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痺れを感じていた。それは強く叩き付けた左手だけではない。
感じたのは心の痺れ。脳髄に走る電撃、センセーショナルな魂の痺れ。
手のひらを見つめながらディフェンスに戻る大雅は、自身の中に湧き上がる感情の揺れを嚙みしめていた。
「いいダンクだ、大雅ァ!」
叫ぶ声に大雅が目をやると、ハイタッチを要求する龍臣の姿があった。大雅は言葉の代わりに満面の笑みを浮かべると、差し出された手を思い切り叩いた。
(サイズに似つかわしくねえ俊敏性と跳躍力…中学での陸上経験が生きたか?)
大雅の桁外れの運動能力を分析する龍臣は、朝の一幕を回顧する。
『運動経験ッ!中学ん時何やってた!バスケか?バレーか?』
『り、陸上だけど…』
『り・く・じょ・う・だァ~!? 2mもあって陸上競技ィ!?バカかてめえ、その才能を三年間ドブに捨てたっつーのかよォ!?』
「朝の言葉、取り消すぜ大雅。お前は才能をドブに捨ててたんじゃねえ。育ててたんだな、三年かけて」
自らの落ち度を認め、最高の大誤算に一人ほくそ笑んだ。
「全く、凄いな…本当にこの前まで中学生だったのか?あいつらは」
「感心してる場合かよ。このままじゃ先輩のメンツ丸つぶれだろうが」
新入生たちの怪物ぶりに感心しきりといった様子なのは、キャプテンの宿間谷直久。そしてそれに警鐘を鳴らすのは、同じ三年生の曲戸秀英だ。
「インサイドは無理だ。俺を使え」
「ちゃんと決めろよ?」
「誰に向かって言ってんだ」
「よし」
宿間谷はボールをフロントコートまで運んでくると、左の拳を突き上げた。
「グー行くぞ!グー!」
(おっ、セットオフェンスかァ?)
(セットね)
(ぐー?ぐーって、最初はグーのグー?)
相手の掛け声に対し、三者三様の反応を見せる一年生トリオ。そして宿間谷の掛け声と共に、ウイングで待機していた曲戸がコーナーに向けて走り始めた。
「逃がすか」
彼をマンマークしていた朱雀が素早く反応する。しかしその刹那、進もうとする朱雀の身体が衝撃を受けて止まった。大雅にブロックされた太めの少年が、ついたてのように朱雀の進路に居座っていたのだ。
「スクリーン…」
スクリーン。オフェンスの一人が壁のように立ってディフェンスの進路を妨害し、その行動を制限あるいは遅らせるプレー。
至って単純な戦術だが、その効果は高い。どれだけ優れたプレーヤーだろうと、進行方向に障害物があれば必ずそれに対応する時間を割かなければならないからだ。そしてそれは、“天下無双”の鳴神朱雀でさえ例外ではない。
「スイッチ」
意識外からのスクリーンを一人で捌き切ることは不可能だ。それには必ずチームメイトの助けがいる。朱雀も当然それを求めた。しかし、ここで大きな問題が一つ。
「え?」
初心者である大雅はスクリーンに対する知識がなく、ましてやその対応策など知る由もない。“スイッチ”が何の指示であるかが理解できるはずがないのだ。
さらに言えば、大雅に与えられた指示は「ペイントエリアを出るな」。コーナーに走る曲戸のディフェンスへ向かうことはできない。
様々な要因が重なり、曲戸秀英がコーナーでフリーになるという結果が生まれた。ボールを持つ宿間谷はそれを見逃さない。パスが通る。
「頂き」
よどみなく流れる清流のように、滞りなく流麗なシュートフォーム。
「シューターかよ」
吐き捨てる朱雀。放たれたスリーポイントシュートはため息が出るほど美しい弧を描き、音もなくリングに吸い込まれていった。
「なめんなよ一年坊」
スコアは4-3。
「おいおい、“天下無双”じゃねえのかよ鳴神くん。あーんな単純なスクリーンに引っかかってよォ」
「うるさい」
皮肉る龍臣、むくれる朱雀。ボールを持ち上がった龍臣は、ウイングの朱雀が醸し出す尋常ならざる覇気を察知した。
(ボールよこせ攻めさせろボールよこせ攻めさせろボールよこせ攻めさせろボールよこせ攻めさせろボールよこせ攻めさせろボールよこせ攻めさせろボールよこせ攻めさせろボールよこせ攻めさせろボール…)
「まあ、やられっぱなしは気分悪いわなァ」
そんな朱雀に、龍臣が送るのはメッセージを込めた強いパス。
(見せてこい、格の違いを)
鳴神朱雀、今日初めての1on1体制。その相手は先ほど彼を出し抜いてシュートを沈めた男、曲戸秀英。
(こいよ、鳴神朱雀)
一瞬の静寂。
(ぶっ潰す)
朱雀、右方向へ低く鋭いドライブイン。
「くっ…!」
その烈火のごとき一歩目の速さに曲戸、若干遅れながらも食らいつく。
「!」
その反応を受け、レッグスルーで後ろに下がりながらボールを左手に収める朱雀。
「くそっ」
重心が後ろに振られてしまった曲戸は、よろめきながらも何とか足を前に出そうとする。
「!!」
さらに朱雀は右足で地面を蹴り、スリーポイントライン遥か後方まで一気に下がった。ステップバックした朱雀と曲戸の間に創られた、埋めようのないほど広い空間。
「頂き」
朱雀がシュートを放つ。必死に足を出し止めようとする曲戸だったが、その影すら踏むことができない。
リングを通過したボールを追うように、ゴールネットの水しぶきがあがる。技ありのステップバック・スリー、スコアは7-3。
「先輩が良いシューターなのはさっきので分かりました。けど」
天才の放つ気迫が、これまでよりもさらに強く辺りにほとばしる。
「俺の方がもっと良い。シューターとしても、バスケットボーラーとしても」
「クソ生意気な…!」
ぶつかり合う、最強の才能と先輩の意地。二人のテンションが伝染し、部内試合は加速度的なヒートアップを始めるのだった。
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