第九話 転機7
翌日の二限目の授業前、教室前方に佐野真綾の姿を見つけた。友人たち四人で固まって座っていて、おしゃべりしている。
(後方に座れば見つからず退室できる)
神楽小路はそう考え、ドアの付近に席をとった。
(こちらが逃げきれば、諦めて一人で調査するだろう)
何の問題もなく、授業が終わり、荷物をまとめて教室を出ると、にこにこ笑顔の佐野真綾が立っていた。
「今日は一食の方に行って調べていこうと思って」
一食に向かう道すがら、佐野は考えてきたという企画の説明を始めた。
「課題提出日は月に二回。この授業は前期だけの授業だから、三回提出。一回目の提出は六月前半。わたしも神楽小路くんも月曜から金曜日まで登校してて、昼休みを挟むような授業の取り方している……で、合ってるかな?」
「ああ」
「さすがに一日に一メニューが限界だから、祝日がなければ最大十種類、二人で別々のメニューを頼んで二十種類食べられる。無作為に食べるだけじゃなくて、三回分のメイン記事を考えて食べていくよ」
「その三回分の記事の内容は決めてるのか」
「そう言われると思って、しっかり考えてきたよ。一回目は各食堂の高いメニューと安いメニューの紹介、二回目は学生がよく食べてそうな丼ものと麺類特集。最後の三回目は一番おいしかったメニューで締めるっていう流れはどうかなと」
「お前主導なんだ。いいんじゃないか、それで」
「もー、適当だなぁ。好きにやらせてもらうからね」
そうして、初日である今日は一食の中で一番高いメニューと安いメニューの調査になり、じゃんけんで負けた佐野が一番高い五百円のカツ丼定食、神楽小路は二百円のうどんを注文するところから取材の日々が始まった。
毎日、昼休みになると、佐野が神楽小路を捕まえ、食堂をまわった。調査関係なく、いろんな種類を食べたい、むしろ全部食べたいとでも言いたげな気合のある佐野と、とりあえず空腹を満たすことしか考えていない神楽小路。毎日一品ずつ食べて、食後は感想を言い合う……と言っても、神楽小路の感想は淡泊で「うまい」「マズイ」の二択が基本で、佐野が「どのあたりがおいしかったか、マズかったか」を掘り下げて訊いた。
感想をまとめたあとは、神楽小路へ佐野が一方的に質問をする。
「好きな色は?」
「休日ってなにしてるの?」
「好きな本は?」
まるで芸能人へのインタビューかのように毎日飽きもせず訊いた。
「ない」
「起きて、読書するか小説を書いて、寝る。休日なんぞ、みな似たようなものだろう」
「面白く、勉強になる本ならなんでも」
さっさと返答して話を終わらせようとするも、短い返答を佐野は嬉しそうに拾い上げては広げて話していく。
神楽小路は家でも基本的に一人だった。それが当たり前だった。父と母は日が変わらないと帰宅しない。国内外へ出張し、何週間も家を空ける。それこそ食事をとりながら、ゆっくり話をする機会はほとんどない。ただ静かに、出されたものを食べ、そそくさと自分の部屋へ戻る。一人で食べるのに慣れてしまい、たまに父と母とテーブルを囲むと違和感が生じるほどであった。この一週間ほどで、佐野の方が両親より一緒にご飯を食べ、神楽小路君彦という人物のことを知っているかもしれない。