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曲戸秀英はひた走る。前後左右に切り返し、速度の緩急をつけ、迫りくる追跡者から逃れようと躍起になっている。
「ハア…ハア…しつこいな、マジで」
肩で息をするほどの運動量。並みのディフェンダーなら間違いなく振り切ることができていただろう。
だが今回ばかりは相手が悪かった。
彼を全身全霊でマークする男は、“天下無双”のバスケットボーラーなのだから。
(もう一本も打たせない)
その目に燃える執念の炎。その燃料は、自分の場所からシュートを決められた悔しさ。
「チッ」
曲戸が動き始めた。それに反応して動く朱雀の身体がまたしても止められる。
先ほどと全く同じパターン、ボールがない場所=オフボールでのスクリーンプレイ。しかし朱雀は動じない。
(飽きたよ、それ)
セットされたスクリーンにピタリと密着し、それを軸にして回転。相手の身体の円周を滑るようなスムーズさで移動し、逆のコーナーへ逃げようとする曲戸を難なく捉えた。
「来るって分かってればやりようはいくらでもあるんですよ、オフボールは」
「二度同じ手は食わないってか」
インサイドは大雅が死守し、アウトサイドの得点源は朱雀がシャットアウト。こうなるとスタメンチームは八方ふさがりだ。目的のない単調なパスを回し続け、二十四秒の時間制限に追い立てられていく。
三秒、二秒、一秒。時間が着々と攻守交代へのカウントダウンを刻む。
「まずいな」
一向に光明の見えない攻めに業を煮やした宿間谷は、ほとんど投げるように強引なシュートを放った。不安定な軌道を描いたそれは案の定リングに嫌われ、あらぬ方向へと跳ね上がる。
「任せて!」
大雅が一目散にそれに飛びつき、超高度にてボールを一人悠々と確保した。横に走り込んできた龍臣が叫ぶ。
「よこせ大雅ァ!」
「はいっ」
龍臣はボールを受け取ると、ボールを前方に投げ出すようなドリブルで一気に加速した。
「走れッ!」
「よ、よし!」
「オーケー」
左から青影龍臣、中心を悠木大雅、右は鳴神朱雀。新進気鋭の一年生トリオが、三つのレーンを光の速さで攻めあがる。超速攻はものの数秒で得点圏へと到達し、敵ゴールにその毒牙を剥いた。
「戻れ、戻れ!」
懸命に食い止めようとする上級生たち。大雅のダンクを防ぐべく、三人がインサイドを固めた。朱雀へパスを通させまいと、二人が右サイドへ走った。その結果、フリーの男が一人。
「おいおい、俺なんかアウト・オブ・眼中って言いてえのかァ?」
ピクピクとこめかみを震わせる龍臣は、瞬く間に推進力をゼロに落としシュート体制に入った。
「確かに俺はこいつらみてえに派手なダンクはかませねえけどよォ~」
放たれたシュートは曲戸や朱雀のそれよりも弾道が低く、お世辞にも綺麗とは言えない。
しかしそれは確実に、そしてより直接的に、半径45㎝のリングの中心点を通過した。
「ハンドリング、アシスト、シュート、ディフェンス、戦術理解…純粋なポイントガードとしての総合力なら俺は最強ッ!俺はポイントガードの神様、“ポイントゴッド”だァ!」
昂る感情を抑えきれず、自らの胸筋を強く叩きながら龍臣が吠えた。
大それた称号を恥ずかし気もなく主張した彼のスリーポイントで、スコアは10-3。一年生チームがリードを七点に広げた。
△▼△▼△▼△
その後も終始一年生チームがペースを握り、二試合の結果は19-6と21-4。怪物ルーキーたちの圧勝という形で部内試合は幕を閉じた。
大雅はぼうっとタイマーに映る得点を見つめていた。
初めてのダンク。初めてのブロック。
鮮烈な印象が彼の脳裏に再び甦り、内にこみ上げる熱い何かが今にも暴れだしそうだった。
「楽しいな」
誰にいうでもなく、大雅は空にその言葉を投げかけていた。言わずにはいられなかった。
「楽しいな、バスケットボール」
楽しさへの熱暴走を起こし、糸が切れた人形のようにその場から動こうとしない大雅。そんな彼に、鳴神朱雀は歩み寄り声をかける。
「良かったよ」
天才からのお褒めの言葉に、抜けていた大雅の魂は一瞬にして引き戻された。
「いや、僕は何もしてないよ!最初のダンクだって、鳴神くんのパスがあったからだし」
「自信なさすぎだって。素直に胸張りなよ、本当に良かったんだからさ」
「そうかな…」
「そうだよ」
朱雀は視線を大雅から切り、どこか遠いところに移した。少しの沈黙が彼らの間を満たした後、朱雀は静かに、それでいてはっきりと言葉を口にした。
「行けるよ、日本一。俺と龍臣と大雅がいれば」
「日本一?」
「インターハイも、ウインターカップも、国体も。俺たちが獲ろう、三つ全部。俺たちならできる」
「よーく分かってるじゃねえか」
どこからともなく龍臣が現れ、朱雀の意見に同調した。
「獲っちまおうぜ、高校三冠。何でもない公立高校に、こんなメンツが集まったんだ」
「二人はすごいけど、僕が足引っ張っちゃったりしないかな」
不安を口にする大雅。そんな背中を思い切り叩いた龍臣は、豪快な笑みを浮かべこう断言した。
「心配するな、大雅!お前には才能がある!俺と朱雀の二人で、お前を最強の選手にしてやるよ!」
「才能…」
今度は朱雀が龍臣の意見に同調した。
「サイズも運動能力も一級品。素材としては最高級だよ、大雅は。ちゃんとした指導があれば、別次元の選手になれる」
「別次元の、選手…!」
龍臣は自分の胸を一つ叩くと、大雅の眼前に自らの拳を突き出した。
「目指そうぜ、日本一ッ!」
ブルブルと、大雅の身体が震えた。怯えではない、興奮の武者震い。
目の前が急に明るく開けたような、そんな清々しさ。
メラメラと湧き上がる熱い情熱に、もう大雅は噓をつけない。差し出された拳に、自らのそれを打ち合わせた。
「僕…僕、頑張ってみるよ!」
背筋を伸ばし、迷いなく胸を張った。
「なろう、日本一!」
天才・野生・巨人。三つの才能は今出会い、運命の歯車は回り始めた。
「未完の巨人」第一章 天才・野生・巨人 完
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