第三話 転機1
毎日登校し、授業を受けるということを今までやってこなかった神楽小路だが、自分で受けたい授業を選べることもあり、今のところ飽きることなく通学していた。
あの一件以降も誰とも交流を持つことはなく、いつも一人で行動していた。
そもそも誰からも話しかけられないし、話しかけ方もわからないどころか、話してみたいと感じる人もいない。
しかし、授業でよく見る顔がいることはだんだんと気づいてきた。
唯一名前を覚えた佐野真綾もいくつか授業が被っていることを知った。
友人たちと一緒だったり、一人で真剣なまなざしで授業を受けていたり。だが、あのペンケースを渡してくれた授業には佐野の姿はなかった。
なぜあの時、佐野はあの教室に来たのか。少し不思議に思うものの、彼女とは二度と話すこともなく、話しかけられることもなく、このまま卒業していくのだからと、些細な疑問は頭の片隅に閉まった。
転機が訪れたのは、ゴールデンウィークが終わった五月中旬であった。『マスコミの世界』という新聞報道に関して学ぶ授業中、男性教授の一言だった。
「では、二人以上のグループを作って、これから月に二回、喜志芸に関しての新聞を作って提出してもらおうと思います」
みながグループ作りの相談をし始め、賑やかになる教室。神楽小路は眉間に皺を寄せ、腕を組んでじっと時が過ぎるのを待つことにした。
(他人と一緒に課題なんぞ、自分のペースを崩されるだけだ。絶対にするものか)
と、強い意志を持って座っていた。
すると、急に視界に青いストライプのワンピースが目の端に入った。
「神楽小路くんはもうグループ決めた?」
声をかけてきたのは佐野真綾であった。彼女の大きな目が神楽小路をとらえているが、彼は視線を合わせることはなく、
「俺は誰とも組む気はない」
と、冷たい声色で言い放った。
「グループを組んでまでやらなければいけない課題があるとは知らなかった。俺は今日限りでこの授業を捨てる」
「そ、そこまで深く考えるような……」
「一人がいいんだ。放っておいてくれ」
「でも、せっかく取った授業だし、もしかしたらこの授業を捨てたから、単位が足りなくなって卒業できなくなるかもしれないよ?」
「まだ一回生だ。やりなおしは出来る。たとえ、この授業の分の単位を落としたことが原因で卒業出来なかったとしても、そういう運命だったと受け入れる」
「そんなぁ」
「そういうわけだ。他を当たってくれ」
佐野はあからさまに肩を落として、席へと戻っていった。
どうやらこの授業は佐野一人で受けているようだった。
だから、同じ学科で顔を知ってる神楽小路に声をかけたのだろう。
(あいつがグループを組めなかったとしても、今日以降この授業に出ることはない俺には関係ない)
神楽小路は目を背けた。