第三十九話 再生4
数日のうちに、寝落ちしてしまっても、それは起床時間の二、三時間前であり、休息もままならなくなっていった。
「神楽小路くん?」
佐野に呼びかけられていることに気づいたのは、彼女が彼の名を三回呼んだ時だった。ゆっくりと意識を取り戻していく。
「なんだ」
「体調悪い? さっきからご飯も食べてないし、顔色も悪い気がする」
朝、気づけば身支度を整え、大学の構内を歩いて、授業を受け、そして、目の前にはカツ丼。自分で注文したはずなのに、その記憶がどこかぼやけている。
「いや、そんなことはない」
「それなら良いんだけどね。あ、そうだ」
そう言うと佐野はカバンの中から紙の束を取り出した。
「こないだ言ってた小説、コピーして持ってきた」
「小説……?」
「ほら、話したでしょ。わたし、小説完成したって」
「ああ」
記憶を辿る。思い出そうにもその日の映像にノイズがかかる。
「咲ちゃんが書いた小説をこないだ読ませてもらって、わたしとは全然違う世界観というか、今まで読んでこなかったような胸に突き刺さって抜けないような小説だったの。だから、わたしも頑張らなきゃって思って。でも、わたしにはそういうのは書けなくて、いつも通りの、誰も死なない、悲しまないような作品になっちゃったけど」
「なるほど。家で読ませてもらう」
「神楽小路くんの小説も読みたい」
佐野に悪気はないが、今の神楽小路には重くのしかかる言葉であった。
「完成したらその時は……」
完成したら。今その言葉が一番自信のないものだ。佐野も桂もみな新作を書き上げている。焦りを感じ、味を感じないカツ丼を胃におさめ、佐野と別れた。教室へ向かい歩きだす彼女を見送ると、神楽小路は早退し、帰宅した。




