第十六話 変化4
翌日、授業が終わって教室を出ても佐野の姿がなかった。この曜日は互いに違う授業のため、登校しているのかどうかわからない。いつもならドア出てすぐのところに佐野が立っているのだが、彼女らしき人影はなかった。何をするわけでもなく立っていると、後ろから肩をたたかれ、驚いて振り向く。
「神楽小路くん、お待たせ! 授業ちょっとおしちゃって。今日は中華屋さん行こう!」
いつもの声と笑顔にどこか安心した神楽小路は、あえて無関心を装って、
「どこでも好きな食堂にすればいい」
と言った。
中華屋は店名がないため、みな「中華」「中華屋」「中華食堂」と好きに呼んでいる。中華料理専門店は喜志芸には一軒だけゆえ、どう呼ぼうが大体の学生に通じる。二食のある総合体育館の一階、店内はやや薄暗いが、鍋とコンロがぶつかる音、学生の声でにぎやかである。
佐野はイカやタコなどの魚介とキャベツ、にんじんなど野菜が山盛りの「ちゃんぽん麺」、神楽小路はちゃんぽん麺に負けず劣らず野菜の量が多く、揚げたての豚のから揚げが甘酸っぱいタレと合う「酢豚」を注文した。
「次の記事からは神楽小路くんも書いてもらうからね」
「わかっている」
そう言うと、神楽小路はカバンから黒い革のカバーがかけられている手帳を取り出した。中は罫線が引かれたややくすんだ白のページが続いている。いつぞや父親からお土産としてもらい、昨日まで自室の引き出しの中に入れたままにしていたものだった。
「俺も感想はこれに書いていく」
「いいねいいね! やっと神楽小路くんもやる気出してくれてうれしいなぁ」
「一度提出してしまったからな。もう授業を捨てることが出来なくなってしまった。やるしかないだろう」
佐野は満面の笑みでつるつると麺をすすった。




