第四十二話 再生7
お互いに呼吸も落ち着きはじめた。佐野が神楽小路の横に座ってからも、ただ黙って、だが手を離すことはなかった。どちらとも、どう話を切り出すか、タイミングを伺って、膠着状態であった。
そんな中、ドアがノックされた。神楽小路は軽く咳払いしてから、「どうぞ」と返すと、入ってきた芝田は二人とも泣きつかれていることにすぐに気づいた。
「……お二人とも、大丈夫でございますか?」
「大丈夫だ。話していて少し熱くなってしまっただけだ。芝田浩二、すまないがタオルやティッシュ、あと、紅茶のおかわりを頼む」
「かしこまりました」
そうして持ってきてもらった濡れタオルを目に当てる。タオルの冷たさが熱くなった瞼をゆっくり冷やしていく。
「二人して濡れタオル目に乗せてるの、絶対シュールな画だよね」
まだ鼻声ながらも笑いながら佐野が言った。
「ここに桂咲がいなかったことが救いだ」
「咲ちゃんなら撮るだろうな」
「それを見て、駿河総一郎は黙って、どこか楽しそうにしている」
「そうそう」
佐野はそう言って、濡れタオルを外し、紅茶をすすった。
「佐野真綾」
「ん?」
「俺は……この数週間ほど文が書けなくなっていた」
「えっ」
「書けないなんてこと、生きてきて初めてだった。書いても書いても物語が進まない。なんの進展も起きない。潰されそうになっていた。ずっと書き続けてきたのだから、打開策は自分の中に持っているはずだと思っていた。だが、解決しなかった。沼に足を取られるばかりだった」
そこまで言うと、神楽小路もタオルを外した。少し泣き腫れてることもあり、普段より目から弱弱しさが漂う。
「そんな中、みな、小説を完成させ、授業で提出していく姿を見て焦った。俺は何をしているんだと。思えば思うほど、完成どころか、執筆する手が止まる。――佐野真綾、お前が以前、俺の前で泣きながら『悔しい』といったあの日のことを思い出していた」
「あの時のことを……?」
「きっと俺もこのもどかしさと悔しさを認めれば、少しは前に進めたかもしれん。しかし、出来なかった。どれだけ、佐野真綾たちを信用していても、言うことが怖かった。弱さを見せて嫌われるという恐怖と、反対に俺がお前たちのことを嫌いになるかもしれないと思った。嫉妬で狂う、醜さが生まれそうで。だから、一人で悩みを噛みしめ、一人で闇から抜けようとした。それが、それだけが俺が知っている道だと思ったからだ」
「そうだったんだね」
もう一度、佐野は神楽小路の手を握った。
「神楽小路くん、ちゃんと言ってくれてありがとう。気づいてあげれなくてごめん」
「お前は何も悪くない。言えなかった俺が悪い」
「わたしは、わたしたちはいつでも一緒に寄り添うから」
「ありがとう、佐野真綾」
そう言って神楽小路はその手を握り返した。佐野の温かな手は彼女のやさしさそのものだと思った。




