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【1】胃の中の君彦【完結】  作者: ホズミロザスケ
再生
37/48

第三十七話 再生2

「寝たところで勝手に小説が出来るわけもない」

 興奮状態で机に向かう。「ハッ」とアイデアが浮かべば、その辺にあるノートやメモに走り書きをする。ただ、やはり物語として動かない。

「ダメだ」

 目を閉じ、針穴に糸の先をなんとか入れるような思いで先に進む言葉であったり、主軸となる人物像をひねりだそうとする。表情がついていた登場人物の顔は再び色をなくしていく。一度原稿から離れようとスマホを見ると、佐野からメッセージが来ていた。

『大学生になって二冊目の食べた物ノートだよ』

 添付されていたのは、無地の赤いノート。「いいんじゃないか」と返信するため、入力欄をタップして、やめる。送信時間は五分前。神楽小路は通話ボタンを押してみた。すぐに、

『も、もしもし?』

 佐野の慌てた声が聞こえてくる。

「神楽小路だが。今通話出来るか」

『うん、大丈夫だよ。なにかあったの?』

「いや、なんとなくお前と話したくなった」

『ほんと⁉ 嬉しいな! 話題は?』

「何も話題はない」

『えっ、えー⁉』

「何か話してくれ」

『そんな投げやりな……えっと……そういえば、来月末の土日は喜志芸祭だね』

「喜志芸祭?」

『簡単に言うと文化祭だよ。サークルの人たちがやる模擬店もあるし、音楽ライブや映画やお芝居の上映もあるみたい』

「ほぉ」

『でも私が一番気になるのは、探検部のスモークチキンかな。とてもおいしいらしくて、毎年すごい人が並ぶくらいなんだって』

「よく知っているな」

『去年、高校時代の友達が喜志芸祭行って教えてくれたんだ。だから、絶対食べたいなぁって思ってるの』

「そういうことか」

『で、その、神楽小路くん……今から予定押さえたら一緒に喜志芸祭行ける?』

「佐野真綾、答える前に一ついいか?」

『うん、どうしたの?』

「そんなに楽しみにしている喜志芸祭、一緒に行くのが俺でいいのか?」

『えっ』

「桂や駿河、お前には他にたくさん友人がいるだろう。それなのに」

『一番に誘いたかったのは神楽小路くんだったから』

 神楽小路の言葉を遮るように佐野は答える。

『やっぱり神楽小路くんおもしろいもん。そばにいれてわたしは毎日とても楽しいよ。それに神楽小路くん、文化祭とか参加したことないって前に言ってたでしょ? だから、案内も兼ねて一緒に行けたらきっと楽しいだろうなぁって思ったの。……どうかな?』

 佐野の言葉に神楽小路は胸の鼓動が早くなるのを感じた。

「わかった、予定は空けておく」

『ありがとう! 楽しみにしてるね』

「ああ」

 そのあと、少しだけ、今日食べたご飯の話や、授業についての話をした。

『わっ! もう日付変わっちゃったね。そろそろわたしは寝るね』

「わかった。長電話になり、すまなかった」

『そんな! 全然気にしないで。むしろ嬉しかった』

「そうなのか?」

『神楽小路くんからこうして電話もらえる日が来るなんて思ってもなかったもん。嬉しいサプライズだったよ。また電話でもお話ししようね』

「わかった。……おやすみ」

『おやすみなさい』

 終話ボタンを押してから、神楽小路はベッドに仰向けになるように倒れた。

 最後まで、神楽小路は創作について行き詰まりを感じているということを彼女に話せなかった。

(俺のことをこんなにも「おもしろい」だ、「一緒にいて楽しい」だと言ってくれる稀有な存在に暗い話をしたら、俺はまた一人になるだろうな)

 いつしか神楽小路は一人になることが怖くなってきていた。佐野をはじめ、駿河や桂と話し、ともに勉強する日々がかけがえないものとなっていた。

(かといって、小説を書くということはいつだって一人でやらねばならんことだ。それに、今まで俺は一人でやってきたのだ。出来なくなるはずはないし、解決策は自分の中にあるはずだ)

 そう言い聞かせて、この話題だけは出さなかった。佐野に伝えたところできっと彼のことをバカにしない。むしろ親身になって聞いてくれるだろう。彼は頭の片隅でわかっているのだ。しかし、言えない。嫌われるのが怖い。もしかしたら、優しいからこそ、神楽小路の悩みを真正面から受け止めて、彼女まで闇に飲み込まれてしまうかもしれない。巻き込みたくない。そう思ったのだった。

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