第十四話 変化2
(気にすることはない)
神楽小路はそう言い聞かせた。しかし、いつもと様子の違うまま放置しておくのも、寝つきが悪くなる気がした。だが、追いかけてわざわざ首を突っ込むのか? と、心の中で葛藤したのち、数分遅れで神楽小路は食堂を出た。
(あいつは次の授業、どこの棟だっただろうか……)
そう思いながら歩いていると、突然振った炭酸水のペットボトルを開けた時のように、水が勢いよく出る音が聞こえて、神楽小路は思わずそちらを見た。
音楽学科が主に使っている棟の前に、「ドレミの広場」と呼ばれるコロシアムのような半円形型の広場がある。その広場の一番下は水に囲まれたステージになっていて、新入生歓迎会や文化祭などで演奏会が行われる。演出の一部で使えるように噴水が設置されていて、その噴水が噴射した音だった。階段は客席も兼ねてあり、そこの一番上の段に座ってぼんやりと噴水を眺めている女性がいた。見覚えのある後ろ姿に神楽小路が近づくと、足音に気づき、その人は振り返った。
「び、びっくりした! 神楽小路くんか……」
佐野の横に神楽小路は座る。急にやってきて、特に何も言ってこない状態に少々戸惑うも、佐野はゆっくり口を開いた。
「神楽小路くんはすごいね。教授間で話題になってるって」
「書いてないと見つかって怒られるということもよくわかった」
「一回生にして唯一無二の存在になってて、羨ましいよ」
「そこまで言われるような存在ではない。ただの学生の一人だ」
「すぐ言い切れるところも……すごいよ」
そう言うと佐野は顔を伏せた。髪が顔にかかり、カーテンを閉めたかのように彼女の表情を隠す。
「芸大って、みんなそれぞれの道のプロになりたくて、たとえ自分が目指していた世界じゃなかったとしても『特別な何者か』になろうと思ってる人が大半で。だからさっき神楽小路くんが言われたような誉め言葉を受けたら、それだけで調子に乗っちゃうと思うの」
言葉を紡ぐたびに佐野の声が、身体が、小さく震えだす。
「反対に、わたしは今日言われた通りで。『インパクトがない』、普通、平凡、無個性とか。言われ慣れてたから、もう大学生だしって思ってたけど、やっぱり、何度言われても気にしちゃうんだよ。何をしても、いつも認められるのは横にいる子だった。小説は一番自信があったけど、ああやっぱりそうなんだって……。わたしはいつも祝福する側で、いつまで経ってももがき続けるしかない。悔しい……」
大きな涙の粒が落ちていくのが見えた。子どものように手の甲で乱暴に拭く。
「こんなことで何度も泣くのもバカみたい……」




