第三十二話 パーティー1
「暑い……暑い……」
「桂咲、さっきからうるさいぞ。口を閉じろ」
「なんだよ。オマエだって暑いだろ」
「クーラーがついているとはいえ、暑いことは認める。だが口を閉じろ」
「暑いって言わなきゃやってられるかよ」
「心の中で留めろ」
「心の中に留めたら、心の中が暑くなる」
「ああ言えばこう言うだな」
後期授業は二限目の英語の授業から始まった。神楽小路と、その後ろの席の桂は目を合わすことなく、会話をしている。神楽小路は読書をし、桂は机に突っ伏し下敷きで扇いでいる。
「さっきからお前が作り出す風が俺の髪にあたって大変不愉快なのだが」
「あ? 下敷きで風作ってオマエにも届けてやってんだろ。むしろ感謝すべきじゃん?」
「頼んでいない」
「じゃあ、髪切って来いよ。いっそ坊主にしたら涼しいぞ」
「絶対に切らん」
「てか、暑くないの? 髪長くて、もっこもこで」
「お前に心配される筋合いはない」
「心配してねぇし。ワタシの隣のコイツだってくせ毛でもっこもこだけど、月一でカットしないと不機嫌になるぞ」
「突然巻き込まないでもらえますか? 僕は神楽小路くんと桂さんの口論を傍観者の立ち位置でいたいんです」
急に話題という名のリングに上がった駿河は、今度提出を考えている小説のプロット作りにかかっていた。シャーペン片手にルーズリーフと取っ組み合いをしている。
「駿河総一郎、お前が桂咲を止めない限り、俺は読書が出来ん。なんとかしろ」
「そう言われましても、桂さんが僕の言うことを聞くとでも?」
「……」
「……でしょう?」
「オマエら、ワタシのことどう思ってるのか言っていけよ。一発ずつ蹴りいれてやるからよ」
「おはよう、みんな~。久しぶりだ~」
ここで神楽小路にとって救いの女神・佐野真綾が席に着いた。タオルで汗を拭き取りながら、みなの顔を見渡す。
「今、楽しそうにお話ししてたけど、なんだか知らない間にみんな仲良しになったの?」
「おう仲良しだぞ! な! 神楽小路」
「お前と会話するのは今日で二回目だが?」
「二回も話してたらもう仲良しなんだよ」
苦虫を嚙み潰したような表情の神楽小路をよそに、
「楽しそうでなによりだよ」
と佐野は嬉しそうにしている。夏季休暇に入る前と何ら変わらない彼女の姿に神楽小路はどこか安心した。
「暑いから、なんかおいしいもん食べて元気になりたい」
「だねぇ。毎日暑いもんねぇ」
「暑すぎてなかなかキッチン立つのも嫌になるよな」
「うんうん、キッチンってなんで空調届かないんだろうね」
「だからといって、桂さんは僕の家にご飯を乞食しに来るのやめてもらえないですかね」
「お前は涼しい顔して料理出来てるんだからいいだろ」
「僕も暑い中頑張って自炊してるんですよ。……ああもう言い返すだけで暑くなります」
桂が突然何かひらめいたように手をたたいた。
「なぁ、ホームパーティーやろうぜ。ご飯食べて遊んだら元気が出るだろ。真綾は、少し遠いし泊っていけよ」
「泊っていいの? 楽しみ!」
「駿河は強制参加な」
「はいはい、了解です」
「おい、せっかく居合わせてるんだ。神楽小路も来るよなぁ?」
「断る」
「はぁ~残念だな。駿河も真綾も来るのによぉ」
「神楽小路くんもご予定がありますし」
大学内で話すならまだしも、わざわざ休みの日に会うのは気が進まなかった。
すると、
「わたし、料理作るよ!」
佐野は勢いよく挙手した。神楽小路、桂、駿河、教室にいた全員の注目を浴びる。視線を感じ、そろそろと手を下げて、
「咲ちゃん、泊めてくれるお礼にご飯つくるよ」
「え! それじゃあ、一緒に作ろうぜ。その方が楽しいし」
「だから、神楽小路くんも食べに来ない?」
神楽小路はようやく読んでいた本から顔を上げた。
「……参加する」
「やったー! 楽しみだね、咲ちゃん、駿河くん」
「どういう風の吹きまわしっつーか、手のひら返しつーかわかんねぇけど。じゃあ参加人数は四人な。いろいろ決めていこうぜ」
授業が始まるまでにトントン拍子で計画は進められていった。




