異形の王子の仮婚約者は臆病者
私の名前はクリス・アルノア。子爵令嬢です。
私は昔から臆病者でした。強面の方や、動物、お化け、虫、怖いものが沢山あります。酷い時には気絶までしてしまうのです。
こんなのだから、友達もほとんど居ません。貴族令嬢としてありえないですよね、ほんと。嫌になります。
でも、こんな私の婚約者が異形の王子になりそうなんです。まともに会話できるかどうかも怪しそうです。
異形の王子、それは王族の末端でありながら人外じみた醜い容姿から名づけられたそうです。私は、社交界にほとんど出ないので見たことがありませんが。
肌は黒、私達の肌は白いのに。目は赤、血みたいな色。顔の造形も人とは全然違うらしいです。王族にそんな人はいないのに。髪は金髪で、肌は白い、昔から、皆そうなのだと決まっているのです。だから、王子は異形に取り憑かれたのだと噂されています。
ああ、想像するだけで恐ろしい。
私と異形の王子がまともな関係を築くなんて考えられません。
でも、しょうがない事情があるそうです。年頃の令嬢はみんな婚約していて、していない子もすぐに断わってくるそうです。残った同年代の令嬢はとうとうわたしだけのようです。
私も断るつもりですが、礼儀として1度会う必要があるそうです。嫌です。最悪です。
そんなことを思っていたら、もうお見合いは明日です。せめて、王族の前で気絶するのだけは避けたいです。
◆ ◆ ◆
嫌になるくらい清々しい朝でした。こんな気持ちの良い日に似つかわしくない顔を今、私はしていると思います。さながら戦場に行く戦士でしょう。
嫌な汗が流れています。心臓が脈打つ音が聞こえます。ちょっと、頭も痛いかもしれません。どんな恐ろしい顔なのでしょうか。想像したくもありません。今すぐ家に帰りたいです。
怖い、怖い、怖い、怖いものから逃げ出したい。だっていつもそうしてきたんですから。
「……初めまして、リオル・カーケルです」
背後から声が聞こえてきました。優しそうな声です。でも、極度の緊張状態であった私にはあまりにも突然過ぎました。
咄嗟に振り向き顔を見ます。お面を被っていました。笑顔が不気味な木彫りのお面です。噂の顔を見ることがなく、少し安心しましたが、緊張と安堵で、心が激しく揺さぶられ、気絶してしまいました。
私はバカです、はい。ぐすん。
そんな私に手紙が届きました。異形の王子こと、リオル殿下です。
手紙からは見た目は分からないので平気でした。顔は恐ろしいと言われているけれど、心優しい方なのか、私を責めるような文はありませんでした。むしろ、労りの言葉と謝罪の言葉がありました。
私は申し訳なくなってしまいました。罪悪感がひどいです。
悪いのは私なのに、どうしてリオル殿下が謝るのでしょうか。
私は以前、少し顔が厳つい方と目を合わせ、恐怖で泣き出してしまったことがあります。後日、謝罪を求められました。正当な権利過ぎます。
あの方のように私に怒るのが当然なのです。
私はリオル殿下に謝罪しなければいけない立場です。でも、婚約をお断りするという無礼をしようとしている人間です。
私がこの婚約をお断りしてしまったらリオル殿下はどうなるのでしょうか。やっぱり、異形の王子が結婚できるはずなんてないと笑われてしまうのでしょうか。罪悪感から、最初は考えていなかった可能性を想像してしまいます。
もしも、私がリオル殿下と婚約したらどうなるのでしょうか。私の怖がりは社交界でも有名です。すぐに泣いて、すぐに気絶する、臆病者だと。
こんなのだから、家は分家の子が継ぐことになっています。私は嫁ぐ立場です。嫁ぎ先も見つかりませんが。
そんな私でもリオル殿下のお役に立てるかもしれません。だって、臆病者の私がリオル殿下と仲が良いと周りに思わせることが出来たら、リオル殿下を怖がる人はとんでもない臆病者だと証明することになります。
でも、これはとても難しいことです。仲が良いことにするのなら、リオル殿下を見て気絶してはいけません。私は臆病者ですが、恩知らずにまでなったら人としてもっとダメになってしまいます。
これは私が、我慢し、努力すれば良いことです。……頑張らなきゃ、です。
これらの考えは手紙にし、リオル殿下にお伝えしました。本人に言わずに好き勝手する訳にはいけません。
すると返答がありました。早いです。
手紙には、好きなようにして構わない、自分のことは気にせず、途中で止めても良いと書かれていました。
私のような見た目でどうしても判断してしまう人間でなければ、婚約しただろうと思える、人ができた方です。
私とリオル殿下の関係は婚約者未満として見られます。いわゆる、お試し期間です。仮婚約者と言えるかもしれません。私とリオル殿下の仲が良いという噂を流した後、婚約をしなくとも、おかしなことではありません。
私は細かいことは考えず、リオル殿下と沢山会ったり、手紙を送れば目的は達成できます。
1回目のお茶会
事前にイメージトレーニングを万全にして挑みました。気絶だけはしてはいけません。リオル殿下はお面を被り、手袋などを付け、肌を露出しないようにしていました。そのため、あまり動揺せずに話すことが出来ました。話した内容は覚えていません。
2回目のお茶会
リオル殿下は猫のお面をつけていました。どうやら前回、私がお面が怖いと言ったのを気にしていたようです。バカです、私。恩返しをしようとしているのでしょう、私。今回は変なことを口走らないように集中しました。ちなみにお面はリオル殿下の手作りだそうです。凄い。器用。
3回目のお茶会
私が1回しか気絶していないことが噂になっているようです。泣いていないことも。効果が出てきたようで嬉しいです。後、殿下は刺繍も上手でした。部屋から出なくて済むからよくやるそうです。……私、もっと頑張ります。怖いけど。私も刺繍は好きなので一緒に今度することも約束しました。
10回目のお茶会
リオル殿下とかなり仲良くなれたと思います。だからか、リオル殿下も気が抜けて、手袋をするのを忘れてしまっていました。真っ黒な肌が見えます。悲鳴も気絶なりましたも、舌をかんで耐えました。私は青ざめながら、目に涙を浮かべていたと思います。ごめんなさい。ごめんなさい。でも、臆病者の私が心を許す程、徳の高い人間なのではないかと言われるようになりました。
十五回目のお茶会
リオル殿下は私がどんな反応をしても優しいです。私はそれに甘えて過ごしています。優しい人の隣にいると、近くにいる自分の性格の悪さを強く意識してしまいます。リオル殿下は犬のお面を新しく彫ったそうです。和ませようとしてくれています。それが、とても、うれしかったです。
それなりの回数、お茶会をしました。話すことへの抵抗はもうありません。時折、見える肌にも、少しだけ慣れました。赤い瞳は、お面でほとんど見えないので、慣れるも何もありませんでした。
リオル殿下も友人のように私を扱い、話してくれます。
「クリス様は、なんでそんなにも怖がりなんですか?」
軽い雑談をし、私に対する質問も気軽に行われるようになりました。
「特に理由はありません。生来の気性です。小さい頃は剣を持った護衛も怖がりました」
「どうして怖くなくなったのですか?」
「皆、その人の人となりを知ったら、見た目が怖くても、怖くなくなります。でも、私はその人が優しい人だと知っても怖いままなのです。体が拒絶するのです。怖い気持ちと大好きな気持ちを私はいつも持っているのに……」
でも、負の感情は表に出やすく、とても強いです。
「だから、待ちます。大好きな気持ちが怖い気持ちより何倍も大きくなるまで。そしたら、怖さも大丈夫になります。後は、慣れですね」
今の私の護衛は辛抱強く、何も言わず、守ってきてくれたから、私は信用できるようになりました。彼女が剣を持っても、安心できるのです。
「……なら、いつか僕のことも……」
小声でリオル殿下は何かを呟きました。聞き取ることは出来ませんでしたが。
◆ ◆ ◆
いくつか国をまたいだ場所にある、マントルという国の姫がこの国にやってくるそうです。各地を訪れ、見聞を広めようとしているようです。旅をするなんて、とても行動力がある方です。大概の人は、一生を自国で過ごすのですから。
私たちの国は、姫のためにパーティーを開くらしいです。
リオル殿下はいつもパーティーに参加していませんでしたが、王族の一員として、一応参加した方が良いそうです。積極的に参加は勧められていませんが。
私とリオル殿下が仲が良いということから、多少評判は上がったそうです。実はそこまで、恐ろしい容姿をしていないという噂もあります。私は、お面を取った姿を見ていないので、なんとも言えないですが。
とにかく、リオル殿下がパーティーに出席しても誹謗中傷されなさそう、というのが重要です。
リオル殿下は私のパートナーとして参加することを決めました。私も、パーティーにはほとんど出席しないので、恥をかかないように色々復習しないといけません。
毎日が忙しく、パーティーの日は直ぐにやってきました。
リオル殿下は悪目立ちしないよう、無難な青色のスーツを着ています。猫のお面と手袋は付けたままです。私もそれに合わせて、無難な黄色のドレスにしました。
遠目からマントルの姫を見てみます。綺麗な人でした。名前は、フィーネというそうです。
王族が全員参加して事実が大切なため、挨拶などはしなくていいそうです。
後、そこそこ注目されます。怖いです。吐きそうです。
でも、ここが正念場です。人目がつく場で親しげに振る舞えば、リオル殿下の悪評も小さくなるでしょう。私もお役御免になります。
……あれ、そしたら、リオル殿下とはなすこともなくなってしまうじゃ……。
「初めまして、こんばんわ。フィーネといいます。そちらの男性は、どうしてお面をつけているのですか?」
気づけば、フィーネ姫が目の前に立っていました。
フィーネ姫の口から出る疑問は当然のもので、私達にとっては疑問にすら思わなかったものです。
異形の王子が顔を、肌を、隠すのは自然なことだったからです。私も、リオル殿下も、言葉に詰まります。
異形の王子と呼ばれるほど、醜い容姿をしているから、なんて、答えずらいです。
何より、私がはっきりとそう言ってしまったら、リオル殿下はどんな気持ちになるのでしょうか。
私がそんなことを考えているうちに、リオル殿下は後ずさり、ウェイターにぶつかってしまいました。
運の悪いことにお面の紐の結び目が緩んでしまい、リオル殿下の顔が晒されてしまいました。
思えば、私は初めてリオル殿下の顔を見ました。異形の王子の名に相応しい同じ人とは思えない造形をしていました。
私は臆病で、愚か者です。あんなにも優しくしてもらいながら、怖くて腰が抜けてしまったのです。声を出すことも出来ず、只々リオル殿下を見つめていました。
やたらと耳が研ぎ澄まされ、周りのざわめきが聞こえてきます。
気持ち悪い。ゴキブリみたいな肌だ。
濁った赤色、血みたいな目だ。
変な顔、私達と全然違う。
止めて、止めて、そんな言葉聞きたくない。リオル殿下は優しい方です。すごい人です。でも、腰が抜けてしまった私は、どうしようもない程彼らと同類なのです。
フィーネ姫は、周囲の険悪な態度に酷く驚いています。そして、怒りをにじませた声を会場に響かせました。
「人を見た目で、非難するなんて、恥を知りなさい」
騎士のように高潔で、勇者のように勇敢に、聖女のように清廉な姿でした。
「私の国にもこの方のような民族がいます。彼らは黒い肌を持ち、赤い目を持つ誇り高き民族です。私達王族の家系図を辿れば、嫁いできた者もいます。遺伝子が弱く、特徴が受け継がれにくいようですが、こちらの方は先祖返りしたようですね。マントルの王女がこちらの国に嫁いで過去がありますし」
フィーネ姫は、リオル殿下が貶されたことを自分の国の民が貶められたように感じたようです。
「貴方方の中に、黒のスーツや赤のドレスを着ている者が見えます。それは、その色が美しいと思っているから着ているのでしょう。何故、その美しい色を持って生まれてきた者を嫌うのですか。私には理解できません」
言いたいことを言い終えたフィーネ姫は、リオル殿下を連れて会場を去りました。もう会場に居ても、肩身の狭い思いをするだけだと考えたのでしょう。
私は、置いてきぼりです。普通のことです。私もまた、リオル殿下を傷つける側の人間なのですから。
◆ ◆ ◆
フィーネ姫とリオル殿下は何度かふたりでお話をしたそうです。これは、噂話から知りました。
異形の王子の容姿を気にせず、むしろ美しいと称する姫君。なんとお似合いなのでしょうか。
2人とも、優しい方です。リオル殿下は人を許す優しさを、フィーネ姫は悪を許さぬ優しさを持っています。
お似合いです。素敵な2人です。臆病者で人間のクズの私には嫉妬する資格もありません。
あのパーティー以降、お茶会も手紙のやり取りもしてあません。普段、これらのやり取りは私からしていたから、私が止めたら自然となくなります。
寂しいです。意外にも、リオル殿下は私の中で大きな存在になっていたようです。
でも、私の立場は所詮仮婚約者です。リオル殿下にとって、大きな存在ではないでしょう。
怖い、怖い、怖いです。私とリオル殿下との縁が消えてしまうことが怖いです。
矛盾しています。リオル殿下の容姿に私は恐怖しています。でも、私はリオル殿下の御心にどうしようもなく惹かれているのです。
怖いものから逃げ出したい。いつもそうしてきました。怖いリオル殿下から逃げ出したら、安心できるのでしょうか。いいえ、今度はリオル殿下との繋がりが消えてしまった事に恐怖するでしょう。
私は臆病で、愚かです。だから、手紙を書きました。フィーネ姫とリオル殿下の仲を深めるのに、お邪魔になってしまう手紙を書きました。
思いを全部墓場まで持って行けるほど強くないのです。
私は手紙にリオル殿下の大好きなところを沢山綴りました。
お面が可愛いです。
刺繍が丁寧です。
いつも気遣ってくれる優しい声が好きです。
一緒に甘い物を食べる時間が好きです。
心に秘めてきたことも、綴りました。
私は知っています。
リオル殿下がわざと手袋をはずしてきたことがあることを。
試していたんですよね、私を。
期待に添えず、ごめんなさい。
貴方の心を傷つけてしまって、ごめんなさい。
怖いんです。怖いんです。自分と違うものに恐怖してしまうんです。
でも、怖いはずの貴方がやっぱり大好きなんです。
ここから先の文は、何を書いたかよくわかりません。涙が溢れて、粒が紙に落ちてしまいました。
勢いに任せて手紙を送ったのです。やっぱり私バカです。
◆ ◆ ◆
私はお布団の中に入っていました。暖かいです。
これは別に逃げてる訳ではありません。待機しているだけです。
どうせ、振られると分かっていますから。分かっていても怖いですが、告白しておいて、逃げる訳には行きません。
でも、もしかしたら、ほっとかれる方が嫌かもしれません。
ああ、うとうとしてきました。こんな時でも睡眠欲ってあるんですね。
「……ぇくれませんか、起きてくれませんか、クリス様」
頭がぼんやりします。目をゴシゴシこすると、リオル殿下がいました。いつも付けてる、猫のお面です。
「ぁあ、すいません、その、寝てしまって!」
時計を見てみます。
私が布団に入ってから、3時間は経っています。あれ、来るのが早くありませんか。普通、後日来るものでは?
いえ、どうでもいい疑問ですね。
ところで私、どうしたらいいのでしょうか。とにかく何か話した方がいいのでしょうか。
「その、フィーネ姫と親しくなれたんですよね。どんな話をするようになったんですか」
あれ、これって自分の傷口に塩を塗るようなものですよね。アホ、バカ、私。
「フィーネ姫とは、マントルの夜明けの一族について話を聞いていたんです。僕と同じ、黒い肌と赤い目をした人達です」
「どんな方々なんですか」
「かつて内乱が起きた時、夜明けと共に現われ、勝利を命からがら伝えたそうです。とても優しく、誇り高い一族だそうです」
「良かったですね、本当に」
純粋にそう思えました。とても自然に。
「……昔、母上からきちんと産んであげられなくてごめんね、と言われたことがあります。その時僕は逆にきちんと生まれることが出来なかったことが申し訳なかったんです。でも、僕は普通に、健康に、生まれていたんだな、と知れたことが、1番嬉しいです」
きっと、私はいつもリオル殿下が1番嫌なことをしてきたのでしょう。私といる間、自分は異常で恐怖される存在だと思わせていたのでしょう。
リオル殿下はその悲しみをいつも私には見せませんでした。今もそうです。
ぽつり、ぽつりと、穏やかな会話を続けます。すると、リオル殿下は本題を切り出してきました。
「手紙の事なんですが、クリス様さえよければ僕の正式な婚約者になってくれませんか」
顔を真っ赤にさせて言いました。私もきっと真っ赤です。
「え、え、フィーネ姫と、そういう仲になったりだとかは?」
「え、フィーネ姫には故郷に夜明けの一族の婚約者がいますよ」
恋愛に発展するわけが無い理由でした。どうしましょう、2人が結婚間近だから告白したのに。
「リオル殿下、妥協しないでください。なんなら、マントルに行けば、もっと良い人が見つかるかもしれませんよ」
「クリス様は僕の事が好きではなかったのですか」
「……好きですよ」
「僕も、大好きです」
私、好きになってもらえる要素ありましたっけ。
リオル殿下の容姿に拒否反応起こすだけでも、恋愛対象から除外されそうですが。
「初めましてあった時、気絶されたけどあんまり気にならなかったんですよ。慣れてましたし。それに、護衛の方がまたか、と気絶するあなたを連れていった方が印象的で」
確かに、護衛の彼女が初対面で「この剣でお守りします」と剣を見せてきて以降、顔を合わせる度に気絶していました。半径1m以内の刃物が怖かったんです。
「後、貴方がかなりの頻度で気絶すると聞き、気絶されてもあまりショックじゃなかったんです。後、僕の評判を改善しようと頑張ってくれたことがすごく嬉しかったんです」
私、大したことできなかったですよ。何なら、私自身が怖がっていました。
「手紙にあったように、僕もクリス様と刺繍をしたり、甘い物を食べる時間が好きなんです」
驚きましたが、私とリオル殿下は両想いでした。
でも、両思いだから婚約、という訳にはいけません。
「僕は、今からお面をとります」
リオル殿下が一生お面を被り続けることはできません。ふとした瞬間に私はリオル殿下の素顔を見ることになるでしょう。
これは、私への試練です。
怖さを紛らわすためにイメージトレーニングを……いえ、これはちょっと違う気がします。
代わりに私は、フィーネ姫の言葉とリオル殿下とのやり取りを思い浮かべました。
黒も赤も、先入観があっただけで、とても美しい色のはずです。
私は今まで、容姿とその人の人柄を別に考えていました。意識せずにそうしていました。だから、矛盾が生まれていたのです。私は頭の中で2つを混ぜました。目を開けて、リオル殿下の顔を見ます。
黒い肌も赤い瞳も違和感がありますが、恐怖はありません。
私は手袋をとったリオル殿下の手を握ってみます。何も感情がこみあげてきません。それが、嬉しくて、思わず抱きつきました。
そしたら、ふっと、思ったのです。
抱きしめてしまえば、顔は見えません。顔が見えなければ、リオル殿下は私達と変わらないただの人だと、ようやく理解できた気がします。
きっと、心の持ちようひとつですぐに理解出来たんだと思います。私と過ごしてきたリオル殿下はいつもただの人間だったのですから。
フィーネ姫の言葉が私の先入観を壊してくれたのです。
いつか、私の中にある違和感も当たり前になっていくでしょう。
だって、共に過ごす時間が長くなるほど、ちっぽけな違和感より、大好きな気持ちの方が大きくなるはずだから。だから、
「一生そばに居てください」
抱きつかれて、あわあわしていたリオル殿下は穏やかに微笑みながら言いました。
「もちろんです」
◆ ◆ ◆
かつて、差別が当然のように行われた時代があった。有名なエピソードは、異形の王子と呼ばれた王子の話だ。彼への差別を中心とし、差別はゆっくりと確実に消えていった。
これは、ある国の姫が先導して消して行ったと言われている。多くの民族が存在し、皆の顔が同じではないように、少し肌や目の色が違う人がいることを、世の中が受け入れるように、広めて行ったようだ。
一説によれば、異形の王子と呼ばれた王子の妻はとてつもない臆病者であると同時に夫を深く愛していたそうだ。その様子から、王子を怖がるものはとんでもない臆病者だという風潮が出来たのも、差別をなくす後押しになったそうだ。