第八話 転機6
「まだ時間あるよね? わたし、甘いもの食べたいから売店に行ってくるね」
財布片手に席から飛び立ち、数分後、スキップしながら満足げに戻ってきた。
「昨日ネットで見た新発売の抹茶プリン、ここでも入荷してたんだよ!」
そう言うと、『期間限定!』と大きく書かれた緑色のプリンのカップをテーブルに置いた。
「はぁ~……」
「どうしたの?」
「突然声を上げたから、良いアイデアでも出たのかと思ったのだが」
「良いアイデアは糖分摂取しながら出るものだって誰か偉い人が言ってた気がするよ」
「言い訳だな」
神楽小路の冷たい視線を浴びつつ、佐野は抹茶プリンのふたをめくった。プラスチックスプーンで優しく突き刺すと、柔らかいプリンに亀裂が入り、上にかかっている抹茶ソースが滝のように底へ落ちていく。すくいあげたプリンを口に含むと、佐野の瞳に星が輝く。
「一口食べただけで抹茶のソースの渋みと、下のミルクプリンの甘さがくるこの感じ! 神楽小路くんはこの会社のミルクプリン食べたことある?」
「ないな」
「ミルクプリンといえばこのメーカーのこのシリーズ! っていうくらい有名なんだよ。なめらかな舌触り、牛乳と砂糖の甘みバランスがほんと最高なの。上からソースがかかってる『プレミアシリーズ』っていうのが期間限定で何か月か置きに発売されてて……。今まさに食べてるこれなんだけどね、毎回毎回ハズレがなくて」
ミルクプリン一つでここまで熱く語ってくるとは思わず、神楽小路は突然宇宙に放り出されたかのような気分であった。
「そうだ、ちゃんとノートに感想書いておかなきゃ」
再び「食べた物ノート」を取り出す佐野を見て、神楽小路は気づく。
「佐野真綾、お前がつけているそのノートを生かせばいいのではないか」
「え? このノート?」
「お前はそのノートに食べたものすべて書いているんだろう。この学食のことも。それはもう立派な取材ノートのようなものではないか?」
佐野はノートの中をまじまじと見て、「そっか!」とつぶやく。
「基本的にお前が記事を書くのだから、お前にとって興味があって好きなものの方が苦じゃないだろう」
「そうだね! じゃあ、喜志芸の学食を記事にしよう」
「決まったのだから、俺は次の授業に向かう」
「ありがとう! 灯台下暗しだったよ。あ! ちゃんと神楽小路くんも一緒に調査加わってね」
そう言うと彼女は笑って、
「明日、またお昼休みにね~!」
そう約束を取りつけた。