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未完の巨人  作者: 北雪夜凪
王者VS怪物ルーキーズ 1st Round
19/29

19

 第二クォーター終了間際、残り時間は約二十秒。

 クォーター最後の攻撃、春陽のオフェンスは時間を目一杯使ってからの龍臣のスリーポイントを選択した。しかしこれは惜しくも外れ、スコアは変わらず35-41を維持。

 試合を半分まで終えたところで、その点差は六点。地区大会二回戦負けがいいところの春陽高校にしては、もはや歴史的快挙とも言える善戦ぶりだろう。


 想定外の戦果に、春陽の部員のほとんどは既にある種の満足感を感じていた。あまつさえ、試合が終わったような気分になっている者さえいた。そう、“ほとんど”は───。

 ここに三名、現状に全くこれっぽちも満足していない男たちがいる。


 (本当に鬱陶しいなあのダブルチーム…俺ばっかり見てボールは完全に蚊帳の外じゃん。六点差なんて俺が二回ボール持てばすぐに同点なのに)


 徹底的なマンマークによって十分間一度もボールに触ることが出来なかった朱雀は、相当なフラストレーションを溜め込んでいた。

 

 (俺にガン飛ばしてきやがった、あのなよなよ関西男ッ…!絶対にぶっ潰すッ!)


 最初に睨み付けたのは自分の方だということを覚えているのだろうか。流れるような龍臣の責任転嫁はもはや芸術の域に達している。


 (ああ…僕がエリーにいっぱい点を決められるせいだ…シュートも最初の二本だけで後は全然入らないし、みんなに迷惑が…)


 開始直後は良い精神状態で試合に望むことができていた大雅。しかし、立て続けの失点による罪の意識が彼の心境に持ち前のネガティブを呼び戻してしまった。


 「ねえ、俺にパス通せないの?」

 「あんだけオールコートでベタベタ貼り付かれてたら無理に決まってんだろうがッ!文句があんならあのマーク剝がしてから言えやァ!」

 「針の穴通すのがポイントガードの役目でしょ」

 「ミクロでもマクロでも穴がありゃ通しとるわボケェ!」


 体育館中に轟く怒声、罵声。罵詈雑言の嵐は褒められたものではないが、裏を返せばそれだけひたむきに目の前の試合と向き合っているということだ。


 そしてこれこそが、強者と弱者の差。全国を経験した者と地区大会止まりの者とを分ける明確なボーダーライン。競技に向かう姿勢の良し悪しは、バスケットボール選手としての実力以前の問題だ。

 へらへらとしていた春陽ベンチの雰囲気が鬼気迫る二人の熱に当てられ、若干の引き締まりを見せた。


 そして突然、龍臣がロケットを打ち上げるかのような勢いで立ち上がった。


 「秀さん!後半、俺にあの21番をマークさせてくださいッ!」

 「21番を?」


 眉をひそめて困惑の意を示す曲戸の顔は、彼が思ったことを言葉以上の雄弁さで語っていた。幽玄の身長は188㎝。175㎝の彼でさえ13㎝という大きな高さのミスマッチがあるというのに、さらに5㎝低い龍臣だとそれをより広げることになってしまう。


 「秀さんの言いたいことは分かります。あいつと俺じゃあ余計にハンデが生まれるってのは」

 「じゃあなんで」

 「例え不利だとしても…俺はポイントガードとして、“司令塔”として…!あいつと戦らなきゃいけねえって、俺の本能がそう言ってるッ!」

 「なんだそりゃ」

 

 それじゃああまりにも抽象的な理由付けだ───苦笑する曲戸の顔を覗き込む龍臣の眼光は、ぞっとするほど鋭利に光っている。物を頼むというよりもはや脅迫に近いレベルに研ぎ澄まされたそれは、まさに“真剣”だ。比較的先輩をリスペクトする傾向にある本人にその気はないのだろうが、桐生幽玄という獲物を目の前にして内なる野生を抑えきれないのだろう。


 「…分かったよ。今ウチがこれだけ水浦相手にやれてんのは、全部お前たち一年生トリオのおかげだからな。その頼みとあっちゃ断れねえわ」

 「アザスッ!」


 狂喜の笑みとともに拳を握る龍臣。彼は反対側の水浦ベンチをねめつけた後ボールを一つ拾い上げ、コートでハンドリングの確認を始めた。


 そしてそれとは別の場所で、アクションを起こした者がもう一人。第二クォーターで活躍できず、空気同然の無色透明人間になっていた大雅だ。


 「鳴神くん」

 「どうした?」

 「あの、ごめん!」

 「何のこと?」

 「僕、全然ダメで…シュートは入らないし点は取られるし」

 「なんだ、そんなこと?全然いいよ」

 「えっ」


 相当の勇気を振り絞った決死の謝罪は、二人の間に微塵の波風も立てることなくあっさりと受け入れられ、大雅は肩透かしを食らったような気分になった。


 「俺が怒るとしたら、シュートが入らないことを謝ったこと。日頃のシューティングを怠った結果とかなら話は変わってくるけど…五日間とは言え、やれるだけの努力はしてきたじゃん。余計なことは考えずに入るまで撃ち続ければいい。むしろ“もっとシュート撃ちやすいタイミングでパスよこせ”ぐらいわがままでいいんだよ」

 「は、はあ…」

 「バスケを始めて一週間の素人がミドルとスリーを一本ずつ。そんなの超人的大活躍じゃん。この試合もう一本もシュートが入らなかったとしても、プラマイなら間違いなく、プラスだから」

 「あ、ありがとう…」

 「それで、もう片方の件は」


 そこまでで一旦朱雀は言葉を切ると、朱雀はボールを一つ手にしてコートに歩いていく。


 「大雅、ここ立って」


 朱雀に促され、ローポストの位置に大雅は立つ。ボールを指先でグルグルと回しながら、彼は再び言葉を続けた。


 「シュートにまぐれはあっても、フィジカルにそれはない。他のどんな能力よりも、フィジカルはトレーニングした年月の積み重ねがものを言う。その差を今すぐどうにかすることはできないんだ」

 「つまり、諦めろってこと…?」


 背中を丸め視線を落とし、目に見えて落胆する大雅。それは早とちりだと、朱雀が左手を横に振る。


 「そうとは言ってないよ。確かに大雅のフィジカルは現時点であの留学生には勝てない。だけど多分、さっきみたいに一方的に蹂躙されるほど致命的な差はないはず───要は“身体の使い方”なんだよ」

 「“身体の…使い方”…?」


 首をかしげる大雅の胸に拳を当て、朱雀はずる賢く笑った。


 「ハーフタイムは残り五分。その間、大雅に“フィジカルの差を誤魔化す魔法”を教えよう」


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