第四十六話 おわりと新たなはじまり1
「神楽小路スランプ脱出おめでと~」
桂がそう音頭をとると、駿河、佐野、そして神楽小路はコーラの入ったプラスチックコップを掲げた。
日曜日の夜、駿河と桂にも事の顛末を話し、心配をかけたことを謝罪する連絡を入れた。二人とも文を書く者として、友人として、事情に納得した。
元気になったことに喜び、二食で昼ご飯を食べるとともに、神楽小路の復活を祝う会を開く流れになった。前回のホームパーティーと同じく、桂と佐野が料理を作り、駿河はおにぎりと飲み物を用意した。
「今日は、たまごやきとほうれん草の胡麻和えと、ミニハンバーグを作ってきたよ。咲ちゃんは特別メニューで。ね?」
そう言うと佐野は桂に視線を向けた。「見て驚くなよ」と怪しく笑いながら、保冷バッグから底の深い四角のタッパーを取り出した。中から出てきたのは、
「スポンジケーキですか?」
「ホットケーキミックス使って炊飯器で炊くだけでできる方法があんだよ。で、冷ましてタッパーに入るサイズにまで削って持ってきた」
「これだと味しませんよね」
「駿河はせっかちだな。まだ完成してねぇんだよ。だから、今から作ってくぞ」
桂は紙皿に二層に切り分けたスポンジケーキを出し、次に、保冷材の巻かれたホイップクリームと、小さいタッパー二つを取り出した。タッパーの中にはスライスしたイチゴと、大粒のイチゴ四粒が出てきた。
プラスチック製のフォークやナイフを巧みに操ってデコレーションをする桂を見つつ、残りの三人は食事をする。
「それにしても、神楽小路くんがスランプに陥っていたとは。わかりませんでした」
「本当にすまなかった」
「いえ。どれほど書くのが好きでも、書けなくなるタイミングはありますから。今、文芸学科に在籍している限りは『書けない』というのは相当のストレスと焦りに襲われますよね」
「書けねぇ時期は本当に書けねぇよな。でも、不思議なもんで、ちょっとしたことでまた書き始めることが出来んだよなぁ……。神楽小路の場合、今回は真綾のおかげだよな」
「わたしはなにも」
「その通りだ。感謝しきれない」
「きっと今が一番のびのびと書ける時期なんでしょうね。先生も、友人たちもいますかね」
その場の全員が頷く。課題は多いけれど、「書く」ことについての環境は恵まれている。一般の大学ではこうはいかない。もし、文芸学科生と同じ人数、書くのが好きな人を集めることは無謀だろう。自ら「書くことが好き」と言える仲間がいるのは重要である。
「そうしている間に、手際が良すぎる咲チャンがケーキ完成させてしまったぜ」
中にスライスのイチゴを並べ、スポンジを重ね、周りをクリームで薄く覆った。店で売っているケーキよりは嵩は低く、形もタッパーに合わせて四角いが、美しい出来栄えである。
「咲ちゃんすごい! 上手だね」
「最近海外の人が料理してる動画が好きで見ててさ。見よう見まねでやったら案外出来るもんだな」
「こんな会も開催してもらったからな、今日ばかりは桂咲にもお礼を言わねばならん。ありがとう」
「神楽小路が素直に感謝しやがると、なんか……あー、うん。ワタシはみんなでご飯食べたかっただけだし」
「桂さんなりの『どういたしまして』だと受け取ってください」




