#3 初の異世界物語と生みの苦しみ
「……スコヤカナルトキモ、ヤメルトキモ。アナタハ、エイエンノトキヲ、チカイマスカ?」
「は、はい……ち、誓います……」
それから一週間後。
史人は両親や、澄子・香美・韻香に見守られながら慎ましやかだがミルフィーとの結婚式を挙げた。
後で知ったことだが、史人の両親も最初は戸惑いつつも。
息子自身が望んだということと、何より大金を積まれたこともあって結局は了承したのだという。
「(まったく……金に目が眩むとはなあ! つくづく俺の両親て……ん?)」
史人がそんな両親を軽蔑していた、その時だった。
――さあ……着いたぞ、インカリア王国に!
――むむ……カータル王国の奴らか!
「ぐ!? な……うぐ! あ、頭が……」
「!? ふ、史人!」
「な、そんな!? まさかこれは……悪阻!?」
突如として頭痛を覚えた史人は、その場にしゃがみ込み。
両親が戸惑う中、香美をはじめとするペンデルトン家の面々は気づく。
「お母様!」
「ええ……式は中止!」
「ベオルフ! あいつを控室まで!」
「はっ、お嬢様!」
◆◇
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◆ユニブルサル戦記
「さあ……着いたぞ、インカリア王国に!」
「むむ……カータル王国の奴らか!」
ユニブルサルの西側諸国のうち、インカリアとカータルでは。
今、決戦の火蓋が切って落とされようとした。
「……全軍、描き歌の詠唱用意!」
「はい!!」
カータル王国側は、描き歌を詠唱し始める。
魔法字陣の描き歌
攻め側
我らは円環を描く
世界の黄昏 空を血のごとく赤く染める
顔をも赤く染める 怒りの色だ
染まった空に鳥一羽
やがて空の夕日は地平線に沈み
空には蝙蝠一匹
されど怒り収まらず
腕を振るい
武器を取ったら攻撃魔法発動!
「ぐああ!」
「し、将軍! カータル王国の奴らが!」
守り側
我らは円環を描く
世界の黄昏?
いや貴様らのみの黄昏だ
貴様らに滅ぼされる我らではない
見ろ空の色を
貴様らの黄昏を表す赤だ
そこへ烏が一羽飛び
更に、今度こそ夕日が沈まんとする
それを見送らんと、烏がもう一羽
盾携え、我らは防御魔法を発動する!
生意気な
我らが攻撃魔法の前にひれ伏せ
ふん、それしきか
口ほどにもない
我ら、盾を
槍に持ち替えて
攻撃魔法に転ず!
くう、生意気な
今に見ていろ我らがぐああ!
ははは、思い知ったか――
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「……ん? あれ、ここは」
「目が覚めたみたいね……控室よ。」
「ん! こ、香美ちゃん……」
目を覚ました史人の傍らには、香美の姿が。
眠っている間には、ずっと頭の中に先ほどの物語が浮かんでいたのだ。
「お、俺は……」
「おめでとう、あんたは受胎したのよ物語を! さっきのは、それによる悪阻よ!」
「つ、悪阻……!? あ、あの妊婦さんがオエってなってる奴!? な、何でだよ! 俺は男だろ?」
「それが、ミルフィーの夫たる者の宿命よ。」
「え?」
香美のその言葉に、史人は戸惑うばかりである。
「人間の夫が、子供を産むのに妻の腹を借りるなら。ミルフィーの夫は、むしろミルフィーが子供――異世界物語を産むためにその頭を腕を借りられるの。」
「ま、まじか……」
史人は自分の頭に手を当てる。
なるほど、先ほどまでの夢はそういうことかと。
「くっ……この痛みが、悪阻なんて」
「さあ、悩んで悩んで……あんたは男でしょ?」
「は、はい頑張りま……え? 俺が男だから?」
史人は香美の言葉に、首を傾げる。
自分が男であることと創作に悩むことに、一体何の関係があるのか?
「女は文字通り腹を痛めて子供を産むけど、男は少なくとも自分では腹を痛めない。だから仕事やその他の趣味や何かで成果を上げて名を残すことで、その代わりと言っては何だけど生みの苦しみを味わおうとするらしいわ。」
「は、はあ……な、なるほどなあ。」
史人は、今一つ釈然としないまま頷く。
「生みの苦しみ、か。……あーあ、かなり頭が痛いなあ。」
彼は未だに痛む頭を押さえた。
◆◇
「(くっ! 頭痛が止まらないが……これも、悪阻か!)」
史人は、高校にいた。
家出して、少しの間は休んでいたのだが。
さすがに不登校を続ける訳にはいかないと、こうして出て来ていた。
――ミルフィーは屋敷外への持ち出し禁止だから、学校へは持っていけないけれど……あなたとの"繋がり"は保たれたままだから! 間違えても、同じ学校の女の子に浮気したりすんじゃないわよ?
「(浮気、ね……)」
出る際、香美から釘を刺されたことである。
しかしそんな香美の懸念を思い返す様とは裏腹に。
史人の視線には。
「史……いや間違えた二出! 家出したって聞いたけど、大丈夫なの!?」
「あ……り、理子いや、大黒……」
自分を振った幼馴染、大黒理子が。
「い、いいだろ別に。お、お前には関係な」
「もう、何それ! せっかく心配してあげたのに!」
「うるさいな……うっ!?」
理子と話す史人だが、そこへ頭痛が襲う。
またも、悪阻だ。
我らは円環を描く
世界の黄昏 空を血のごとく赤く染める
顔をも赤く染める 怒りの色だ
染まった空に鳥一羽
やがて空の夕日は地平線に沈み
空には蝙蝠一匹
されど怒り収まらず
腕を振るい
武器を取ったら攻撃魔法発動!
「(は、はあ……まったく、またこれか……)」
「ど、どうしたの史人」
「だ、大丈夫だって……ち、ちょっと保健室に行って来るわ。」
またも史人の頭には、物語がちらつき。
悪阻に、苦しむ。
◆◇
「絵描き歌か……魔法陣の絵描き歌を物語にねえ……少なくとも、俺は見たことないかな。」
保健室でベッドに横たわり。
史人は天井を見つめながら、尚も頭の中をぐるぐると回る魔法陣の絵描き歌について考えていた。
「でも! 絵描き歌って元の絵知らない読者には伝わらないし……ああ、どう表現したらいいんだ……」
史人の悪阻の原因は、この部分であった。
と、その時。
ピロピロ!
「!? スマホから……ん! これは……」
聞いたぜ、女の子に振られたショックで保健室に今いるんだって?
お前も見かけによらず繊細なんだなw
(′yy`)
それは友人からの、メールだった。
「まったく、どいつもこいつもうるさいな……大体何だよこの顔文字い! どういう感情だよ……ん?」
が、その時だった。
「顔文字……そういうことか!」
「うわ! ちょっと、保健室は静かにするものよ!」
「……はい、さーせん!」
史人は保健教諭に怒られながらも。
頭痛――悪阻が既に引いていたこともあり、気分は晴れやかだった。