表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
未完の巨人  作者: 北雪夜凪
天才・野生・巨人
6/29

6

  曲戸秀英はひた走る。前後左右に切り返し、速度の緩急をつけ、迫りくる追跡者から逃れようと躍起になっている。


 「ハア…ハア…しつこいな、マジで」


 肩で息をするほどの運動量。並みのディフェンダーなら間違いなく振り切ることができていただろう。

  だが今回ばかりは相手が悪かった。

  彼を全身全霊でマークする男は、“天下無双”のバスケットボーラーなのだから。


 (もう一本も打たせない)


 その目に燃える執念の炎。その燃料は、自分の場所からシュートを決められた悔しさ。


 「チッ」


 曲戸が動き始めた。それに反応して動く朱雀の身体がまたしても止められる。

 先ほどと全く同じパターン、ボールがない場所=オフボールでのスクリーンプレイ。しかし朱雀は動じない。


 (飽きたよ、それ)


 セットされたスクリーンにピタリと密着し、それを軸にして回転。相手の身体の円周を滑るようなスムーズさで移動し、逆のコーナーへ逃げようとする曲戸を難なく捉えた。


 「来るって分かってればやりようはいくらでもあるんですよ、オフボールは」

 「二度同じ手は食わないってか」


 インサイドは大雅が死守し、アウトサイドの得点源は朱雀がシャットアウト。こうなるとスタメンチームは八方ふさがりだ。目的のない単調なパスを回し続け、二十四秒の時間制限に追い立てられていく。


 三秒、二秒、一秒。時間が着々と攻守交代へのカウントダウンを刻む。


 「まずいな」


 一向に光明の見えない攻めに業を煮やした宿間谷は、ほとんど投げるように強引なシュートを放った。不安定な軌道を描いたそれは案の定リングに嫌われ、あらぬ方向へと跳ね上がる。


「任せて!」


 大雅が一目散にそれに飛びつき、超高度にてボールを一人悠々と確保した。横に走り込んできた龍臣が叫ぶ。


 「よこせ大雅ァ!」

 「はいっ」


 龍臣はボールを受け取ると、ボールを前方に投げ出すようなドリブルで一気に加速した。


 「走れッ!」

 「よ、よし!」

 「オーケー」


 左から青影龍臣、中心を悠木大雅、右は鳴神朱雀。新進気鋭の一年生トリオが、三つのレーンを光の速さで攻めあがる。超速攻はものの数秒で得点圏へと到達し、敵ゴールにその毒牙を剥いた。


 「戻れ、戻れ!」


 懸命に食い止めようとする上級生たち。大雅のダンクを防ぐべく、三人がインサイドを固めた。朱雀へパスを通させまいと、二人が右サイドへ走った。その結果、フリーの男が一人。


 「おいおい、俺なんかアウト・オブ・眼中って言いてえのかァ?」


 ピクピクとこめかみを震わせる龍臣は、瞬く間に推進力をゼロに落としシュート体制に入った。


 「確かに俺はこいつらみてえに派手なダンクはかませねえけどよォ~」


 放たれたシュートは曲戸や朱雀のそれよりも弾道が低く、お世辞にも綺麗とは言えない。

 しかしそれは確実に、そしてより直接的に、半径45㎝のリングの中心点を通過した。


 「ハンドリング、アシスト、シュート、ディフェンス、戦術理解…純粋なポイントガードとしての総合力なら俺は最強ッ!俺はポイントガードの神様、“ポイントゴッド”だァ!」


 昂る感情を抑えきれず、自らの胸筋を強く叩きながら龍臣が吠えた。

 大それた称号を恥ずかし気もなく主張した彼のスリーポイントで、スコアは10-3。一年生チームがリードを七点に広げた。


△▼△▼△▼△


 その後も終始一年生チームがペースを握り、二試合の結果は19-6と21-4。怪物ルーキーたちの圧勝という形で部内試合は幕を閉じた。


 大雅はぼうっとタイマーに映る得点を見つめていた。

 初めてのダンク。初めてのブロック。

 鮮烈な印象が彼の脳裏に再び甦り、内にこみ上げる熱い何かが今にも暴れだしそうだった。


 「楽しいな」


 誰にいうでもなく、大雅は空にその言葉を投げかけていた。言わずにはいられなかった。


 「楽しいな、バスケットボール」


 楽しさへの熱暴走を起こし、糸が切れた人形のようにその場から動こうとしない大雅。そんな彼に、鳴神朱雀は歩み寄り声をかける。


 「良かったよ」


 天才からのお褒めの言葉に、抜けていた大雅の魂は一瞬にして引き戻された。


 「いや、僕は何もしてないよ!最初のダンクだって、鳴神くんのパスがあったからだし」

 「自信なさすぎだって。素直に胸張りなよ、本当に良かったんだからさ」

 「そうかな…」

 「そうだよ」


 朱雀は視線を大雅から切り、どこか遠いところに移した。少しの沈黙が彼らの間を満たした後、朱雀は静かに、それでいてはっきりと言葉を口にした。


 「行けるよ、日本一。俺と龍臣と大雅がいれば」

 「日本一?」

 「インターハイも、ウインターカップも、国体も。俺たちが獲ろう、三つ全部。俺たちならできる」

 「よーく分かってるじゃねえか」


 どこからともなく龍臣が現れ、朱雀の意見に同調した。


 「獲っちまおうぜ、高校三冠。何でもない公立高校に、こんなメンツが集まったんだ」

 「二人はすごいけど、僕が足引っ張っちゃったりしないかな」


 不安を口にする大雅。そんな背中を思い切り叩いた龍臣は、豪快な笑みを浮かべこう断言した。


 「心配するな、大雅!お前には才能がある!俺と朱雀の二人で、お前を最強の選手にしてやるよ!」

 「才能…」


 今度は朱雀が龍臣の意見に同調した。


 「サイズも運動能力も一級品。素材としては最高級だよ、大雅は。ちゃんとした指導があれば、別次元の選手になれる」

 「別次元の、選手…!」


 龍臣は自分の胸を一つ叩くと、大雅の眼前に自らの拳を突き出した。


 「目指そうぜ、日本一ッ!」


 ブルブルと、大雅の身体が震えた。怯えではない、興奮の武者震い。

 目の前が急に明るく開けたような、そんな清々しさ。

 メラメラと湧き上がる熱い情熱に、もう大雅は噓をつけない。差し出された拳に、自らのそれを打ち合わせた。


 「僕…僕、頑張ってみるよ!」


 背筋を伸ばし、迷いなく胸を張った。


 「なろう、日本一!」


 天才・野生・巨人。三つの才能は今出会い、運命の歯車は回り始めた。


        「未完の巨人」第一章 天才・野生・巨人 完


@HokusetsuYonagi Twitterをフォローして頂くと、作品の更新が分かりやすくなります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ