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入学式を終え、新学級の顔合わせと諸連絡を済ませた後、大雅は少年との(極めて一方的な)約束通り廊下に立っていた。
少年を待つ間の時間は、大雅にとって苦痛以外の何者でもなかった。
通行生徒たちの視線が超至近距離から否応なしに降り注ぐ上、約束という縛りがその場から逃げることを断じて許さないからである。
盗み見るような関心、興味の四面楚歌。彼らは気づかれていないと思っているのかもしれないが、見られている側のアンテナはそれに敏感な反応を示す。
どこを見ても誰かと目が合ってしまいそうだった。もし合ってしまったら、その気まずさに耐えらないことも分かっていた。そうして大雅はまた背を丸める。目線を落とし、誰の目もない地面へと逃げる。
「びっくりした、先生かと思ったわ」
(こんなに大きい先生もいないよ)
「首痛くなりそう」
(なんかごめんね)
「何食ったらあんなになるの?」
(皆と同じ、普通のご飯だよ)
例え本人たちに悪口を言っているつもりなどなくても、コソコソとしたささやきはボディーブローのように効いてくる。
ああ、もう帰りたい───そんな考えが大雅の頭をよぎり始めた,ちょうどその時だった。
「何縮こまってんだ?」
はっとして顔を上げた大雅の目を見る、雲りない真っ直ぐな視線。
「あ、さっきの…」
約束の主、ワイルドな風貌の少年だ。怪訝な顔をした彼は呆れたようなため息を吐くと、小さくなっていた大雅の腹に強烈な右ストレートをお見舞いした。
「ぐえっ」
「シャキッとしろや!せっかくの2mが泣くぞッ!」
「ケホッ、ケホッ…いきなり酷いよ」
「小さくまとまってるお前が悪いッ!」
人が悩んでいたことなど露知らず、少年は底抜けの明るさで大雅の間合いに踏み込んでくる。
「お前はこの青影龍臣様と春陽で黄金コンビを結成するんだからよォ!もっと!今よりももっと!スケールのでっけえ男になってくれねえとなァ!」
「あ」
「あん?」
大見得に隠されさりげなく公開された新情報を、大雅は聞き逃さなかった。
「名前…青影龍臣って言うんだね」
「ありゃ?言ってなかったか?」
そう言った少年は、わざとらしい咳払いを一つ入れた。
「そう、俺は青影龍臣!県ベスト4の強豪・山口市立稲尾第一中学校のキャプテンにして、山口県選抜の先発としてジュニアオールスターで優勝した天才ポイントガードだ!」
その自己紹介の声量はもはや怒号と同義。迫力がありすぎて、喧嘩と勘違いした野次馬たちが集まってきている。
「よ、よろしくね青影くん」
(うわっ、どんどん人が!)
当の本人はそんなことには気づきもせず、自らの自己紹介の決まり様にご満悦と言った様子だ。カッコつけた笑みを浮かべながら、龍臣は大雅の肩にポンと手を置いた。
「ほんじゃ、行くぞ」
「え?どこへ」
「あん?体育館に決まってんだろうがよ、バスケ部なんだから」
「今から!?」
あまりにも唐突な展開に当惑し頭が追い付かない大雅。しかしそんな彼を待ってくれるほど、龍臣は理性的な男ではない。
「インターハイ予選は春から始まるんだ!そんな悠長に構えてられねえ!」
「でも、僕体育館シューズもないし…」
「バッシュなんかなくたってできることはあるだろうがァ!オラ行くぞッ!」
龍臣は大雅の返事も聞かずに廊下を駆け出す。その素早さは正に獣。龍臣の背中は光の速さで廊下の彼方に消えていく。
「分かったよもう…」
半分やけくそになった大雅は、言われるがままに走る彼の背中を追いかけた。
△▼△▼△▼△
「おっ、やってるやってる」
体育館の中から聞こえる、バスケットボールが床に強く打ち付けられる音。
「行くぞ大雅」
「う、うん」
龍臣は入り口の鉄製ドアを開いた。大雅も後に続いてフロアに足を踏み入れる。
二面あるコートのその一つで、九人ほどの部員がシューティングやハンドリングといった基礎練習に打ち込んでいた。
「キャプテン、あれ一年生じゃないっすか?」
その声を聞いた部員たちが一斉に大雅たちに注目した。そして彼ら九人全員が、示し合わせたかのごとく同じ感想を叫ぶ。
「「「「「「「「「でっか!」」」」」」」」」」
正に状況はオール・アイズ・オン・タイガ。規格外のサイズをした新人の登場に体育館中がざわつく。ドタバタと大きな足音をたて、部員たちが駆け寄ってくる。
「君、身長何㎝!?」
「リング掴める!?リング!」
「なんでこの身長でリングなんだよ、聞くならダンクだろ」
「おい見ろ、俺の頭がこの子の腰の位置にあんだけど」
「いや身長もそうだけど手もめちゃくちゃ長えぞ」
四方八方から質問攻めにされる大雅。困る大雅をよそに、龍臣は不満気だ。
「お前のせいで俺の存在霞んでんじゃねえかァ!」
「いや、そんなこと僕に言われても」
「ちょっと落ち着けお前ら!困ってるだろ一年生が」
一人の部員が声を上げ、行き過ぎた場のテンションを鎮めにかかった。彼は大雅と龍臣、二人の顔を見ると笑顔を見せた。
「入学おめでとう、一年生!俺はキャプテンの宿間谷直久。二人は入部希望者ってことでいいのかな?」
「押忍ッ!」
「は、はいっ」
「ははっ、いい返事!じゃあ自己紹介からだな。名前・出身校・身長・体重・ポジションを教えてくれ」
先輩部員が二人を囲むような半円形に整列し、龍臣が一歩前へ出る。
「青影龍臣!山口市立稲尾第一中学校出身!170㎝、65㎏!ポジションはポイントガード!よろしくオナシャス!」
深々と頭を下げた龍臣に、先輩部員たちは拍手を送る。
「稲尾第一?めっちゃ強いじゃん」
「あれ?この子、一年生からスタメンだった子じゃね?ほら、18番の」
「県選抜もスタメンで出てたな」
「この代って、ジュニアオールスター優勝した年だろ?すげえな」
自分を天才と呼ぶほど自信に溢れる発言は、口だけの薄っぺらなものではない。
龍臣は強豪・稲尾第一中で一年生からチームの司令塔を任され、山口県選抜でも先発ポイントガードとして起用、見事優勝した実績を持つ県下有数の実力者なのだ。
「じゃあ次、大きい子行こうか」
先輩部員たちは興味津々と食い入るように大雅の顔を見つめる。
「悠木大雅です。山口市立平良中学校から来ました。身長は2m6㎝、体重は96㎏。バスケットボールは未経験で、中学では陸上をやってました。よろしくお願いします」
大雅が自己紹介を終えると、体育館がどっと沸いた。
「2m6㎝って、NBA選手じゃん!」
「未経験なんだ」
「ヘーキヘーキ、2mもあれば立ってるだけで戦力になるだろ」
「ありがとう、二人とも!」
にわかな高揚感に包まれていく体育館。キャプテン・宿間谷は二人に声をかけると、興奮冷めやらぬといった様子である部員たちの方を向いた。
「よし、じゃあ次は二、三年生が自己紹介を…」
その時だった。突如として体育館の扉が開き、まだほんの少し肌寒い四月の風が外から吹き込んだ。大柄な少年が一人、コートへ足を踏み入れた。
「ん?また入部希望の一年生かな?」
少年は大雅たちに近づいてくる。その顔を見た龍臣の顔に、驚愕の色が浮かぶ。
「オイオイオイオイオイ、ありえねえだろ、こんなの…!なんでお前みたいな大物がここにいんだよ、なァ!」
立ち振る舞いから漂う、圧倒的全能感。
「山口県一位、県選抜の先発としてジュニアオールスター、そして全中でも優勝した岩国市立岩雲中学校のエース」
肌がヒリつくような、冷たくも熱いオーラ。
「U18日本代表に飛び級で選出され、日本史上最高の15歳と言われる『天下無双』の天才」
大雅の放つ質量的存在感とは全く異なる、輝く太陽のような概念的存在感。
「鳴神朱雀…!」
「バスケ部、入りたいんですけど」
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