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未完の巨人  作者: 北雪夜凪
王者VS怪物ルーキーズ 1st Round
7/29

お久しぶりです。投げ出す気なんてサラサラないです。

二章は、大雅の技術的成長と県内王者・水浦高校との試合を中心に進んでいきます。

 午前五時。東の空は白み始めた。未だ睡魔に横たわる街の中で唯一、真昼のような輝きを発する空間がある。

 山口市立春陽高等学校体育館だ。


 「てめえ大雅ァ!横着して全部利き手で打ってんじゃねえぞッ!」


 放たれる怒号、青影龍臣。


 「ひいっ!ご、ごめん…逆の手は難しくてつい」


 悠木大雅、身長206㎝・サウスポー。ゴール下からのシュートを練習中。


 「龍臣ってさ、よくそんなに声出せるよね。燕の子供みたいにピーチクパーチク」


 鳴神朱雀、呆れ顔。おまけに深いため息。


 「怒鳴って伸ばす指導なんてとうの昔に時代遅れでしょ、今令和」

 「バカにしてやがんなこの…」


 今にも喉を食い破らんと飛びかかってきそうな龍臣を横目に、朱雀は皮肉を並べ続ける。


 「アドバイスの仕方を“アドバイス”してあげるよ」

 「くわッ!」


 その言葉にとうとう堪忍袋の緒が切れた龍臣が瞬間襲い掛かる。しかし朱雀は全く動じず、ひらりといなして大雅の方へ向き直る。

 ハの字をした眉毛で怯えを表す彼に、朱雀は静かに四本の指を立てた。


 「アドバイスをする時のポイントは四点。何がダメなのか。どうしてダメなのか。どうすれば改善できるのか。そして、この三つをいかに簡潔明瞭に伝えるか」


 立てたそれを折りながら言葉を続け、彼はリングの下に寂しく佇む大雅へ近づく。


 「ゴール下からのシュートの基本は、左側からなら左手、右側からなら右手。つまり“リングに対して外側の手で打つ”こと。そして“空いた内側の手でブロックを防ぐ”こと。大雅みたいに位置に構わず利き手で打つのはよくない」


 そして大雅のすぐ隣に立つと、クイっと顎で真上を指した。


 「今、大雅はリングの右側にいる。試しにそこから左手で打ってみ」


 頷きをひとつ入れる大雅。左手は利き手、きっと入る───ほんの少しの自信と安心を持って投げられたボールは───突如として飛び上がった朱雀の手によっていとも簡単に弾かれてしまった。

 「あっ…」


 「ディフェンスは基本的に、自分よりもリングの近くにいる。そんな相手に対してリングに近い内側の手でただ打ったんじゃ、当然ブロックされるさ。多少の身長差があったとしても、ね…逆に」


 朱雀は弾いたボールを拾って再びゴール下へ立つ。もじもじと落ち着かない大雅をリング側に押し込め、自らは外側へ。先ほどとは真逆の構図だ。


「ブロックしてみ」


 そう言ってすぐさまシュートモーションに入る朱雀と慌てて手を伸ばす大雅。朱雀の右手から今にも放たれそうなボールへ向けて、大雅はそれを叩き潰さんばかりの勢いで力いっぱいブロックを振り下ろした。


 バチンッ!


 ボールを叩いたにしてはあまりに甲高い音が朝の体育館に反響した。大雅の手がボールに到達する直前、伸びてきた朱雀の左手がそれを阻んでいたのだった。ブロックからの完全なる安全保障を受けた球は、ただ悠々とリングを通過していく。


 「外側の手で相手との距離を稼いで、内側の手でブロックを防ぐ。これでより確実にゴール下の競り合いを制することができる。ついでにさっきのブロックはファウルだから、二点とフリースロー一本。俺はそれを決めるから、合計三点」


 そこまで淡々と続けた朱雀は、やや後方に放置していた暴走エンジンに対してガソリンを注ぐことを忘れなかった。


 「これが正しいアドバイスの方法だよ、スクールウォーズくん」

 「スクールウォーズは…!最高の名作だろうがァ!青春は涙で始まるんだよッ!」


 どうやら点火と同時に、彼のエンジンは一気にトップギアへ入ったようだ。そんなことをすれば普通すぐに壊れてしまうだろうが、龍臣の場合はそれが平常運転であり、適正回転数でもあるようだ。


 「あのー…ちょっといいかな…」


 高まる険悪なムードに、おずおずと大雅が割って入った。珍しく能動的な姿勢を見せた彼に驚いた二人は、暗黙の休戦協定に調印してその言葉の先を待つ。


 「その、鳴神くんみたいに僕のシュートを簡単に叩き落とせる人が、そんなにいっぱいいたりするのかなあ…なんて」


 紡がれたその言葉は、捉えようによっては“自分のシュートに手が届くやつなんてそうそういるわけがない”と傲慢に取ることもできる。

 しかし、大雅の場合は違う。そしてそれは二人も承知の上である。


 「おいおい大雅、まさかこいつにあっけなくブロックされてビビッてんじゃねえだろうな?」


 遠慮のない直球な質問を投げかける龍臣。そしてその返答の代わりにうつむく巨体。丸まったその姿は、その場にいる誰よりも如実に“小ささ”を感じさせる。


 「いや、少なくとも全中やジュニアオールスターにはそんなやついなかったね。でもU18には何人かいたし、プロならもっといる」


 朱雀の言葉に、青ざめていく大雅の心。龍臣はその背筋に、バシバシと平手で物理的ショック療法を施した。


 「心配すんな大雅!それは今のド素人シュートならって話だ!ちゃんとディフェンスを意識して練習すれば、お前のシュートはNBA選手でもそう簡単にブロックできねえようになっから!」

 「そうそう。それに山口にはそんなやついないと思うよ。高身長っていってもせいぜい190㎝が関の山だから」


 ポジティブな言葉たちで大雅の心を埋め尽くし、彼のメンタルヘルスに努める二人。普段は馬の合わない朱雀と龍臣だが、“悠木大雅に対する認識”だけは一致している。それを一言で表すとするならばこうだ。


 “最高レベルの才能+最低レベルのメンタル=悠木大雅”。


 大雅の持つガラスのハートをダイヤモンドのそれにするため、彼には一刻も早く試合で活躍させて自信をつけさせなければならない。

 だからこうして明朝から基礎練習をさせているのだ。鋼の心を持って初めて、その巨大な才能を伸ばすスタートラインに立てる───試合前に壊れてしまっては元も子もない。


 しかしここにきて、二人はあることを思い出してしまった。


 「あ、でもそういえば…水浦が今年新しく留学生を採ったって」

 「コンゴ人の留学生だろ?2m級の。『圧倒的なビッグマンがいれば、君のゲームメイクの幅は大きく広がる』って勧誘された時言われたっけなァ…。まあ、もっとでっけえのがチームメイトになったんだけどよ」


 そこまで言って、二人の「あ」の声がシンクロした。自分たちの言動が明らかに時節に合わないものだったことに気づいた時にはもう遅い。


 せっかくかさぶたになりかけていた大雅の傷が、新たな爆弾によって再び出血を始めたようだ。もはや大雅は立つことすらできず、体操座りでフロアにへたり込んでしまった。


 「大丈夫だって大雅。水浦とやるのは五月終わりからの県総体だから。あと二ヶ月弱はあるからさ」

 「それまでに俺たちと死ぬほど練習して、一緒に水浦蹴散らせばいいだろ、な!ほら、ゴール下の続きやるぞッ」


 とある高校から練習試合申し込みの電話が入ることになるのは、それからたった数時間後のことだった。


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