第四十五話 再生10
「なりゆきとはいえ、食事を作らせてしまって申し訳なかったな」
「ううん! 食後においしいフルーツゼリーやお茶までいただいちゃったし。それにお鍋や食器洗い、みなさんにお願いしてよかったの?」
「みな、おいしいものを食べたお礼だと言ってる。気にするな」
「喜んでもらえてよかったよ」
帰る佐野を見送るため、玄関に着いた。
「佐野真綾、車で送るよう手配している」
「いいよいいよ、わたし電車で――」
「これも礼の一つだ。気にせず、乗ってくれ」
「ありがとうね」
「俺の見送りはここまでになるが許してくれ絶対、月曜日には大学へ行く。そのために今から執筆作業にかかる」
「うん。じゃあ、大学で会おうね。くれぐれも無理はしないでね」
手を振って、佐野の乗った車を見送ると、神楽小路は自室へ向かった。
新しく生まれ変わったような、清々しい気持ちだった。
今まで書けなかったのが噓のようにキーボードに乗せた指が動く。心の毒を出し、知らなかった世界に触れ、テーマがくっきりと見えるようになった。テーマが見えれば、世界に登場人物たちが生まれ、話し、動きだす。それを神楽小路は書き起こして命を吹きこんでいく。「書いている」という感覚がなく、滑らかに手が動き、自然と言葉が出てくる。今はただこの勢いに身を任せる。佐野に言われた通り、休憩もしっかりととった。久しぶりに深い眠りに落ち、すっきりと目覚めると、また書くことが出来た。
そうして日曜の夜に一作書き上げた。
先祖代々受け継いできた裏庭の大樹が枯れかけている。家主の男は寿命だろうと悟り、その大樹の世話を諦めた。一人の女性が声をかける。「綺麗で立派な樹ですね」と。女性はたびたび男のもとへ訪れると大樹に触れて話しかける。最初は邪険にする男だったが、彼女が大樹にも自分にも笑顔でやさしく話しかける様にいつしか心を開いていく。
村に大雨が降り、偶然やってきていた女性を家の中にいれ、雨が止むのを待つ。しかし、止むどころかあちらこちらで土砂崩れが起きる。「ここもダメかもしれない」と諦めていた時、裏庭で何かが倒れる音がした。雨が止み、裏庭へ二人が様子を見に行くと、大樹が倒れていた。大樹が倒れたおかげで、家は土砂崩れから免れたのだった。二人は、その木に感謝し、使える部分を切り出し、椅子を作って庭に置いて仲良く暮らしたのだった。
(ハッピーエンドの話など、初めて書いた)
意図してハッピーエンドを書かなかったわけではない。ただ、自分の感情の赴くままに書いたものがそういう終わりを迎えなかっただけだった。
そして、寝る前にずっと開けなかった佐野の小説を手に取った。
『わたしは物語の登場人物で言えば、ただのクラスメイトの一人にすぎない。良くてヒロインの友達になれればいいかなぁなんて思って生きている』と冒頭から話すのは主人公の女子高校生だ。彼女のクラスには、学年一のイケメンと美女がいて、アイドルや二次元が好きなオタクも、発言や行動が派手な女子のグループも、不良とまではなれないが悪ぶっている男子たちもいる。目立たない主人公が、終始目立つことはなく、バラバラだったクラスを和やかに丸へ変えていく。
文体から内容から佐野のやさしさがにじみ出ていた。いつか彼女は言っていた。
「わたしも小説を書いて、誰かの心の穴をゆっくりでもいいから埋めてあげられる、そういう存在になりたい」
(読み手に寄り添ってくれているあたたかな物語は、誰かの救いになるかもしれん。これこそが彼女の才能だろう)
神楽小路は読み終わった作品の表紙を撫でながら思った。




