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少し更新を止めている間に、多くの方々から評価やブックマークを頂いたようです。
ありがとうございます。読んでもらいたい一心で書いている自分にとっては、そのような反応こそが無上の喜びです。
まだ評価やブックマークをしてないよという方も是非。
なんだってそうだ。ゲームやギャンブルでもそうだ。何もこれは特別バスケットボールに限った話ではない。
物事には“流れ”という目に見えない不思議な力が働いている。ただ身を任せるだけで全てが上手くいってしまうような、不思議で強い力が。そのオカルトなパワーは定位置を持たず、ほんの些細なきっかけですぐに所有者を変える。
そして今、この時は───悠木大雅が、その神秘の正中線上にいる。
「青影くん!」
時間は進み、第一クォーターも残り八秒を残すのみ。自分たちの最後の攻撃をどうアレンジしようか───悩む司令塔に鶴の一声がかかった。
「えらく自信たっぷりじゃねえかよ、お前らしくもねえ」
手を上げながらコーナーに広がっていく大雅に、龍臣の意識のスポットライトが当たった。
「だからこそ、いつも通りじゃねえからこそ…パス出したくなっちまうよなァ!」
彼の持つ強靭な広背筋から伸筋支帯にかけて、ボールが強く押し出されていく。ソニックブームさえ発してしまいそうな荒々しい高速プッシュパスが、バチンと強い音を立てて大雅の胸元に収まった。すぐさま大雅がシュートモーションに入る。
しかし、集中している彼は気付かない。自分がシュートを放とうとしているその位置が、スリーポイントラインよりも外側であることに。
「おいおい、高校から始めてもうスリーまでいけるんかいな!?」
「Oh mon Dieu…(噓だろ?)」
「撃っただけだ、入りっこねえッ!」
「いいね、その大胆不敵さ」
驚き叫ぶ周りのノイズなど、今の大雅の耳には届かない。パスを受け取った勢いそのままに、大雅はボールを自らの指先から離していく。
「ス、スリーだとォ!?待て大雅、それはまだ実戦で使えるほど確率よくねえだろうがッ!」
龍臣の杞憂も無理はない。この五日間の特訓で、大雅はミドルシュートこそ何とか実戦で使える“かもしれない”レベルまで引き上げたが、スリーポイントシュートに関してはとても実戦で使えるレベルには仕上がらなかったのだ。
具体的な確率で言えば、全くディフェンスからのプレッシャーがかからないフリーのシューティングで20%ほど。試合でのシュート確率は練習のそれよりも10~20%ほど下がると言われているので、大雅のスリーポイントは甘めに見積もっても10%しか入らない計算になる。
(よし、いい感じ)
十本に一本。それはあまりに生産性のない確率。
しかし“流れ”というXファクターは、そのたった一本の奇跡を強く、強く引き寄せる。
クォーター終了の軽快なブザーとともに、大雅の放ったシュートは音もなくリングの中へ吸い込まれていった。
△▼△▼△▼△
「なんって生意気な野郎なんだ、お前ってやつはよおッ!」
ベンチに戻る大雅の背中に、龍臣が興奮冷めやらぬといった様子で飛びかかってきた。
「あばっ!重い、重いよ青影くん」
「まさかミドルだけじゃなく、スリーまで決めちまうとはなァ!こんだけ結果出してくれやがんなら、教え手冥利に尽きるってもんだぜェ~!コンニャロ、コンニャロ!」
心底嬉しそうに大雅の後頭部を殴り続ける龍臣とは対照的に、大雅の顔は鳩が豆鉄砲を食ったような素っ頓狂さだ。
「え、さっきのスリーポイントだったの?」
「あのスコアが見えねえのか?23-17、三点増えてるだろうが」
「えええ!ごめん青影くん、スリーはまだ打つなって言われてたのに!」
「外してたらみぞおちにドロップキックかますところだったけどなァ!決まりさえすりゃお咎めなしッ!この競技は得点っつー結果が全てだッ!」
「ほっ…」
「今のシュートを決めたのははでかいぜ…!やつらのメンタルに相当ダメージ入ってんだろ、これはッ!」
△▼△▼△▼△
「まさかスリーまであるとはなあ…ほんまに大雅くん未経験なん?日本でプレー歴ないだけで、実はアメリカ帰りの本場仕込みですってオチちゃうの?」
龍臣の予想通り、水浦の選手たちは想像を遥かに上回る大雅の動きに動揺を隠し切れていなかった。
「なんとかしないといけませんね、あれは」
「いくらなんでも出来過ぎだろ、あんなの。まぐれに決まってる。放っとけばそのうちボロが───」
「でもな瞬ちゃん、例えまぐれだとしても今の大雅くんがノっとるのは事実やろ。下手にテンション上げたままおられたらそれが試合終了まで続くとも限らん。そうなったら困るのはウチや。何もせず黙って見とるわけにはいかんわ」
そんな中で、唯一予想を外れた男がいる。水浦高校監督・國廣だ。
「その通り…このまま指をくわえたままではおれん」
そう言った彼は腰を上げ、ベンチに座る選手たちの前にかがみ彼らとの目線の高さを合わせた。
彼の声色は冷静沈着そのもので、そこからは選手たちが抱いているような焦りの感情など毛ほども感じられない。ただ淡々と、言葉を紡ぐ。
「崩すぞ、あのビッグマン」
若々しい春陽の爆発力の前に立ちはだかるのは、老獪で堅実な経験。
予想外のアクシデントに動じない、年季の入った水浦の屋台骨だ。
△▼△▼△▼△
二分が経過し、再びコートへ入場していく両ベンチの選手たち。試合は水浦ボールからの再開。
司令塔の和泉がボールに触れ、すぐさま四十五度の位置にいた幽玄にパスが渡った───その時だった。
体育館に、骨と骨とがぶつかり合ったような重く鈍い音が響いた。
「うぐっ」
「パス」
情けない声とともに大雅の巨体がよろめく。ローポストの位置で、エリーが大雅に強く身体をぶつけてきたのだ。
「押し返せ大雅ァ!」
必死の抵抗を試みる大雅。しかしエリーの身体はまるでビクともしない。その重さは、まるで河原に転がる岩石を相手に相撲を取っているかのようだ。
「大雅、相手の前に出て!」
朱雀の叫びを聞き、なんとか前に出ようともがく大雅。しかし、それすらも叶わない。あまりの圧力に、身体を横にずらすことさえできない。
前に前に体重をかけようとしているのに、気が付くとつま先が浮き、重心がかかとに置かれている。背筋がのけぞり身体の力が抜け、一歩また一歩と後ずさりしてポジションを奪われていく。
「そのサイズ。短期間でシュートをものにする吸収力。そして機動力。君はいずれ鳴神と同じように、日本のバスケットボール史に残る偉大な選手に成り得るポテンシャルがある…それは認めよう」
國廣が独り言ちる。
彼の視界には、コート外に押し出された大雅と、ゴール下で誰にもマークされることなくボールを受け取ったエリーの姿が映っている。
「それでも、だ。これからの未来ではどうなるか分からないが、少なくとも現時点での君は“バスケを始めたてのド素人”なんじゃよ。一夜漬けの付け焼き刃じゃどうにもならんもんもある」
ポジション争いに負け、それに伴う激しい身体接触の苦痛に顔を歪める大雅を見下ろすように───エリーは両手でボールを掴み、大きく後ろに振りかぶって豪快なダンクを炸裂させた。
「その最たる例が、フィジカル」
“流れ”という力は、ほんの些細なきっかけでその所有者を変えるもの。
大雅に、そして春陽に、試練が訪れる。
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