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鳴神朱雀。
全中・ジュニアオールスターで優勝し、U18日本代表に飛び級で選出。
恵まれた体格と爆発的身体能力、そして齢十五歳にして完成されたスキルセット。
国内のバスケットボールプレーヤーなら、”天下無双”と世に聞こえた彼を知らない者はいない。そしてそれは春陽高校男子バスケットボール部とて例外ではない。
「え、本物?」
「ガチの鳴神朱雀だよ」
「鳴神朱雀のハイライト、MyuTubeで二百万回再生されてたぜ」
冷静に努めていたキャプテンの宿間谷でさえ、あまりの超絶怒涛な展開に二の句を告げることができない。状況を飲み込むことができない部員たちの脳はやがて思考を止め、体育館は水を打ったように静まり返ってしまった。
「あの」
重苦しい空気に耐えかねたように口を開く朱雀。
「…ああ、すまんすまん!もちろん大歓迎さ!鳴神にも自己紹介してもらおう」
その言葉に我を取り戻した宿間谷は、朱雀にも自己紹介を促した。
「鳴神朱雀。出身は岩国市立岩雲中学校。191㎝、86㎏。ポジションとかは特に決まってないです」
”ポジションは決まっていない”…その言葉は”何もできない”という無能さを表すものではない。
そこにあるのは、バスケットボールの五つのポジション全てを完璧にこなせるという自信。自分はそんな概念に縛られるような小物ではないから覚悟しろという一種の宣戦布告。
「悠木、青影、そして鳴神…か。今年の一年生は怪物揃いだな」
完全に計算外だと心底驚いた様子の宿間谷。眼前の状況を、未だに現実のものと捉えることができていないようだった。
そんな中部員たちの一人、身長170㎝強の細身の少年が声を上げた。
「おい直久、まさかこれから二・三年の自己紹介なんて悠長なこと言うなよ」
宿間谷を下の名前で呼び捨てる少年の名は、曲戸秀英。宿間谷と同じ三年生だ。
「いいだろ秀英。早くチームに馴染んでもらうためだ」
反論を聞くなり、秀英はやれやれと肩をすくめ言い放つ。
「ベンチの枠は十五人、だけどウチは二・三年生合わせて九人しかいない。つまり」
一度言葉を切り、秀英は大雅たち一年生に目を向ける。
「こいつらはすぐベンチに入れる。しかも今年の一年生はバケモンばっかなんだぜ?スタメンの入れ替えだって大いにあり得るだろ」
「…」
「試合まで後二週間しかないんだ。入れ替えるならできるだけ早い方がいい。今すぐ一年対スタメンで試合をしてこいつらの実力を確かめるぞ。自己紹介なんてのはその後でいいだろ」
宿間谷は難しい顔でしばらく提案を吟味していたが、ほどなくしてため息混じりに言葉を発した。
「…分かった、一年対スタメンで試合をしよう。一年生チームの足りない二人には二年生の誰かが入ってくれ。一年生、大丈夫か?」
「むしろありがてえッ!久しぶりの試合だァ!」
誰よりも早く提案を受け入れたのは野生児・龍臣。他の二人の返事などはなから聞く気もなく、すでに臨戦態勢へと突入している。
朱雀も言葉こそ発さないものの、その顔はさながら獲物を狙う鷹のようであり、すでにシューズの紐を結び始めている。返事はイエス、火を見るよりも明らかだった。
試合に向け異常に前のめりな姿勢を見せる二人に挟まれた大雅は、どうすればいいのか分からずオドオドと落ち着かない。というのも、大雅はシューズも練習着も持たず龍臣に無理やり引っ張られてきたからである。
「悠木、お前は大丈夫か?」
「え、あ、はい」
(しまった!)
NOと言えない気弱な性格が災いして、内容を聞かず反射的に承諾する。大雅の悪い癖である。
「じゃあ、タイマー三十分にセットして!その間にウォーミングアップ済ませて、それからすぐに試合やるぞ!」
今更拒否はできない。自分の悪癖を呪いながら、大雅は埃っぽい体育館の天井を仰ぎ見た。
△▼△▼△▼△
「なにィ~!?今から試合だってのに練習着もシューズもないだとォ!?頭イカれてんのか大雅てめえッ!」
「いや、だから僕何も持ってないって言ったのに青影くんが…」
「聞いてねえよそんなことはッ!」
「そ、そんな…」
名誉のために言っておくが、大雅は龍臣に対し”シューズを持っていない”と確かに伝えている。しかし、青影龍臣は基本的に理不尽な男であり、正論など微塵も通じない。天上天下唯我独尊を地で行く、スーパーエゴイストなのだ。
「サイズは?」
「え?」
思わぬところからの助け船に大雅は驚く。隣の修羅場に我関せずを貫いていた朱雀が、ここにきて初めて口を開いた。
「シューズ。サイズは?」
「34㎝」
「身長もデカけりゃ足もデカいなァ、おい!」
大げさなリアクションで驚く龍臣とは対照的に、朱雀は眉一つ動かさない。自分の荷物からシューズバッグと練習着を取り出し、大雅に手渡す。
「俺、シューズ二つ持ってるから。服も。ちょっと小さいけど、我慢して」
「あ、ありがとう鳴神くん」
「34㎝にバッシュ貸せるって、お前一体何㎝なんだよ」
「33.5」
「このサイズお化けどもがッ!」
大雅に急いで手渡された練習着に着替える。バスケットボールの練習着というものは比較的余裕のあるサイズ感をしたものが多い。191㎝と大雅より15cm小さい朱雀の練習着でも、すんなりと着ることができた。
シューズを履き、紐を結ぶ。立ち上がって地面をこするように足踏みすると、キュッキュッと甲高い音が響いた。
「凄い、本当に音が鳴るんだね」
「分かるぜその気持ち。初めてバッシュ履いたら確かめてみたくなるよな」
「跳んでみなよ」
勧められるままに、大雅はその場で数回跳ねる。
「うわっ、なんか着地が変」
「体育館シューズよりクッションあるだろ?」
体育館シューズとバッシュでは、その使用感の良さに天と地ほどの開きがある。トランクションやクッション、シューズそのものの剛性といったありとあらゆる面でバッシュは優れているのだ。
バスケ部がよく体育の授業で、「バッシュならもっと速く走れる」と豪語する姿を見たことはないだろうか?
自分の能力の無さを道具に責任転嫁するその姿勢は甚だ疑問だが、裏を返せばそう言わせてしまうほどバッシュの性能は高いということだ。
「問題解決。じゃあ試合頑張ろう」
「『じゃあ試合頑張ろう』じゃねえぞ、朱雀ッ!」
ようやく鎮火されたと思われた龍臣の怒りの炎が、突如再燃し朱雀へと飛び火する。
「何『俺たち今日が初対面』みてえなツラしてやがんだァ!?この俺を忘れたとは言わせねえぞッ!」
「本当に変わらないよね、そのうるささ。青影龍臣でしょ、稲尾第一で県選抜の。君みたいな脳筋バカ、忘れたくても忘れられないよ」
怒鳴り散らす龍臣。それに応じる朱雀はどこまでもけだるげだ。
「だいたい、君なんで春陽なの?推薦こなかったの?」
「きてないわけねえだろッ!大和田、松山工業、エトセトラエトセトラ!水浦からも推薦貰ったぞッ!」
水浦高校。山口県に絶対王者として君臨する強豪私立。ベンチ入りメンバーのほとんどをバスケ推薦の特待生が占め、アフリカから留学生も呼び寄せる名門中の名門である。
「へえ。じゃあなんで?」
「強豪で全国行ったってロマンがない!俺はチャレンジャーだ!あいつらをなぎ倒して出る全国に価値があるッ!」
「そういうところだよ、脳筋バカの所以」
「いちいち癇に触る…!そういうてめえはなんで春陽なんか…」
「ね、ねえ二人とも!」
一向に終わる気配を見せない彼らの会話に大雅は必死でストップをかけた。二人の注意は大雅に向く。
「時間あと一分だよ、試合始まるよ」
そう言った大雅はタイマーを指さす。龍臣と朱雀が痴話げんかに興じている間に、試合開始の時間はもうすぐそこまで迫ってきていた。
「チッ、話は後だ」
話を遮られた龍臣、不本意の舌打ちを一つ。
「足、引っ張らないでね。俺にパス回してくれればそれでいいから」
朱雀が吐いたその言葉に、大雅は気づいてしまった。天上天下唯我独尊は龍臣だけではない。朱雀もまた、とんでもない自己中心主義者。
「何言ってやがるッ!このチームを勝たせるのは俺だ!黙って俺についてこいッ!」
二つのエゴに囲まれる受難。それは一筋縄ではいかないこれからを、大雅に予期させるには十分すぎた。
「ああ…」
今度は自分の悪運を呪った。コートの中央に整列しながら、大雅はまたしても埃っぽい体育館の天井を仰ぎ見た。
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