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「はあ!?6番と変わった5番じゃなく、21番がポイントガードやるのかよ!?」
春陽ベンチ、海野貴大は目の前の光景に驚きを隠せない。エンドラインから水浦のボールをフロントコートまで運んできたのは、188㎝の桐生幽玄だったのだ。
「5番・堀内峻希…登録は178㎝のシューティングガードだった。ポイントガードじゃない」
隣に座る男の唐突な叫び声に鼓膜を破られたかけた森は、若干の不機嫌さを言葉の節々に醸し出している。
しかし海野はそんなことにはとんと気付く様子もなく、次から次へと言葉を紡いでそれをマシンガンのごとくまくし立てていった。
「それで、21番のポジションは!?」
「登録上ではスモールフォワードだったけど」
「じゃあ、水浦のラインナップには司令塔がいないってことに…」
「いや、違う。今の水浦にポイントガードはいなくても、司令塔はいるんだよ」
淡々とした森の返答の中に、海野は自分を納得させるだけの答えを見つけ出すことが出来ない。
「司令塔はいるって、つまりどういうことだよ」
痺れを切らして、彼はもう一度問い直した。それを受けた森は再び口を開く。
「今まで4番や8番の影に隠れて目立ってなかったけど、21番の上手さは随所で際立っていた。あの21番はポイントガードじゃない。でも恐らく、それをこなすだけのスキルが備わっているんだ。パス・ハンドリング・ゲームメイク、どれを取っても本職のポイントガードと遜色ないほどのスキルがね。つまり21番は───」
△▼△▼△▼△
「エリー!」
トップ・オブ・ザ・キーの位置に構えた幽玄が、エリーの名前を呼ぶ。
その声に呼応するようにインサイドから抜け出てきたエリーが、幽玄の指に指し示された位置に立った。
「秀さん、スクリーンが左にあるぞッ!」
その動きが完全な静止状態に入ると同時に、幽玄が動き始めた。
「くっ」
曲戸はその動きに追いつこうとしたが、自らの横にセットされた大きな障害物がその行く手を阻む。完全にマークは引き剝がされた。
そしてそのタイミングで、くるりと反転したエリーがペイントエリアに向けて突進。ボールがある状態、オンボールでのスクリーンプレイ───その代表、“ピック&ロール”。
こうなると困るのは、エリーをマンマークしていた大雅だ。今彼の目の前には、ボールを持った幽玄とこちらに向けて突っ込んでくるエリーという二つの脅威が存在している。ゴール下に向かうエリーを何もせず見ているわけにはいかないが、それをケアすることは幽玄にかかるプレッシャーをゼロにすることに等しい。
「え、あ、えーと…」
大雅、混乱。目の前に吊り下げられた無理難題に慌てふためく。つい先日まで素人だった大雅が、戦術的攻撃に対する守備スキームの定石など理解しているはずがない。ゆえにこれは、至極当然の反応。
「ん~?出て来おへんの?じゃあ撃っちゃおか」
迷う大雅の様子を確認し、シュートモーションに入る幽玄。
「し、シュート!!」
それを見た大雅が猛チャージを仕掛け、シュートコースにその腕を覆い被せた。常人なら絶対に間に合わないタイミングだが、彼の持つサイズと身体能力は不可能を可能にするのだ。
「こらこら、せっかちさん。相手が飛ぶ前に自分が飛んだらダメやで」
「あっ…!」
しかし、その動きは巧妙なフェイクだった。見切り発車で空中へと投げ出されてしまった大雅。その巨体の生み出す影の中からピボットを踏んで少し視点を横にずらした幽玄は、ゴール下でフリーになっているエリーを見た。
「エリー!」
「させないよ」
ゴール下へのキラーパスを未然に防ぐべく、朱雀が逆サイドのコーナーからパスコースを潰しにかかる。エリーと幽玄を結ぶ直線上、そしてパスを出す直前という絶妙なポジションとタイミング。
「わお、はっやーい。ほなこっちで」
瞬間、幽玄はボールを持っていた右手を時計回りに身体へ巻きつけるように払い、自らの背面を通してボールを投げた。美しいノールックのビハインド・ザ・バックで、コーナーへとレーザービームのようなパスを送る。
「ナイスパス!」
「俺が出るぞッ!」
コーナーでボールを受け取った高橋に対して、今度は隣のマークマンについていた龍臣が飛び出す。
「ええんかな青影くん、ヘルプに出ても。君のマークマンは───」
高橋、すぐさまパス。
「うちのキャプテンやけど?」
「おっしゃナイスパスだコラァ!」
天谷瞬、フリー。しかし───
「あんたのマークマンは、今この瞬間から俺だけど?」
すぐさま朱雀が崩れかけたディフェンスの修復にかかる。
「ほんまバケモンじみたスピードや、惚れ惚れするで」
幽玄がもはや呆れさえ含んだ称賛の言葉を送る。朱雀のリカバリーの早さは、一度完全に虚を突かれたとは思えないほどに高速だ。
「けどな」
だがそれでも、万全の状態ではない。並みの相手なら朱雀の圧倒的な才能で何とかなるのかもしれないが、今回はそうはいかない。
「身内贔屓抜きにしても、瞬ちゃんはスピードだけなら君と張るよ」
伝家の宝刀、超高速ドライブイン。さすがの朱雀といえども、急ごしらえのヘルプによって不利な体勢を強いられた状態でそれを止めることはできなかった。
「貰ったァ!」
「この…!」
あっという間にレイアップを決め、スコアを35-41とした。
(敵との間合いの取り方、心理的な駆け引きの上手さ、そしてとんでもねえ視野の広さと、天才的なパスセンス…!)
龍臣は、自陣に戻っていく幽玄を睨み付け、吐き捨てた。
「野郎、“ポイントフォワード”かァ…!」
それに気付き、視線を送り返す幽玄。二人の目線が交わるところに、不可視の激しい火花が飛び散る。
「個人戦や。どっちがええ“司令塔”なのか、な」
試合は、折り返しに差し掛かろうとしていた。
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