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試合を控えセンターサークルに集結した大雅たち一年生に、オレンジ色のビブスが手渡される。
対するスタメンチームは紫色のビブスを身にまとい、すでに準備は万端といった様子だ。
「十分のゲームを二本行くぞ!試合に出てない二人!一人は審判、もう一人はタイマーに入ってくれ!」
宿間谷の指示で部員たちが配置についた。両チームが向かい合って整列し、審判の笛が鳴る。
「「「「「お願いします!」」」」」
バスケットボールの試合はジャンプボールから始まる。スタメンチームから180㎝ほどのやや太めな体型をした選手が円の中に足を踏み入れた。
龍臣が大雅の背中を叩く。その意図を掴み兼ねている大雅を、龍臣はもう幾分の力を込めて押した。
「いけ、大雅」
「え、僕?」
「どう考えたってお前しかいないだろ、ジャンプボールは」
「でも…」
「お前なら跳ばなくても余裕だろ、ほらさっさとしろッ!」
龍臣の剣幕に追い立てられるように、慌てて大雅も円に入った。
審判がボールを上に投げ、円内の両名はその手を伸ばす。
「んっ!」
「で、でけえ」
結果は大雅の圧勝。弾かれたボールを龍臣が確保し、一年生チームの攻撃から試合が始まった。
ジャンプボール直後、誰もがボールの行方に気を取られていた───その瞬間だった。
コートの右サイドから、朱雀が猛然と駆け出した。
虚を突かれたディフェンス陣は誰もその飛び出しについていくことができず、完全にノーマークの状況が生まれる。
リングに向けて走る朱雀は龍臣をチラリと見ると、左手でチョイチョイと天上を指さす仕草をした。
(持ってきなよ、ここまで)
朱雀、ふわりと浮くロブパスを要求。それを受けた龍臣はニヤリと笑う。
「ミスったらぶっ殺す」
龍臣は強く足を前に踏み込むと、朱雀の進行方向に綺麗な逆回転がかかったパスを供給した。
(んー…)
スピードに乗った朱雀の身体が天高く飛び上がり、浮いたボールを空中でキャッチ。
(75点)
それを直接リングに叩き込んだ。バスケットボールの最もエキサイティングなプレーの一つ、アリウープの完成だ。
いきなりのスーパープレイにどよめきで沸き立つコート上だったが、自陣へと帰っていく朱雀の顔は冷めたものだ。
「もっと高く出してよ。俺のジャンプ力が殺されてんだけど」
「あれ以上だァ!?本当にそんな跳べんのかよ、てめえ」
「余裕」
荒々しい口調とは裏腹に、龍臣の顔は嬉々とした感情を殺しきれていない。
自らのパスと朱雀の能力による“芸術作品”の誕生に誰よりも心踊っているのは、他でもない龍臣自身だからだ。
エンドラインからプレーを再開させるスタメンチーム。守備へと思考を切り替えていく一年生チームだったが、流れに取り残された者が一人。初心者・大雅だ。
(どこにいこう、どこにいこう?僕は何をすれば?あんまりうろちょろしてたらみんなの邪魔になるかも)
慌てふためくその様子を見た龍臣は思考を巡らせた。
初心者、しかも球技未経験の大雅に細かい指示を出すと混乱は必死。
2mの高身長を活かすならマンマークをさせるよりも───解を出した龍臣は叫ぶ。
「大雅ァ!」
「は、はいっ!」
「ペイントエリアの中に立ってろ!長方形ッ!」
突然の指示を受けた大雅は、急ぎコートの造形を確認する。
ありとあらゆる直線と曲線が交錯するフロアの一部分に、長方形の上底に半円が接続された区画があることを大雅は認めた。
「ディフェンスだ!今細かいことは考えなくていい!相手のシュートは全部叩き落とせッ!ボール拾ったら俺に渡して前に走れッ!」
「叩き落として、拾って、前に走る…!」
「全力で走れ、いいなッ!」
「分かった!」
役割を与えられた大雅は、ペイントエリア内に門番のごとく鎮座した。
その両手は無意識のうちに、サッカーにおけるゴールキーパーのごとく横へと広げられていた。
ただでさえ大きな縦幅に横幅までもが加わり、その威圧感は4.9m×5.8mの長方形を隙間なく完全に埋め尽くしているかのようだ。
(叩き落として、拾って、前に走る…叩き落として、拾って…)
自らの仕事を呪文のように心で呟く大雅。
「ああっ」
オフェンスが縦にドライブを仕掛け、あっけなく突破された同じチームの二年生が情けない声を上げた。相手は長方形に侵入することなく、ミドルレンジからシュートモーションに入る。
(叩き落とす!)
その思考で頭がいっぱいの大雅は思わずペイントエリアから抜け出してしまい、愚直に距離を詰めた。
「おいバカ、ペイントから出んなッ!」
龍臣が制止するも時すでに遅し。相手は動作を止めると、がら空きになったゴール下にパスを送った。
「よっしゃ!」
それを受け取ったのは、大雅がジャンプボールで競った太めの少年。
完璧に崩した、誰に邪魔されることもない…確実に点を決めようとバックボードの黒い四角に向けてボールを放ったその刹那、彼の視界は暗転した。
フェイクにかかったはずの大雅が神がかり的な瞬発力でカムバックし、その巨影が背後から迫ってきていたからだった。
(今度こそ、叩き落とす!)
バレースパイクのように大きく振りかぶられた左手が、ボードに当たる直前のシュートを捉える。
ボールは頭の割れるような爆音と共に、激しくプラスチック板に打ち付けられた。
「マジかよ!?」
「オーケー」
驚くスタメンたちを横目に、朱雀がこぼれ球を拾う。いざ速攻と敵陣に向きなおる彼の頬を、黒い突風がかすめた。
速攻の先頭を走っているのは、なんと先ほどブロックに跳んだはずの大雅だった。
(前へ!リングへ!全力で!)
「ただデカいだけじゃない、ってこと?最高じゃん」
その機動力に感嘆と称賛の意を表した朱雀は、円盤投げのような姿勢で上体を捻った。
「いってらっしゃい、ギガンテス」
それを捻り戻す力で矢のようなレーザービームパスを発射。一瞬にして大雅にパスが通る。
「ぶちかませッ!」
龍臣のエールを背に受けた大雅は、一歩二歩と助走。左腕を垂直に伸ばし、地球を離陸した。
「…おおおお!」
ドンッ!と目が覚めるような一発。悠木大雅のバスケ物語が今、この鮮烈な左手ワンハンド・トマホークと共に幕を開けた。
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