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「「「「「「「「「「「「練習試合!?」」」」」」」」」」」」
響く十二人の驚きの声。
「ああ。ついさっき、平澤先生から連絡を受けた」
放課後・午後の練習終了後。一報が部員たちに届けられたのはその時だった。
主将・宿間谷直久の発表を受けて、にわかにざわつき始める部員たち。
「青影くん、平澤先生って誰かな?監督かな」
その喧騒には酷く不釣り合いなほど控えめな有声音を発しながら、大雅は隣の男の耳元へかがむ。その声量の理由は気の小ささ、そして初めての全体練習からくる疲労だ。
ただ、今日の大雅は“特別メニュー”として徹底的にゴール下シュートをやらされていたので、キツイ走り込みなどはなかった。どちらかといえば、“慣れない環境への適応疲れ”だろうか。
「いや、練習試合よりそっちかよ…多分顧問の先生だろ。練習には顔出さねえ、部活動としての形式的なアレだ」
「ほっ、そっか…」
「お前さては、『怖い監督だったらどうしよう』とかビビッてたんじゃねえだろうな?」
なぜか安堵の一息をついた大雅に、怪訝そうな顔でツッコミを入れる龍臣。顧問の名前を聞いただけでここまでビクビクできるというのは、もはや一種の才能なのかもしれない。生存本能の一部として見れば、“何かを恐れること”は重要なことだ。もっとも、それがバスケットボールに必要かどうかは疑問符がつくのだが。
「春陽に指導者はいないよ」
割り込んできた朱雀。大雅はその言葉に驚く。監督がいないとはどういうことなのだろうか、と。摩訶不思議を体験しているような彼の間抜け顔を横目に、朱雀は続ける。
「普通の公立高校なら、結構そういうことあるんだよ。高校の教員ってそもそもの数が少ないから。その中でバスケットボールの専門的な指導ができるってなると、もっと限られてくるんだよね」
「例え指導者がいたとしても、公立高校の教員である以上数年経てば移動になっちまうからなァ…。強豪なら外部コーチを呼んだりできるんだろうが、春陽にそんなツテはねえだろ」
龍臣も同調する。実際、監督がいない部活動というのは漫画や小説の中だけにある話ではない。高校三年間指導者がいなかったという事例はよくあることなのだ。
「じゃあ、監督なしで練習してるってこと?」
「ああ。部員主導ってやつだな」
「なるほど」
疑問の解消、恐怖からの解放。先ほどより幾分か晴れやかな大雅の表情。
そんな彼の横で、朱雀と龍臣は密かにアイコンタクトを交わしていた。
監督の有無など、二人にとってさほど重みあることではない。大事なのはその前。
練習試合があるということだ。
(こりゃあ、いきなりチャンス到来じゃねえか)
(だね)
彼らの作戦にとって、今回の練習試合は間違いなく追い風だからである。繰り返すが、ことスポーツにおいて、自信を深めるための最適解は実戦での成功体験に他ならないのだ。
(指導者がいないから練習試合は組めないと思ってたけど。公式戦の前に少しでも対外試合の経験を大雅に積ませられるのは大きい)
練習試合を組むためには、指導者の持つ“関係”が必要だ。指導者同士が懇意であったり、自身の前任校や出身校であるといった“関係”。逆に言えば、それがなければ練習試合が組める可能性は限りなく低い。結局のところ、部活動スポーツとはそういったコネがものを言う世界なのだ。
ゆえに、今回の練習試合は春陽、そして大雅のメンタルを鍛えたい二人にとっては正に天の恵み。文字通りの“またとない機会”。
(春陽に申し込んでくる相手の実力なんてたかが知れてんだろ。あいつにとってのいい踏み台に───)
そこまで考えて龍臣は、前に立つ宿間谷の顔色に違和感を覚えた。恐らく久しぶりの練習試合なのだろう、緊張しているようだが…あまりにもこわばりが過ぎる。むしろ久しぶりであるからこそ、もう少し楽しそうな顔色をしても良さそうなものだ。
対戦相手か。龍臣の野生はその理由を敏感に直感した。
「それで、相手なんだが」
(かなり格上みてえだな…まあ、多少強かろうと俺と朱雀がいれば全く問題は───)
「水浦だ」
「「「「「「「「「「「水浦!?」」」」」」」」」」」
十一人の驚きの一声。そして───静寂。自らの脳で演算しきれないような事態に直面した時、人が取る行動はいつだって“静寂”だ。“沈黙は金”だからだ。
「正直言って、俺も驚いてる。県一位の水浦高校がウチと練習試合。しかも向こうから進んで、なんてさ」
驚きに何一つ無理はない。インターハイに出場するようなチームが練習試合を組むのは通常、強豪校だけだ。県ベスト4以上、県外の強豪、あるいは大学・社会人。春陽のような地区大会二回戦負けのチームに挑戦状を叩きつけるのは、通常なら天地がひっくり返ってもあり得ないことなのだ。
(こいつか…!)
龍臣は横にそびえ立つ天才をねめつける。
(水浦クラスが春陽如きに何の意味もなく練習試合なんてありえねえ。目的は恐らく“鳴神朱雀の視察”…!進学先の情報をどこからか聞きつけて、こいつに自分たちの全国行きを阻むだけの力があるのか試しに来やがんのか)
今回の練習試合に隠されているであろう意図を、龍臣はいち早く看破した。それは兎を捕らえるにも全力を尽くすという獅子の姿勢か、あるいは“天下無双”に対する畏怖か。
しかし、当の本人はどこ吹く風。たった一人、水浦の名を聞いてなお明鏡止水の面構えだ。
(むしろラッキーじゃん。ここで県一位を叩いておけば、俺に全国にいくだけの実力があるってことの証明になる。まあ、今更証明する必要もないけど)
ふっと鼻にかけた笑いを漏らした彼のその考えもまた、龍臣に看破されていた。
「てめえ、今絶対『余裕でしょ、俺がいれば』とかムカつくこと考えてやがんだろ」
「んー、まあ要約するとそういうことだね…でもさ」
そこで言葉を一旦切った朱雀は、不敵な笑みを浮かべて言い放った。
「君も負けるとは思ってなさそうだけどね」
「勝てるに決まってんだろうが、俺がいるんだから」
そう言って豪快に笑い返す龍臣の口元で、鋭い犬歯が白く光った。
「まあ、俺だけでも十分だけどね。とにかく、俺たちで大雅をサポートして少しでも経験値を…あれ?大雅?」
ドンッと、体育館が大きく揺れた。
そこには2m6㎝の大男が、泡を吹いて横たわっていた。
「大雅ッ!おいしっかりしろッ!大雅、大雅―――ッ!」
「おいおい、大丈夫か悠木!」
「白目剥いてんぞ、こいつ!」
「今日の朝水浦の留学生にビビりまくってたんで。タイミングが悪かったですね」
「おい、なんかうわ言言ってんぞ」
「水浦…県一位…コンゴ…留学生…コンゴ…留学生…」
「本当だ、留学生へのビビりが四倍増しだ!」
「うおおおおおおおお!!!往復ビンタ祭りッ!起きろ大雅―――ッ!」
△▼△▼△▼△
「うわっ、留学生…ってあれ?」
数分後に意識を取り戻した大雅が見たのは、心配そうに覗き込む先輩たちの顔。そして馬乗りになって自分の頬を殴打し続ける青影龍臣。
「ちょっと、青影くん痛いよ痛い」
「あ、起きた?」
ひょこっと朱雀が顔を出す。何が起きたのか自分でも分かっていない大雅。そんな彼の胸ぐらを両手で掴み、龍臣は叫んだ。
「大雅ッ!本当はもっと時間をかけたかったがしょうがねえッ!日曜日の水浦戦まであと五日!お前にはゴール下のシュートだけじゃなく、ミドルとスリーポイントまでマスターしてもらうッ!」
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