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【1】胃の中の君彦【完結】  作者: ホズミロザスケ
転機
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第五話 転機3

 彼女はにこにことカレーをほおばる。

(おかしな奴だ)

 やや睨むように、神楽小路もカレーをスプーンですくい、口に運んだ。可もなく、不可もなく。腹が満たされればそれでいい。黙々と食べ進める神楽小路と反対に、佐野は「おいしい」などとひとり言なのか、神楽小路に向けてなのか、感想をつぶやきつつ食べている。

 神楽小路が見ていると、その視線に気づいた佐野があわててカバンの中からティッシュを取り出すと口まわりを拭きはじめた。

「カレーついてたかな?」

「いや。珍しい生き物を目の前に食事している気持ちになっていただけだ」

「神楽小路くんはおもしろいこと言うなぁ」

「そんなことより、佐野真綾。ここまで付いてきたのは、さっきの授業のこともあるんだろう」

「もちろんだよ! 一緒に新聞作ろう」

「しつこい奴だ。さっきも言ったが、俺はもうあの授業は取らん」

「まだ五月だよ」

「まだ五月だからだと言っている。今ここで辞退せねば、提出しない限り結局授業を受けても単位はない。時間の無駄だ」

「そんなに誰かと課題取り組むの嫌?」

「嫌だな。俺は今まで他人と協力して何かをやり遂げるということをしたことがない」

「運動会とか文化祭は?」

「そもそも学校にほとんど通ってない。そういったイベントに関しては何も知らん」

 ぽかんとしている佐野を置いて神楽小路は続ける。

「人と交流することが苦手だ。だから、今回の一件も俺はやらんし、単位も捨てる」

 そう言い切ると、神楽小路は再び食事を始めた。佐野は白飯とルゥの中間部分をスプーンで混ぜながら、

「なんというか、神楽小路くんって見た目は大人っぽくて、文句言わずにやってくれそうなのに、ガンコで、でも自分の気持ちには甘くて、ワガママなのかなぁって」

「なっ……!」

「ワガママ」という四文字は神楽小路にとって、少々ショックを与えた。確かに、昔から「ワガママだ」とよく陰口をたたかれていたことは気づいていたが、本人を目の前にして言われたのは初めてだったからだ。神楽小路は顔に出さぬよう、とにかく眉間に皺を寄せれるだけ寄せた。

「ワガママと言われようが、俺は俺が思った方向に進むだけだ」

「あえて反対に行くのも楽しいかもしれないのに?」

「今まで生きてきた道を急に曲げれるとでも?」

「曲げて冒険してみようよ」

「現実に冒険など不要だ。自分の直観こそが正義。誰とも関わらず一人でいる。一人でいるなら、すべて俺の責任になる。その方が楽だ」

 自分に言い聞かせるように一言一言に思いを乗せた。

「だから、佐野真綾、お前とは――」

「怖いの?」

 佐野は神楽小路の瞳の奥をじっと見つめる。まっすぐで、強い眼力に神楽小路も思わずたじろぐ。

「なんだと?」

「人と交わって自分が変わることも、自分の影響で人が変わってしまうことも怖いの?」

 神楽小路は答えず、視線を外そうとはしない。いつかのように自分をバカにされ、嘲笑われ、輪に入れず、結局は一人になる。だから、彼はここまで誰の手も取らず、一人で行動してきた。作り上げた自分を壊されるかもしれない。自分が動くことで人が変わり、人の言葉で自分が変わるなんて、それこそ物語での出来事だろう? そう疑う神楽小路に、佐野は胸を張って、堂々とした声量で言う。

「だったら、わたしで『人と関わるとどうなるか』試してみるのはどうかな?」

「ほお?」

「神楽小路くんの『関わりたくない』という事情を知った。だからこそ、わたしはあなたとうまくやっていけるんじゃないかなって」

 神楽小路は顎に手を添えた。理由を話したのだから、それなりに融通を利かせることは出来るのではないだろうか。そして、なにより、佐野とは顔見知りだからか、自然と会話できているのは大きい。無理やり知らない奴と組まされるよりはいいかもしれない。それに自分の小説の足りないと感じている部分を補うためには、人と交流しなければいけないのではないか。そう考えた。

「いいだろう。この授業の課題が終わるまでは協力してやろうじゃないか」

 佐野は一気に晴れやかな表情を見せる。

「ありがとう! これからよろしくね!」

「一点だけ訊かせてくれ。なぜそこまで俺に執着する?」

「んー……おもしろそうだから!」

「おもしろそう?」

「神楽小路くんっていつも窓側の席に座って、休み時間ずっと窓の外見てるでしょ」

「まぁ、授業開始まで退屈だからな。小説の構成だとかを練っているだけだが」

「そうなんだ! ずっと何を考えてるんだろうって思ってた。図書室でも難しいそうな本読んでるし」

「そんなところまで知ってるのか」

「何度か偶然見かけて。だから神楽小路くんの考えだったり、思いに触れてみたいって思ったの。触れたら、わたしもなにか変われるかなって」

「佐野真綾、お前は変わりたいのか」

 佐野は食べていたカレーを飲み込むと、力強いまなざしで神楽小路を見た。

「そうだね。そのためにこの大学に来たから」

「自ら変化を求める……か」

 そう小さくつぶやいて、

「さて、早く食べるぞ。次の授業が始まる」

「えっ……? わっ! 本当だ! 次の授業は遅刻厳禁なんだよ」

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