第四十四話 再生9
買い物を済ませて帰宅すると、さっそく調理に取りかかることとなった。髪を束ね、芝田より「お使いください」と渡された生成りのエプロンをつける。
「神楽小路くん似合ってるよ」
「そうか?」
「うん! あとで写真撮らせてね」
最初の工程、ピーラーで皮を剥いて、食べやすいサイズに切る。調理実習に参加したことがなく、包丁さえ持ったことがない神楽小路にはここが最初にして最難関だった。
「こういう感じでいいのか」
恐る恐るじゃがいもを一口大に切る。
「そうそう、ゆっくりでいいからね」
佐野は一つずつ丁寧に教え、励ました。
その様子を、芝田をはじめ、話を聞きつけたメイドや運転手などがドアの隙間から覗いていた。
「絶対に料理をしない血筋の神楽小路家のお方が……」
「これは歴史的事件ですね」
「あの女性はいったい何者なのです」
と、ひそひそと話している。
具材を炒め、水を入れて灰汁を掬いながら沸騰させる。
「沸騰してきたから、ここから弱火で十分煮ていくよ」
ふたを閉めて、スマホのタイマーを使い、そのまま鍋を二人で見つめる。煮える音を聞きながら、神楽小路は考えていた。
(佐野真綾はいろんなことに関心を持ち、俺が登校せず家にいた間、学生生活でも様々な経験したのだろうな。一緒にいるだけで興味深いやつだ)
「神楽小路くん、疲れちゃった?」
「いや、大丈夫だ。佐野真綾、お前は手際よく、なんでもできるんだなと思ってだな」
「料理は小学校の頃からずっと作ってるから」
「課題の時にも書いていたな。初めて作った料理はインスタントラーメンだったか」
「覚えててくれたんだね。ちょっと照れちゃうな。お母さんが早く仕事に復帰したかったらしくて。インスタントラーメンから少しずつ教えてもらったの。かといって、そんなプロ級のことはできないよ。あくまで最低限。簡単に作れて、おいしく食べれて、みんなが喜んでくれれば」
そう言って笑った。
「お前はいつも自分以外の人の幸せを願ってるんだな」
「そう?」
「お前は小さな幸せを見つけることもうまいが、どうやったら人に幸せに出来るかを考えてる」
「そんな大それた」
「少なくとも俺はそんなお前を尊敬する」
神楽小路はぎこちなく笑った。佐野もつられて笑顔になる。
「……ありがとう」
タイマーが鳴った。一度火を止め、カレールゥを割り入れる。
「ルゥも入れたし、最後に十分間焦がさないように混ぜていこう!」
炊いておいてもらった白飯を皿によそい、ルゥをかけた。いつも見るカレーライスがそこにあった。
「これで完成だよ」
神楽小路の心は達成感に溢れていた。
「料理も小説も同じなのだな。ネタを集め、執筆し、一つの作品として完成させる」
「そうだね。どんなものにも過程があって出来上がるんだよ」
「頭でわかっていても、やってみないとわからないものだな」
「楽しかった?」
「ああ。だが、これを毎日こなすのは骨が折れるな」
「慣れれば出来るようになるよ」
「食堂に向かうか」
「うん。あと、そのぉ、そこの隙間から覗いてらっしゃるみなさん、お腹空いてませんか? まだルゥもご飯もあります」
突然声をかけられたメイドたちは慌てふためく。代表で執事長である芝田が出てきた。
「佐野様、我々にもお声をかけていただき、代表してお礼申し上げます。ですが、我々は」
「いいんじゃないのか、今日くらいは」
「君彦様?」
「客人を厨房に入れて料理をさせてしまった。みなで証拠隠滅しようではないか」
今いるメイドや神楽小路家に関わる人々を食堂に呼び集めて、カレーを食べた。みな、最初は緊張した空気が立ちこめていたが、カレーを一口頬張ると、「おいしい」「懐かしさがある」と感想があちらこちらから上がり、自分の家のカレーについて花を咲かせた。




