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またも多くの評価を頂いたようで…恐縮です。ありがとうございます。
読んでもらえることがただただ嬉しいです。本当にそれしか言う言葉が見つかりません。
バスケットボールは、チームワークが重要視されるスポーツだ。
ボールの流れを止めることなく、素早いパス回しで絶え間なく常に動かし続けること。そこから生み出される流麗で調和のとれたチームオフェンスこそが理想の攻撃の形とされ、手放しな称賛の対象となる。
多くの監督がその理想を選手たちに求め、それを実現する能力を持った選手───判断が早く、自己犠牲の精神が備わっていて、自分の得点よりもチームの勝利を無上の喜びとするような、いわゆる“アンセルフィッシュ”な選手───を求める。掲げられた理想に適応した選手のみが試合に起用され、統率が取れたチームワークの良いチームが出来上がる。
間違ってはいない。むしろどちらかと言えば圧倒的な正解だろう。だが選手たちに押し付けられたこの理想は、時に選手たちが本来持っている能力を吞み込み、がんじがらめに縛り付ける。
課されたチームワークの存在によって、選手たちは無意識のうちに“自分”をオフェンスの勘定から外してしまうのだ。
そうして5on5だったはずのゲームは、いつしか4on5へと形を変える。コートサイドからは見えない“心理的人数不利”が、じわじわと自分たちの首を絞めていく。
「よォ~く覚えとけや水浦…これからの春陽には最強スコアリングガード、青影龍臣様がいるってなァ!」
ゲームメイクの役割が求められるポイントガードとしての重責が、龍臣に自分を見失わせていた。だが今、彼は自らの首に伸びた手を自らの得点で振り払った。
△▼△▼△▼△
第二クォーターは残り一分と五秒、スコアは33-39で水浦が六点にリードを広げている。
(くそっ…)
和泉佐助は、心の中で独り毒づいていた。
(向こうのセンターはエリーのインサイドに対応しきれてない…ポストに入れれば点は簡単に入るのに、それなのに…思ったより点差が広がらない、その理由は)
彼の眼前に立つ男の輪郭線が、突如二重三重に増える。
(こいつだ)
そう思った瞬間、すでに龍臣の身体は和泉の左真横にあった。
「っ…!」
和泉は素早く身体を反転させ、龍臣の後ろからボールを弾こうと右腕を伸ばした。
しかし伸ばしたそれがボールに触れることはなく、代わりに龍臣の肘と触れてパチンとエッジの聞いた音を鳴らしてしまった。
(しまった)
「痛てえッ」
迫真の叫びとオーバーなリアクション。吹かれる審判の笛。それと同時にリングに向けて放り投げられたボール。
真っ直ぐに飛んでいったそれは惜しくもリングに嫌われてしまう結果となったが、その直後だった。
「ファウル、青6番!ツーショット!」
「えっ」
審判は指を二本立てている。和泉のファウルはシュート動作中に行われたと判定され、龍臣に二本のフリースローが与えられるようだ。
この判定に納得がいかない和泉。明らかな不快をその顔に浮かべ、審判に近づいていく。
「シュート前じゃ…?叩いたのは叩きましたけど、10番は叩いた後にボール投げたじゃないですか」
今回の練習試合の審判を務めているのは、ベンチ入りしていない水浦の三年生だ。学年が一つ上の先輩に一切の躊躇なく食ってかかるとは、それほど彼は今回の判定に納得がいかないのだろう。
「シューティングファウルだよ和泉。少なくとも俺の目にはそう映った」
「そんな…あんなの、ただ笛に合わせてボールを投げただけですよ」
それを見てあくどい笑みを浮かべた龍臣。
「やめろよ見苦しい、試合中は審判が絶対だよなァ?」
「…なんだと」
「VARでもチェックしてみるか?仮にそんなものがあったとしても、そこに映ってんのは華麗な俺のオフェンスと、苦し紛れのファウルに逃げた無様で不細工なてめえの姿だけだろうがよォ」
トラッシュトーク。相手を言葉で挑発して心理的に揺さぶりをかけ、競争上の優位を得ようとする作戦。
挑発に乗り頭に血が上ると、人は冷静さを失う。怒りに身を任せた無謀なプレーはミスを増やす原因となり、更にそのミスについて挑発を受けてしまうという奈落の落とし穴に選手を突き落とす。
「負けてるチームが、偉そうに騒ぐな」
「おいおい、個人戦はさっきから俺の圧勝だぜ?強えのは水浦であっててめえじゃねえよ」
「こいつ…!」
「はいそこまで~」
一触即発の二人の間に、ぬるっと幽玄が割って入った。激昂する和泉の肩を押して龍臣との距離を取らせると、ポンポンと肩を叩きながらにこやかに笑う。
「らしくないやん佐助、あんな安い挑発に引っかかるなんてなあ。向こうさんの思うツボやで」
「すいません…」
「上手くいかん時ぐらい誰にでもあるわ。大事なのはその次やろ?一回ベンチで頭冷やすか?」
「いえ、もうこのクォーターは終わりますし、何より自分はまだ」
その言葉を言い終わるよりも先に、ブザーの音が鳴った。
水浦のベンチから5番のリバーシブルを着た選手が立ち上がり、コートの中に足を踏み入れてきた。
「和泉、交代だ」
「…!」
「監督も同じ考えみたいやな。ハーフタイムもあるし、ゆっくり休んで戻ってき」
「…すいません」
苦虫を嚙み潰したような顔で、和泉はベンチへと帰っていく。悔しさを引きずるその背中を見送りながら、幽玄は百八十度向き直って深く長いため息を吐いた。
「やってくれるやんか、青影くん」
「ハッ、別に俺は何にもしてねえっすよ。今のは向こうが勝手に自滅しただけ」
「佐助も悪いディフェンダーではないんやけどなあ…君のドリブル、相当キレがあるねえ。朱雀くんほどではないけど、それでも十分速い。普通の選手なら切り返さないタイミングで、強引に重心を移動させて方向転換してくる感じって言うんかな」
「朱雀ほどじゃねえっつーのは余計でしょ」
「あはは、ごめんごめん。でもほんまに感心はしとるよ」
長方形の側面に選手たちが並ぶ。上底に接続された半円に立った龍臣は、審判から受け取ったボールを二回床に叩きつけ、ジャンプすることなくゆったりとシュートを放つ。
ボールは確実にリングを通過し、スコアに一点が加算された。
「外れたらリバウンド、しっかりな」
「大雅、取ろう」
「う、うん」
「Ne pas」
「取ったらすぐよこせよ、俺が向こうまでぶっ飛ばす」
「どいつもこいつもうるせえなァ、俺は決めるっての」
二本目のフリースロー。リバウンドを制するべく、選手たちが長方形の中でおしくらまんじゅうに興じる。
ボールはまたも危なげなくネットを揺らした。
△▼△▼△▼△
「だから言ったろ?」
「そのドヤ顔やめなよ、フリースローなんて決めて当たり前だから」
憎まれ口を叩きながら、龍臣は得点板にちらりと目をやった。残り四十秒弱で、スコアは35-39。僅かにツーゴール差だ。
龍臣は考えた。大雅と朱雀こそ封じられてはいるが、現状自分を中心に据えたオフェンスはしっかりと通用しており、点差も十分逆転の射程圏内。このまま食らいつけば必ずどこかでチャンスは訪れるはずだ、と。
「まあしかし、可愛い後輩あんだけ煽られたら、先輩としてはあんまし気持ち良うないなあ」
そう、もしも“このまま”いけば。
「ほなら、青影くん」
エンドラインからボールが───。
「これからは、君の大好きな個人戦と洒落こんでいこか」
21番───桐生幽玄の、大きな手に渡った。
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