第二十三話 七夕週間3
食堂を出ると、みな、廊下の全面張りの窓から外を見ていた。大きな雨粒が窓を叩く。
「えー! 雨降ってきたの……。予想だったら雨は降らないって言ってたのに」
そう言いながら二人で階段を降り、出入り口へ向かう。学生たちが服や肌についた水を払ったり、止むのを待っている学生もいて混雑している。
「雨おさまるの待ってたらさすがに遅刻しちゃうね。どうしよ……」
「佐野真綾、次の授業はどこだ」
「八号館だよ」
「俺も八号館だ。一緒に傘に入れ」
神楽小路は黒の折り畳み傘を取り出す。
「いいの?」
「かまわん」
傘の中に申し訳なさそうに佐野はうつむき、傘に入った。そんなに大きい傘ではないのもあり、彼女の体半分以上が外に出てしまう。
「もう少し中に入れ」
「それだと神楽小路くんが濡れちゃうから」
神楽小路はためらう佐野の肩を持って、ぐっと体を引き寄せた。佐野は少しよろめき、神楽小路の服の裾を掴む。
「俺のことは気にしなくていい」
「あ……ありがとう」
香水なのか、整髪剤なのか、甘い菓子のような匂いが香り、触れている部分に彼女の熱がゆっくりと伝わる。浴衣姿を見た時に似た、胸のざわめき。
(俺は何に動揺している? 横にいるのは佐野真綾だ。少しいつもより距離が近いだけではないか)
佐野を見る。三日月のようなカーブを描き上向く長い睫毛。ふっくらとした唇に丁寧に置かれた紅。思っていたよりも細い二の腕、柔らかな感触。まじまじと見れば見るほど、鼓動が早くなる。神楽小路は首を小さく振って、視線を外した。
普段なら一分もかからず移動できる距離だが、佐野の歩幅に合わせると、到着まで時間を要した。
「あ、肩が濡れちゃってる」
佐野は神楽小路に持ってもらっていたリュックのポケットから小さいタオルを取り出すと神楽小路の肩に優しく押しつける。
「たいしたことはない」
佐野と視線が合うも、神楽小路はスッと逸らした。さっきの感触や熱がまだ残っていて、顔を見るのは恥ずかしさがあった。
「お前は三限からこのまま八号館か?」
「うん。四限までここだよ」
「俺と同じ流れか。では、四限が終わったらここで落ち合おう。雨がまだ降っているようならまた傘に入ればいい」
「うん、わかった」




