第二十九話 困惑5
三限目の授業は結局休み、小説を細かく修正した。今期最後の授業である四限目は出席しようと図書館を出ると、
「あ、神楽小路くん」
ハードカバーの本を胸元で抱えた佐野真綾が立っていた。予想もしてなかったことに神楽小路は固まりながらも、
「なんでここにいるんだ?」
無理やり言葉を絞り出した。
「本の返却だよ。今日返さないと期限が切れちゃうから」
「ああ……なるほどな」
「わたしはもう授業全部終わりだけど、神楽小路くんはこのあと授業?」
「ああ、四限の教室へ行こうかと……」
その時だった。神楽小路の腹から音が鳴り、静かな廊下に響き渡る。慌てて手で腹を押さえるが、後の祭りだ。
「お腹空いてるの?」
「……食べ忘れた」
「え⁉」
驚いて大声を出す佐野を無視して、階段の方へ向かう。
「だが心配は無用だ。俺は授業に……」
「いやいや、それは大ごとだよ! ご飯食べ忘れるなんて……。今からでもご飯食べに行こう!」
「授業が控えている、かまわん」
「そんなの途中でしんどくなっちゃうよ! 外は暑いんだから! 熱中症なるよ⁉」
そう言いながら彼女に腕を掴まれる。小さな手だが、力は強い。
「授業を休んで良い訳ないだろう」
「神楽小路くんが倒れちゃう方が良くないに決まってるでしょ!」
「なっ……」
神楽小路は言葉を飲み込んだ。本当は訊きたかった。「なぜそこまで俺を気にするのか」と。しかし、いつも笑う佐野が眉間に皺を寄せ、強い語気で、本気で怒っているのを見てしまったら何も言えなかった。
「すぐ本返却してくるからそこで待ってて!」




