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「和泉よ」
「はい?」
「相乗効果とは実に恐ろしいもんだと思わんか」
隣に座る國廣が静かに漏らした言葉は、独り言のように曖昧で重みがない。それはベンチで失意と自責に沈む和泉にかけられた、最初の言葉だった。
國廣はベンチに戻ってきた彼を怒鳴りつけるわけでもなく、ただ自分の隣に座らせた。そうしてしばらく二人の間には、くすんだ鉛のように重たい沈黙が流れていたのだ。そして今、問いと呼べるのかさえ疑わしいような発問で、それが一挙に破られた。
目の前で流れる他人事のようなアニメーションを飛ばし見ながら、彼はその真意を勘ぐった。
「鳴神朱雀とあの12番、ですか」
答えをぶつけられた國廣は、少し前のめりに頬杖をついていた。視線の先には、驚異的なスケールのプレーを見せ続ける悠木大雅の姿が映っている。
「あの子はどこの高校にいたとしても、必ずその名を日本中に轟かせるような選手になっていたじゃろうな。ただし、それはもう少し先の話───一年後、二年後、あるいは大学生になってからの話、そのはずじゃった。わしもそう思っていた」
「思っていたというのは…」
「鳴神朱雀じゃよ。ダイヤモンドの原石は、目指すべき輝きの形を見つけてしまった。才能の磨き方を教えてくれる、最高級の指導者を見つけてしまった。鳴神と言う偉大な才能の放つ熱が、これからあの金の卵を超高速で精錬することになるじゃろう。そしていずれはその逆も起こり得る…このペースだと、この夏にも日本は悠木大雅の名を知ることになるかもしれん」
和泉には分からない。なぜこのタイミングで自分に鳴神朱雀の話をするのか。なぜこのタイミングで自分に悠木大雅の話をするのか。なぜこのタイミングで、自分に才能という無慈悲なワードを突き付けてくるのか。
「青影程度に良いようにされる自分では、あの二人の才能には遠く及ばないと…そう言いたいんですか、監督は!」
「違う。人を加速的な成長へと導くのは他ならぬ人だと、わしはそう言いたいんじゃよ」
心の内から沸き起こるどす黒い怒りを抑えきれず、声を荒げてしまう和泉。それを勘違いだと静かに制した國廣が次に視線を移したのは自分の選手───桐生幽玄だった。
「悠木大雅にとって鳴神朱雀が成長の師だとするなら、ポイントガードのお前にとってのそれは、間違いなく桐生じゃ。やつには必要な全てが備わっている。技術も、能力も、人間性も」
和泉は目の前で行われている試合に意識を戻した。幽玄がピック&ロールで春陽のディフェンスを揺さぶり、呼吸をするかのような容易さでシュートを決めている。
「今日、お前は競技的にも精神的にも青影に負けた。だがそれは今日の話であって、これからもずっとという話ではない」
切り替えて攻め上がろうとする龍臣の前に、幽玄が立ちふさがった。朱雀へのダブルチーム自体はチームとして続行しているが、その担当からは外れたようだ。次々と繰り出されるディフェンダーの長い手に、龍臣のドリブルのリズムが狂わされていく。
「成長しろ、和泉。桐生を見てその全てを学ぶんじゃ。この夏からの山口県は今までのようにはいかん。正ポイントガードであるお前の成長が無ければ、水浦が再び全国の舞台に上がることは無いと思え」
「…!は、はい!」
ボールが龍臣の手から弾かれ、水浦の選手たちが前へ走りだす。春陽のオフェンスが終わった。
△▼△▼△▼△
「はい、二点頂き~」
春陽のリングに踵を返す幽玄は、余計な一言の置き土産を忘れない。それを受けとった龍臣は、自分のこめかみの血管がピクピクと痙攣していることに気が付いた。
(もう断言できる…あいつは俺が出会ってきたバスケットボーラーの中で、ぶっちぎりの一番にムカつく野郎だッ!)
八つ当たりのような強いドリブルを床に叩きつける龍臣。そしてボールを運んできた彼に、再び毒手が迫る。
「はい、ここから先は通行止めやで」
「こんのッ!」
龍臣は左側にボディフェイクを入れ、鋭いクロスオーバーを右に切り替えして幽玄を抜きにかかった。
「こっちね」
「くそッ」
しかしその一連の動作は完全に読まれていた。進行方向に先回りしていた幽玄の身体の面と龍臣の左肩とが火花が散りそうなほど激しくぶつかり、二人の間隔は完全なゼロ距離となる。
(もう一回)
スペースを作って勝負を仕切り直すため、ドリブルで一歩後ろに下がろうとする龍臣。だが彼がドリブルを突き下ろすまさにその位置に、幽玄の手が瞬時に伸びてくる。
「ほい」
「うッ…!」
このままではまたスティールされる。危険を本能的に察知した龍臣は根性で無理やりドリブルの位置をずらし、すんでのところで魔の手を回避。そして戻ってくるボールの勢いとともに左側にスピンし、幽玄をかわした───
「で、こっちかいな」
「チッ、本当にしつけえな」
かに思われたが、その動きにすら幽玄は対応し先回りしてきた。龍臣の思考と行動を全て見透かしているかのような立ち回りは、テレパシーで彼の心を読み取っているかのようだ。
(めんどくせえ…!スピード自体は大したことねえが、手を上手い具合に使ってきやがる!手を使って相手のドリブルを制限し、自分の思い通りに動くように相手を操る…それがこいつのディフェンスッ!)
独力での突破が非常に難儀であることを悟り、龍臣は仕方なくプランBにオフェンスを委ねることにした。
「大雅ァ!」
「はい!」
「ほう、大雅くんかい」
水浦のディフェンス戦術は未だにエリーをペイントエリアに残すゾーンディフェンス的手法を継続していた。大雅にかかるプレッシャーは何もない。
0度のミドルレンジでボールを受け取り、彼の巨体が飛び上がる。第二クォーターではまるで使い物にならなくなっていた彼のシュートだったが───
「よしっ」
これが今度は綺麗に決まる。ハーフタイムを経て、彼の体力は一定の回復を見たようだ。スコアは39-45に更新され、点差は六点差に戻った。
△▼△▼△▼△
「ほんまよく決めるなあ、末恐ろしいで」
ほとほとと首をゆっくりと横に振り、幽玄は称賛と畏敬の意を表す。
そしてゆっくりとハーフコートのラインまで歩を進めてきた幽玄に、龍臣がプレッシャーをかけるべくその足元にへばりついた。それにちらりと一瞥をくれた幽玄は、目を細めて短めのため息をついた。
「でもな、青影くん。君にはがっかりや」
「ああ?この俺に…“がっかり”、だと?」
その侮辱とも取れるような発言に、不快と反骨の色を滲ませる龍臣。そんな彼を18㎝の上空から見下しながら、桐生幽玄は核心を投げかける。
「君のオフェンスには、三人しか選手がおらんの?」
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