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大天使に聖なる口づけを  作者: シェリンカ
第五章 厳しい宿命と本当の気持ち

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 決勝戦が始まるまで、アウレディオがエミリアたちの前に姿を現すことはとうとうなかった。


「これで心おきなくアルフレッドの応援ができるじゃない。つまりアウレディオは敵」


 フィオナのようにさっぱりと割り切ることは、エミリアにはとてもできそうにもない。


 大きな歓声に包まれて、軽鎧に身を包んだ二人が広場に現れる。

 兜に赤い羽根飾りをつけているほうがアウレディオ。

 緑のほうがアルフレッド。


 わざわざ教えてもらわなくとも、エミリアにはすぐわかる。

 昔からエミリアにとってはアウレディオはアウレディオでしかない。

 アウレディオじゃないほうが、他の誰かだ。


 谷よりも深いその差に今更ながらに気づき、エミリアは愕然とした。


(私って……)


「がんばれ……二人とも……」


 アルフレッドに対する罪悪感を抱えながら、だからこそエミリアは、とても二人には届きそうにもない声で、公平な応援を心がけた。


 まちがってもこんなところで、どちらかに対して『天使の時間泥棒』を使うわけにはいかない。


 二人が持つ幅広の剣が激しくぶつかりあう音が響き、人垣の向こうで試合が始まったことをエミリアは知る。


 見物人の頭だらけで、二人の姿がよく見えないぐらいの今の状態がちょうどよかった。

 そうでなければエミリアは、自分がこれまでずっと誰を見てきたのか。

 いつも自然と誰を捜してしまうのか。

 今は知りたくない結論に――きっとたどり着いてしまう。


(そんなの嫌だ……)


 自覚のあとに待ち構えている『別離』が頭の隅をちらつき、今更になってようやく気がついた自分の正直な気持ちを、とても素直に受け入れることなどできない。


 ガキンと大きな音がして、人垣の向こうでワッと歓声が起こる。

 どちらかの剣が折れたようだった。


 気になりながらも動くことのできないエミリアに、フィオナが聞きたかったような聞きたくなかったような情報を、知らせてくれる。


「どうやらアルフレッドが優位に立ったみたいよ」


 エミリアは両手をぎゅっと握りしめた。


(ディオ!)


 思わず呼ばずにいられない名前を、意志の力でなんとか心の中だけに押し留める。


 フィオナがそんなエミリアの肩に手を置いて囁いた。


「アルフレッドが優位だっていうのに、あんまり嬉しくなさそうね」


 ドキリとしたエミリアは慌てて、その指摘を否定した。


「そんなことないよ! すごく嬉しいよ!」


 けれどそんな上っ面の返事はフィオナには通用しない。

 じっとエミリアの周りの空間に視線を向けながら、フィオナの放ったひと言が、エミリアの胸に刺さった。


「そんなにアウレディオが気になる?」

 

 もう一度「そんなことないよ」と嘯こうとしたのに、言葉にならない。

 歯を食いしばった頬が、こらえきれずにぽろぽろと溢れ出した涙で濡れていく。


 そんなエミリアの頬に指を伸ばし、フィオナが涙を拭ってくれた。

 神秘的な光を放つ黒い瞳がじっとエミリアを見つめ、心の奥底を見透かすかのように煌く。


「エミリアのいいところはね……嘘がつけないところよ」


 今まで自分の中で渦巻いていた様々な感情に、確固たる答えを与えられたような気がして、エミリアは足がガクガク震えるのを感じた。


(私……!)


 試合はいつの間にか、劣勢を跳ね返したらしいアウレディオのほうが優勢になり、ここはアルフレッドを応援しなければという気持ちにも駆られたが、エミリアの耳には、不思議と周囲の音が聞こえなくなる。


(まずい……そういえば昨日、あんまりよく寝てないんだった……)


 『聖なる乙女』としての使命を果たしたあとのことに悩み、母と話をして自室へ帰ったあと、結局一睡もできなかった。

 ベッドに横になって目を開けたまま、朝を迎えた。


 ぼんやりとそのことを思い返したのと、突然全身の力が抜けてエミリアがその場に崩れ落ちたのは、ほとんど同時だった。


(あ……無理かも……)


 地面に倒れこむ寸前に誰かが走りこんで来てくれて、頭を地面に打ちつけるのだけは免れる。

 薄れていく意識の中で、エミリアはそれをアウレディオだと思った。


 ようやく傍に来てくれたので、もういなくなってしまわないように急いで首に抱きつく。

 ぎゅうぎゅうと抱きつきながら、朝から気になっていたことを、ようやく本人に訊ねることができた。


「ねえディオ……何か私のこと怒ってる?」


 栗色の頭に頬を寄せるようにして、返事をしてくれた声は、確かにアウレディオのものだった。


「いいや。怒ってないよ」

 

 その言葉を聞いて、エミリアはやっと心から安心した。


「よかった」


 全身から完全に力が抜けていく。

 途切れ途切れになる意識の中、アウレディオの腕がますます強くエミリアを抱きしめたような気がした。


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