多くを語るは猫のみならず
「おい、そこのぼうず」
僕はびっくりした
ボスに話しかけられたからだ
ボスはここら辺一帯の縄張りのリーダーの野良猫だ
猫に話しかけられた事自体無い
「おい、聞こえてんのか?」
ボスはびっくりした僕に家の塀の上から声を掛ける
僕よりも若干、高い位置にいるので、自然と見上げるようになってしまう
「き、聞こえてるよ
驚いただけ」
「そうか、ならいい」
僕の答えに満足したように肉球を舐める
その柔らかい肢体の上で滑らかなウェーブを起こす毛並みが堪らない
野良なので、毛艶は良くないが、猫の可愛さとは存在そのものなのだ
「なんで、この俺様が人間如きに話し掛けてやったか分かるか?」
僕は素直に首を横に振った
少しも考えない僕をボスは気に入らないようだった
「ったく、これだから、緩い室内育ちは
少しは頭を使え」
ボスは凄くーー僕の知っている中で、口が悪いが、僕は猫が大好きなので、勘に触る事はない
ボスの時たま揺れる耳先とその小さな頭を撫でくりまわしたいな〜とばかり考えてしまう
ボスは続けた
「お前も知ってるとは思うが、俺はここの猫共のトップでな、何か争い事があると、俺が出ていかなくてはならん」
「うん」
「まあ、大体は解決するのだが、ごく稀に俺様の頭を悩ますような事件が起こる」
「つまり、なにか問題ごとが起きたから、僕に手を貸して欲しいってことだね」
猫の手ならぬ人間の手を借りたいって奴だ
「よし、察しがよくていいぞ」
ボスは目を細めて、嬉しそうに喉を震わす
「僕は何をすればいいの?」
うずうずしていた
彼のしなやかにうねる尻尾に触りたい
「まあ、待て、落ち着け
急いだって、いいこたぁない」
ボスは余裕があって、猫特有の品があった
流石は、ボスだ
僕は感心していた
「まずは、現場に向かおう
奴らにも会わせたいしな、事件の話はそれからだ」
「奴らって?」
腰をあげたボスに聞く
ボスは僕に一瞥を与えて言った
「勇ましい馬鹿共だよ」
X
ボスに案内された所は広い公園の橋にある空き地のような所だった
そこには既に何匹かの猫が集まっていた
彼らは僕たちの登場に気づいた
「ボス!そいつを連れてきたんすか?」
「なんだ、不満か?」
「いや、だって、そいつなんかしつこいから嫌なんすよね〜
すぐ触ろうとしてくるし」
「わかったわかった、
おい、ぼうず
ここにいる間は無闇と俺たちに触るんじゃあない
それと、今度から俺たちに触りたいと思った時には、ちゃんと、相応の献上品をよこせ」
「献上品って?」
茶トラを宥めかし、ボスは僕に言った
「そりゃあ、食いもんだろ
何だっていいさ、体に悪くなきゃな」
「俺は、あれがいい!あの平たい四角から出てくる上手い奴!
偶に近所の女がくれるんだ!!」
「静かにしろっ!
ったく、舌に肥えやがって
俺が若いときゃなぁ
「と、ところで事件って?」
ボスが長くなりそうなのだ、慌てて間に入る
そういえば、そろそろ観たいテレビが始まる時間だし、あんまりのんびりもしてられない
「おう、そうだったそうだった
ほら、ブチ話してやれ」
ブチと呼ばれた猫ーー彼の体は一色に覆われていたがら何故かそう呼ばれていた、違う由来なのだろうか、が前に出てくる
「へぇ、それではあっしが話させていただきやす」
やけに特徴のある話し方だな
「事件の始まりはいつものように、ここで討議会をしていた時の事でした
(以下、ブチの話)
日の議題というのはころころ変わるもんですが、まあ、初めは地域のネズミの大移動に関して、その後はちょいとボスのマタタビ酒の味がおちたんじゃねぇーおっと、いけねぇ、違います違います、ーーっまぁ、いろいろと談義していたんですがね、その日に限ってはそれに辿り着くと酷く熱中しましてね、それからずっと同じ事について熱く弁論を交わしていやしてね、いやー、盛り上がった盛り上がった
あっちから、そうじゃねぇ、こっちではなにおうと、大変有意義な会議だったんですがね、次第に喧嘩腰になっちまいまして、まあそれはいつもの事です
ここらは、みんな血の気の多いやつが集まっておりますから、当然の成り行きです
でもって、さぶろーが我慢ならねぇと言いだしました
「俺は自分よりも下の野郎どもに見下されんのが何よりもすかねぇ
俺にはお前ら如きじゃ束になっても敵わねぇようなすげぇ話を知ってるんだ」
そんな頃にはもう何について話していたのかけろりと忘れちまっていてーーこれもいつもの事です、周りの奴らもてめぇごときのちっぽけな脳みそでできるもんならやってみやがれと囃し立てたのでさぶろーはいよいよその目ん玉を飛び出そうとばかりに意気込んで話し始めたのです
ーーそれは確かに奇妙な話でした
「俺は、乳飲ませてくれた母ちゃんの顔も覚えちゃいねーが、あいつの奇怪な姿とあの音だけは一生忘れるこたぁない
いや、あれが俺たちと同じ生き物なのか、それとも、この世ならざる物なのかはしらねぇが、一つ確かな事は、そいつの気味の悪い事、この上ないって事だな
ーー(ここで一旦さぶろーは周りの面々の興味が惹かれた確認し満足そうに続けた)
俺がそいつを見かけたのはもう日も暮れて辺りが暗くなってきた時のことだ
いつもはその時間はもう寝床に戻っているんだが、その日は狩の相手が悪くてな
あっちはちょこまか、こっちへちょこまか、すばしっこいのなんのって、俺も興が乗っちまって、あっちへほいほい、こっちへほいほい、なんってなぁやってたら、いつのまにかもうお天道様は沈んでるってんだぁ、やい!お前、ちげぇぞ、そいつはしっかり俺の腹ん中だ
(茶々を飛ばす猫にさぶろーは意気込んだが、その様子だと、真相は如何にであった)
ーー話が逸れたな
俺がマキ婆さんの家の石塀を歩いてる時だ
その日は妙に風が生温いような感じがして体が火照ってたなぁ
こんな日にゃあ、ボスから貰ったマタタビ酒をくいっと一杯やりてぇなあって思ってな、早く帰るかとおもったんだが、その時、不気味な音が聞こえた
何かくぐもったような、鈍い悲鳴のような声が大きくはないが俺の耳に確かに届いた
その声の恐ろしい事、何か悶えるような苦しみから逃げ出そうとしているような、そんな地獄の亡者共みてぇな声でな
俺はつい、そちらへ目を向けちまったんだ
(さぶろーは間を溜めて面々を見渡した、皆がごくりと唾を呑み込んだ)
最初、俺はそれが何なのかよく分からなかった
今でも、正体については知らんが、暗がりの中目を凝らしてみると、そいつは俺よりも大分、高い位置でマキ婆さんの屋根の中腹辺りにいた
まず、腹がでっぷりと膨らんだ胴体が見えた
そいつは、上に伸びていて首元はすっと締まっていたな、毛皮の動きが見えねえからありゃ俺たちと同じ類の生き物じゃねぇな
しかし、そんなこたぁちいせぇことなんだ
世の中ひろし、毛のねぇ連中だって五万という
問題はな、問題はなぁ
その締まった首元の上にあるはずのものがねぇって事だ
ーーあぁ、そうだよ、頭がねぇんだ!
どんな奴だろうと頭がなくちゃあ生きてけねぇ
少なくとも俺は頭の無い生き物を見たことがねぇ
俺は度肝を抜かれたね
しかし、お前らと俺の違いっていうのは、こういう時冷静な判断ができるってことだ
ふと、俺は以前、通りすがりの旅猫に聞いた事があるんだ
なんでも、そいつは首がない鳥らしい
ーー梟ってな、頭と胴体が一緒になってるらしい
あ?そいつも毛がないのか?だって?うるせぇ、んなこと俺が知るか
そん時の俺はそれだ!こいつが梟なんだって思って、てぇことはと思って意識してみたら、やっぱりそうだ、黒々とした感じで闇に溶けていたから気づかなかったが翼がある
鳥どもには必ず喧しくて、物も持てねぇ翼があるからな
だが、梟って奴は頭の上から羽根を生やしてんのかと思うと、まるでタンポポの綿毛みてぇな野郎だなって思ったがよ
そして、チラと胴体の下から伸びる2本の棒を見たんだ
しかし、そいつは鳥のそれじゃあなかった
遠目だったし、何より暗がりだったからシルエットしかわからんかったが、あれは獣、俺たちと同じような脚をしていた
ーーこいつは、鳥じゃねぇ
っことは梟でもなんでもねぇ
俺はつまり、あっちゃいけねぇもんに出逢っちまったと悟った
恐怖で固まった俺を更に翻弄するかのようにそいつは急に異様な動きを見せた
そいつはまるで自分の体を引き伸ばそうとするかのように上下に動き出した
そして、一瞬動きを止めたかと思いきやその胴体を屋根の瓦目掛けて何度も何度も叩きつけるんだ
理由なんてわからねぇ
でも、その鬼気迫ったような歪な動きが何度も繰り返されるうちに俺はこれを最後まで見ちゃいけねぇ、こういうのは、さっさと逃げねぇととんでもねぇことになるって漸く動くようになった脚を引っ叩いてその場を飛ぶような速さで後にした
しかし、いつまで経っても耳にはあの音が残ってたよ
あいつが身体を瓦にぶつけるたびに生き物の暖かみも感じねぇ、
カツーン、カツーンっていう音がな」
こう括って、さぶろーは満足そうに顔を歪めました
みんな、さぶろーの語り口に飲み込まれていやしたからね
しかし、一匹二匹と現実に戻ってきて、おお、さぶろー、中々上手い法螺話だったぜなどと口々に言うもんですから、サブローの顔は真っ赤に(これは比喩です)染まりましたねぇ
しかしながら、あっしの隣にいたコヅメだけは何にも言わずガタガタと小さく震えておりやして、あっしはコヅメが真に受けて怖がっちまってるんだと思って声を掛けたんでさぁ
「おい、コヅメ、さぶろーの言うことなんか気にするな、どうせあいつのいつもの誇張だよ
あいつは、そこらのネズミ捕まえたって窮鼠を退治したなどと言う奴だぞ」
とまぁ、言ってやったんですが、あっしが声を掛けてやった時のあいつの顔がなんとも怯えててこれは、可笑しいぞと思いましてね
「お前、もしやあの化け物のような奴を知ってんのか?」
と聞きましたところ、まるで足元が焼け石のようだったかのように飛び上がりまして、周りのみんなもコヅメの挙動不審に心配しましてね
おい、大丈夫か、なんの声を掛けましたがーー基本的に根は良い奴らですからね、コヅメは血相を変えて
「僕はもう寝床に戻ります、少し体調が優れないので」ってそそくさ帰っちまって
それから、この討議会にも顔をださねぇんですよ
俺は、もしかしたら、サブローの話は本当だったんじゃねぇかと思うと、そんな化け物がこの地域にいるなんて身震いで夜しか眠れねぇあまりです」
ここで、ブチは一旦言葉を切った
時刻はもう既に夕暮れになりかけていて、近くでカラスの鳴き声がする
「と言う事だ、ぼうず」
「え?うん」
突然、ボスに話しかけられて僕はどぎまぎしてしまった、すっかりブチの話に夢中になっていたからだ
「俺はここのトップとして、そんな奴がいるのなら、退治せねばならん
ーーしかしだ、俺はそいつを見たことなんてないし、なんなら、目撃猫はサブローと多分コヅメぐらいだ
圧倒的に情報が足りねぇ、そこでだ、お前の出番だ
お前にはそいつの正体や弱点を知る為に働いてもらいてえって言う話なんだが」
「うん、もちろんいいよ」
ボスに頼られるなんて光栄だ
それに、そんな化け物、猫だけじゃなくて僕達人間だって怖い
そのまま放置しておくことなんてできやしない
僕が頷くと、どこかの茂みがわしゃわしゃと音を立てて一匹のまばら色の小柄な猫が現れた
「おいっ!コヅメ、お前心配したんだぞ」
「すいません」
周りの猫達が新顔に声を掛ける
どうやら、彼が例のコヅメらしい
コヅメは仲間達に挨拶を返すと此方をちらりと見つめーーそりゃあ、人間の僕がいるのだから気になるだろう
コヅメと猫達がにゃあにゃあ言っている間にボスが僕に話の続きをした
「ーーだから、あいつらにそれを聞いてほしいんだ」
「え、それってこの事と関係あるの?」
「勿論だ、俺の中ではもう大体の見当はついてるんだ
あとは、裏付けるような証言がありゃあ、俺はもう腹を決めるぜ」
「そう、わかった」
「なるべく早く決着をつけたい、今すぐ頼む」
僕が用を為しに離れるとコヅメはボスに近づいた
「よう、コヅメ、なんだ元気そうじゃないか」
「ええ、ご心配おかけしました」
「今、ちょうどこの前さぶろーの話してた化け物についてどう対策をとるか話していたところなんだ」
「そうだ、そうだ!そんな化け物、俺たちの爪の餌食にしてやる」
「安心しろよ、コヅメ、俺たちゃあ、腕だけにゃあ自信がある」
外野がわんさかと盛り上がっている
特に、サブローは俄然張り切っている
「今度こそ、あの化け物を退治してやるぜ」
話に聞く限り、退治の「た」の字も無かったが、彼の中ではそうらしい
「その件ですが、僕はお話があるのです」
「ほう?」
ボスは興味深そうに目を細めた
その立ち振る舞いといい、謎の威圧感、貴族然を感じるボスは明らかに他の猫達と違う
コヅメもボスのねじ伏せるわけではない一種の人をーー猫を魅了する気迫に言葉を切ったが、決心を決めたように話始めようとしていた
「皆さん、あいつを退治しようなんておしゃってますが、そんな事は考えちゃいけません
(以下、コヅメの話)
僕はあいつの事をよぉく知っています
皆さんはここに来たばかりの僕を歓迎してくれたから、話しますが、あいつの事を無闇に口にしない方がいい
あいつはその話を聞きつけて現れるのです
僕の前にいた地域はそれで酷い目にあっています
僕もそれがあったせいで、そこを後にしてこうして皆さんとお会いできたので、不幸中の幸いという奴なんですが、しかし、皆さん、奴に関わろうなんて思っちゃいけません
あいつは、化け物です
奈落の底から這い上がってきたこの世に居てはならない存在なのです
奴は魔を滅する太陽の光が消えた暮夜に行動を始めます
そして、サブローさんの見た上下に引伸びようとする動き、それはそんな生易しい物ではありません
あれは、自分の身体を引き裂こうとしているのです
あいつの中にはあらゆる災厄が詰まっていて、あいつはそれをどうにかして自分の体から追い出したくて自傷を繰り返すのです
そして、それが無理だと知ると、今度は自分の身体を砕こうとして例の音を立てるのです
もしも、サブローさんがあれ以上奴を見ていたら、本当に危ないところでした
あの音の最後まで聞いてしまったら、僕の前にいた所と同じような目に遭ってしまいます
災厄が気味悪いムカデのような形のそれらがそこから溢れんばかりに飛び出すのです
ーーあいつは、誰かに認識されないと存在できないようなそれ自体はちっぽけな物です
己の中で暴れ回る災厄に苦しむ声を上げて、誰かに認識された時、あいつはそれらを外に出そう外に出そうと腑を裂こうとするのです
いいですか?あいつの正体を追おうなんてそんな恐ろしい事はやめてください
放っておけば、害にもならない奴です
しかし、あいつの事を知ろうとすれば、一体それほどの認識を持たれたあいつがどのような被害を及ぼすのか、僕には分かりません
あいつの事など忘れてしまうのが、1番の退治なのです
安全策なのです
僕はあいつに実の兄弟を殺されました
僕は危機一髪あいつの魔の手から災厄達から逃れました
ーーあんな無惨な死に方、皆さんの身に起こるのを僕は見たくはないのです
お願いします、僕は自分の危機を犯して話しました
こう話している間にもあいつが僕の元へ現れるんじゃないかとビクビクと怯えながらです
皆さん、僕の勇気を買って、どうかあいつの事は無かったことにしてください」
コヅメが、話終わると一同は沈黙を持ってそれに応えた
彼の気持ちの入った演説に誰もがもうそいつを倒そうなんて気概を持たなかった
コヅメは周りを見回し、その大きな目を潤ませて、「ありがとう」と小さく呟いた
と、その静寂を破るかのように足音が聞こえる
皆がびくりと身体を震わせて体の毛をいからせて此方を見た
ーー僕だ
みんなが、さっきまでのにゃあにゃあ騒ぎをやめて静かにしょぼくれている中、用事を済ませた僕がはぁはぁと息を切らしながらやってきた
ボスが僕をちらりと見る
周りの猫達はみんな項垂れているのに、ボスだけは変わらず平然としてそこに座っていた
「悪いが、ガキンチョ、今回の件は忘れてくれ」
ブチが僕に声を掛ける
「はぁはぁ、えぇ、どうして?」
コヅメの話を聞いていない僕は血気盛んな彼らの突然の戦意の喪失に驚いた
「いいから、忘れるんだ!
無事に家に帰りてぇなら金輪際、あれの話はするなっ!!」
サブローがくってかかるように僕に吐き捨てた
彼が1番怯えているように見えた
しかし、唯一余裕を保っていたボスだけは違った
「おいおい、お前らなんだその有様は
これが、荒くれ者の集まりと言われた青嶋地区ーー僕の住んでいるところだ、の猫共か?
まったく、聞いて呆れるぜ」
「だっ、だってボス、相手は俺たちの手には負えませんぜ
命を投げ捨てるなんて行為、それはプライドでもなんでもありません
生きる事が俺たちのプライドなんでさぁ」
猫達が口々にボスに懇願する
どうやら、ボスの指示が絶対で、ボスがやれと言ったら、従わないといけないようだ
ボスはしばらく猫達の訴えを聞いていたが、突然大きな声を出した
「うるせぇっ!」
一同はまた、水を打ったようになった
「ったく、いい成猫が揃いも揃って馬鹿をみやがって
おいっ!ぼうず、それで用事はどうだった?
ちゃんと聞いてきたか?」
ボスが僕に声を掛けて僕はみんなの視線を一気に集めた
一斉にあのまんまるの目に見つめられると、愛くるしいような少し怖いような…
「うん、たしかにいたらしいよ
新しい王冠を手に入れた、蒐集家が」
「おい、あいつを追えっ!!」
え、という声が出る前に僕らの前からコヅメが消えた
見ると、もう遠くの一軒家の屋根の上にいる
ボスの声に一切にみんなが走り出す
ボスも一緒になって走り出す
しなやかに身体を揺らす野生の彼らに僕が追いつける訳もなく僕は敢えなくその場に放置されることになった
僕は見たかったテレビをすっかり見逃した
X
「おい、ぼうず」
この前と同じようにボスに話し掛けられた
場所もこの前と同じ僕の頭上からボスが僕を見下ろす
「この間は、悪かったな」
「本当だよ、僕あれからずっと気になってたんだから、一体、コヅメくんはどうしたの?それに、あの化け物はどうなったの?なんで、王冠の事なんて聞いたの?僕、全然分かんないよ」
「まあまあ、落ち着け
今回の事を説明するのには順序がいる
それに、元々俺とお前じゃ持っているカードが少なかったのさ」
ボスは一旦言葉を切って塀の上からひらりと飛び降りた
僕の足元にいるボスはとても小さくてとても、あの存在感のある生き物とは思えない
しかし、ボスはボスなのだ
「着いてこい
歩きながら話そう
ついでに、今回の勤労者には礼をしなくてはな」
X
「まず、最初に必要なのは、俺が作るマタタビ酒は世界一美味いという事だ」
ボスは言った
なんの脈絡もないそれに僕はすっかり動揺した
ボスは僕をちらりと流し目で観察した
「とっておきの工程があってな、これがあるだけで何万倍にも変わる
おい、これは俺が自尊で言ってるわけじゃあねぇぞ、ちゃんと関係あるんだ」
僕はうんうんとうなづいて先を促した
辺りに人がいなくてよかった猫と一緒に歩いてる姿は中々目立つだろう
「俺は腕っ節に自信があるわけじゃねぇが、ここで今まで荒くれ共を従えてきたーー(ボスはくいっと顎を揺らし、頭を示した)マタタビ酒も、その一つの手だ
ーー俺は自分の傘下の奴らに時たまそれを振る舞ってやる、体にもいいし、幾らかは譲ってやるんだ
しかし、中にはズルをしようとする奴がいる
一日、一杯じゃあ我慢できないと欲張りをする奴だな
そういう奴の対策のために、俺の倉庫には同じような壺を何個も置いておくんだ
正解の一つには極上のマタタビ酒
だが、それ以外にはまだ日が浅い奴もあるが、大体はハッカ水が入ってる
間違えちまったら、悲惨な目に遭うってわけだ
匂いも色々混ざっちまってるから鼻は効かねぇ
そうなると、壺を見分けるには一つしかない
色を見るんだ、正解の壺だけは赤く塗られている
「色?そんなの直ぐに分かっちゃうよ」
ボスが生垣の作為的に作られたような穴を通り抜けたので、続く
ボスはふんっと馬鹿にするように鼻で笑って続けた
「ーーそりゃあ、人間の目から見たら、明らかだろうがな、俺たち猫は赤色は認識できない
だから、この方法を使ってから今まで俺からマタタビ酒を掠めた奴はいない
しかしだな、ここ最近、どうやら誰かがそれをやり遂げたらしい
俺のマタタビ酒が最近まずいと聞いただろう
おかしいと思ったんだ
確かめてみた所、やはり中身が入れ替えられていた
いや、この場合、壺ごと変えられていたのだろう」
一体、この話があの化け物とどう繋がるのだろう
「色彩を見分けるのに高い能力を持った連中がいる
俺は考えた
もしかしたら、俺らの中に奴らと手を組んだ野郎がいるかもしれない
その情報が元々、俺が持っていて、お前を含めた他の奴らが持ち得なかったキーカードなんだよ」
僕は困惑していた
どうやら、ここまで聞けば分かるらしいが、検討もつかない
「焦らさないで早く教えてよ!」
僕は彼の後を必死に追いながら、着いていった
猫の通り道というのは人間用に出来ていないから辛い
「はぁ、たく、これだから与えられてばかりのあまちゃんはーーいいか、その情報を頭にあいつーサブローの話を聞いてみるとある情景が目に浮かぶ
思惑通り、美酒にあずかれて調子に乗った猫が壺に頭を突っ込んで体ごと抜けられなくなった様とそれを何とか引き抜こうと壺の底を掴む盗人の鳥野郎の姿がな
サブローは意図してないだろうが、あいつの大袈裟な言いように野郎共乗せられちまったな
コヅメもまさか現場を見られてたとあって、気が気じゃなかっただろう、その末、誤魔化すためとはいえあんな小芝居を食らわせるとは
全く、犬猿いや、鳥猫の仲で手を組む奴がいるなんて信じられんがったが、お前の話を聞いて確証が得た、全く、コヅメは礼儀正しいフリをしてとんでもねぇ曲者だぜ」
「え、じゃあ、僕の聞いたあの王冠を集めているっていうカラスが共犯者だったってこと?」
「あぁ、そうだ
鳥共が利害もなしに手を組む筈がねぇ、大方奴も俺のコレクションの噂を聞いていたのだろうよ」
「コレクションって王冠のこと?王冠って王様が持ってる物でしょ?そんな物集められるの?」
黒猫が笑う
「まぁ、見せてやるよ、ほら着いたぞ」
ボスが鼻を向けた先には、大きな樹木があった
樹齢何年っていうやつだろう
とんでもなく大きい
慌てて周りを見てみると、いつのまにかそこはこれまで見たこともないような広い丘の上だった
背景を見ると、確かに僕らの街の学校や時計塔が見えるけど、あまりにも遠くて唖然とする
僕らが出会ってからまだ30分と経ってないのに、歩いてた時間なんてもっと短い
「おい、これだ」
いつのまにかボスは僕の直ぐ隣にいて、僕に何か小さな丸い縁がひらひらとした塊を渡した
僕はそれを受け取ると手の上で転がしてみた
「今の若い連中は知らないだろうが、昔はこれが瓶の蓋についててな、まあ、お前も大きくなれば、その内顔を合わすことになるだろうが、俺が持っているこれは、そこらにあるそれとは違って年代物だ、希少価値も高いが、値段なんて問題じゃない
僕は手のひらの小さなそれにそんな価値があるとは思えなかったが、そういえば、お母さんの指輪にもお菓子が何百個と変える値段がするらしい
世の中、大きさじゃないのかも
「こいつのこのころんとした様子とこのひらひらとした愛らしい姿がたまらんと思わないか?
自然界に生み出される事のない艶やかなフォルムとこの世に唯一無二とまではいかんが、数少ない奴を集めるのが、俺のささやかな趣味なんだ」
ボスは誇らしげに髭に触りながら、尻尾をゆらゆらと揺らした
「じゃあ、事件のお礼にこれを僕にくれるっていう事?」
「馬鹿を言うんじゃない」
ボスが今までになく感情を露わにした
いつも余裕をぶったその目が恐ろしく見開かれたので、僕は慌てて手の中のそれをボスに返した
ボスは大事そうにそれを受け取ると、僕に言った
「お前はその能力を持っていながら、あまり頭が良くないらしい」
僕は突然の罵倒に膨れた
「なんだってんだい、そんな事を言うなんて、折角、僕が色んな子に聞いてあげたって言うのに!」
「まぁ待て、悪かったよ
でも、お前さんが考えても分からなかった問題を俺は瞬時に解くことができたーーどうだ?お礼としてはお前が何か頭を悩ます事が起きたら、それの相談に乗ってやろう
お前のような非凡な人間にはこの先、心強いアドバイザーがいた方が気が楽だぞ」
僕はボスの申し出にふむふむと思った
なるほど、彼の言うことには一理ある
それに、僕は彼の魅力に取り憑かれてしまったので、一緒にいたらそのうち、その狂おしいまでに愛らしい頭を撫でさせてもらえるんじゃないかと思ったからだ
「中々、いいね」
「よし、決まりだな
ちょうどよかった、俺もこのコレクションを語れる奴が欲しかったんだ
人間なら、あいつらよりはこいつらの魅力にわかるだろう」
ボスはにやりと顔を歪めるとそう言って大木の根の元ーどうやら、そこに洞があって、ボスの住居はそこらしい、に姿を消すと、王冠の代わりに何かを口に咥えて持ってきた
「ほら、飲め」
何か歪な丸をした木の実のような物を渡された
「これは?」
「これを飲めば、お前は俺の案内がなくても来たいと思えばここに辿り着ける
毎回、俺を探すなんてこと人間如きが出来るわけないからな
ーー言っておくが、これは1人にしか効果はない
いいか、それを噛まずに飲み込めよ」
僕がそれを飲み込んだのを見るとボスは満足げに喉を鳴らして、もう今日は帰れと言った
確かに今度こそテレビを見逃すわけにはいかない
僕はボスの寝床をお暇することにした
X
帰り道の途中、ボスに声を掛けられたところまで戻ると、おしゃべりなあいつに捕まった
「ねぇねぇ!大丈夫だった!??
この前の時もあの猫に連れられて、今度は全く姿が見えなくなっちゃったから心配しちゃったよ!」
「大丈夫だよ、ボスは意外と紳士なんだ
それよりも、その時はありがとう、お陰で無事解決したみたい」
「あれしきのこと、なんてことないよ
私達の情報網じゃあ、仲間内のことから人間のことまでぜーんぶ丸見えなんだからね
ねーねー、ところでさ、さっきまでもしかして、猫の住処に行ってたの?
どうだった?どんな感じだった?」
彼女の追及が激しくなってきたので、僕はするりと抜けることにした
僕は頭は良くないかもしれないが、こういう社交的なテクニックは中々なもんだぞ、と頭の中のボスに言う
彼女は僕の反応に気を悪くした訳でもなく、また今度ね〜と言って飛び去っていき、仲間のすずめ達の元に戻った
途中、友達の結衣くんの家の前を通りがかったので、少しだけ庭を覗いた
「あら、久しぶり大きくなったわねぇ」
マキばあちゃんが穏やかな目を向けてこちらに微笑んだので、僕は頭を撫でに近づいた
この前、会ったばかりだけど、マキばあちゃんは少しボケているので僕のことを直ぐ忘れる
「あ!すぐる」
結衣くんが散歩用のリードを持って出てきた
「お前、帰るの遅いなぁ
俺、これから、散歩なんだけど、一緒に行く?」
マキおばあちゃんがゆっくりと腰を上げた
大型犬なので、立ち上がれば、僕と身長はそう変わらない
僕は言った
「いや、見逃せないテレビがあるから今日は帰るよ
また明日!」
僕は家へと急いだ
最後まで読んで頂きありがとうございました
猫は大好きですが、共に暮らしたことはありません
野良猫達に餌をやるよう促す描写がありますが、それは猫達の気持ちはそうじゃないかなと思っているだけで、何が正しいのか私には分かっていませんので、悪しからず




