな・・・」
そう言いながら、璃珠を抱き上げたまま歩いて行く。
しばらく揺られていたが、
璃珠はそのままフッと意識を失った。
ほのぼの・・とは