第十一話 転機9
(食事、創作一つで感じ方が違うとは……)
神楽小路にとっては「不要」と思う食事であっても、佐野にとっては「必要」な事項で、つらく悲しい時の支えとしていた。
小説に関しても、楽しいとはいえ自分の感情を吐くため、自分のために書いている神楽小路は、読み手について深く考えたことはなかった。大学探しの際も、自分が好きで出来るのは小説を書く、それだけだと思ったからだ。大学に入学するまで、人に作品を読んでもらうということがなく、読み手という存在のことを、佐野の一言でようやく浮かんできたような気もする。だが、もし、自分が書いた作品を読んで「元気になった」と、また反対に「不愉快になった」と感情が揺さぶられた人がいたとしても、神楽小路は興味がない。
様々な学科の学生とすれ違う。どんな希望と夢を持ち、または神楽小路のように漠然と「好きだから」を理由にこの大学にやってきたのだろうか。
(いろいろ考えすぎた。佐野真綾といると、ペースを乱される)
教室に到着すると神楽小路は後方窓際の席に座り、頬杖をついた。
(あいつも考えが違う俺といてどこに楽しさを感じているのだろう)
あくびをして、パラパラとノートを見返していると、隣に誰かが座った。特に気にも留めず、授業開始を待っていると、
「すいません、神楽小路くん」
声をかけてきたのは先ほど隣に座った男性だった。黒髪のややくせ毛、細い黒縁のメガネをかけている。服装は、きれいにアイロンがけされている白いシャツにデニム。どこか幼さの残る大きな黒目が特徴的だが、どこにでもいそうという感想を持ってしまう。だがしかし、なぜか見覚えがあると神楽小路が首をかしげていると、無表情ながらもあわてた声色で、
「僕は、君と同じ文芸学科一回生の駿河総一郎です。英語の授業では斜め後ろの席ですね」
「あぁ……」と、既視感の謎が解けて、納得してから、
「何か用か?」
「申し訳ないのですが、教科書を忘れてしまいまして。一緒に見せてもらえないですか?」
「それくらいかまわんが」
「ありがとうございます。あまり教科書を使う授業ではないですが、たまに教科書の図を見てご説明されるので」
「うむ、たしかに」
教科書を二人の間に置く。しばし、沈黙のあと、
「先日、神楽小路くんが提出された小説、読みましたよ」




